ヴォルト
異空間となるヴォルトの奥まで逃げ込んだせいか、コリンの風魔法は効果がなくなった。接近する嵐のせいで視界は良くないが、アイオスは周囲に群がるバギーから逃げきれないでいる。
機動力のあるバギーに囲まれて、機銃やロケット砲や地対地ミサイルの砲火を雨のように浴びて、『カラバ侯爵の城』は傷だらけになっている。
ついに、バギーから戦闘員がワイヤーを放って、建物に乗り移る作戦を開始した。
建物の屋上と壁面にあるモニターカメラが次々と砲弾に破壊され、残ったカメラからはワイヤーを伝って取りついた天の枷の兵士たちが見えている。
ヴォルトでモニターを見ていたコリンは、一度扉を開いて、外側のドアノブを取り外した。
そして中に入って扉を閉じる。
これで、『カラバ侯爵の城』側からこの倉庫へ入る扉は閉ざされた。
ヴォルトという異空間が、あの三階建ての店からは完全に接続を絶ち隔絶されたことになる。
ヴォルト側から再び扉を開かない限り、あちら側からアクセスすることは不可能だ。
やがて、店の外部カメラが全て破壊されて、周囲は見えなくなった。
コリンはモニター下の制御パネルに向かって叫んだ。
「アイオス、無事かい?」
「はい、大丈夫です」
いつもの通り冷静な声で、アイオスが答えるので拍子抜けする。
「シルビアの解析した情報を利用して、敵ゴーグルの映像情報に侵入しました。以後誘導弾は完全に無効化されています」
こともなげにアイオスが言う。
でも、コリンは驚いた。
「待て、この砂まみれで電波が遮断されている中で、どうしてそんなことが出来るんだ?」
「簡単です。コリン様のマナによりシルビアの持つゴーグルを経由して直接敵のシステムへアクセスしました」
「何だって?」
「以後敵の視覚制御システム上に私のサブシステムが常駐し、ネットワーク上の全てのゴーグルに対して妨害工作を続けています」
「私のサブシステムってのは何のことだ?」
だがアイオスはコリンの問いには答えない。代わりに、状況を報告する機械的な音声が続く。
「三階の窓から二名の侵入者を確認しました」
「一階の入口が破壊されて、室内へ五名の侵入者が確認されました」
「室内の破壊行為が確認されました」
「外敵排除プログラムを起動します」
「侵入者へ、屋外への退去を告げました」
「侵入者の破壊行為が継続中」
「一階から三階の室内に、催涙ガスを放出」
「高圧電流による電撃の開始を警告します。カウントダウン終了後、室内に残留する生物については、生命の保証ができません」
「電撃までのカウントダウンを開始します。侵入者には、カウントダウン終了までに退去を命じます。以後室内における生命活動の維持は保証できません。」
「電撃まで、十、九、八、七……二、一、スパーク」
「電撃完了。侵入者は全て外部へ脱出しました」
「各階との隔壁は閉鎖され、地階への侵入者はありません」
「現在、ヴォルト内部へのアクセスは完全に遮断されています」
「接近中の砂嵐が、本船の位置へ到達しました。瞬間最大風速三十五メートルを観測。約四百秒後には、風速六十メートルへ達する見込みです」
「マナの漏出と被害の拡大を防止するため、本船は只今より砂中深度五十メートルへ急速潜航し、自己修復モードへ移行します」
「以後地上へ浮上するまで、暫定的にナンバー2ゲートは閉鎖されます」
「繰り返します。本船は外部ブリッジの保護シールドを展開し、砂中深度五十メートルへ潜航後、自己修復モードへ移行します。以後暫定的に、ナンバー2ゲートは閉鎖されます」
「本船か……いっそのこと、空へ逃げられればいいんだけど」
コリンが呟く。しかし、制御パネルからの回答はない。
そうして、ヴォルト内側の長年親しんだナンバー2ゲート上に灯る緑色のランプが、赤色へと変わった。慣れ親しんだ2番扉は、完全に閉鎖されたのだった。今はヴォルトの内側から扉を開けることさえできない。
「どういうことだよ、これは」
ケンに聞かれても、コリンにもこの先どうなるのかわからない。
「俺たちはもうあそこに戻れないってことか?」
不安そうにケンが呟く。
必死にジュリオの傷口に手を当てて何度も回復の魔法をかけようとしていたニアと、それを見て必死にジュリオに声をかけていたシルビアが、微かに動いて呻き声をあげたジュリオに気付いた。
二人は声を高める。
「ジュリオ、気付いたの?」
漸く治癒魔法が発動したニアがそのまま続けると、ジュリオの目が開く。
「どうしたんだ、俺は?」
「バギーに乗って逃げている時に、撃たれたのよ」
ニアの言葉に、ジュリオは左肩を押さえて顔をしかめる。
「ダメ、動いちゃ」
「ここはどこだ?」
「ヴォルトの中。ここなら安全よ。無事に逃げ切ったの」
そう言ってシルビアがジュリオに水を飲ませると、再びジュリオの意識が遠くなった。
ジュリオの呼吸と脈が回復しているのを見て、二人は大きく息を吐いて椅子に腰を下ろした。
制御パネルはそのまま沈黙して、ヴォルトには何の変化もない。
「まあ、ここにいれば安全だし、飲み物も食料も無尽蔵だから」
コリンが、気の抜けたように言う。
「ああ、確かに腹減ったな」
ケンも、ジュリオのベッドの横でぐったりしている。
「よし、何か作るか」
「ねえコリン、わたしペスカトーレが食べたい」
ニアがいつものようにコリンに寄り添う。
「あんたね、この乾いた砂に埋もれた状態でどうして海鮮料理なのよ!」
シルビアもいつものようにニアへ突っ込む。
「だって、なんか食べたい気分なんだもーん!」
「あ、わかった。あの中央ドームの天井が大きな貝みたいに見えたからでしょ」
シルビアの指摘に、ニアは小さい声で、あっ、と言ってから黙った。
「図星ね。ニアは本当に単純なんだから」
「でもシルだって、もう気分はすっかりペスカトーレでしょ?」
ニアの突っ込みに、シルビアも、あっ、と口を開けて、黙った。
「ほら、シル、よだれが垂れてるよ!」
「うそっ?」
「うん、嘘だけど」
それから二人はコリンを見て、声を揃えて言う。
「料理長っ! ペスカトーレ四人前、オーダー入りました!」
そうして、四人はジュリオの寝ている厨房兼居住スペースへ集まり、コリンがそこでペスカトーレ以外にも大量の料理を作って、大宴会となった。
相変わらずコリンとニアは光る酒を大量に飲んで、他の二人をあきれさせた。
いつもと変わらぬ日常が戻った、と四人は顔を見合わせて自然に笑顔がこぼれる。




