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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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陽動

 

 天の枷の幹部、精霊魔術士バルトシュ・クライフェルトは青い目のクールな魔術師で、エリックの右腕だった。


 純粋な科学者であるエリックとは全く違う思考回路を持つ貴重な相談相手だが、最近は互いに多忙で、二人で話す貴重な時間を工面するのは、大変だった。


 その貴重な時間を邪魔されないよう二人きりになったのが、間違いだった。

「しまった。奴らが逃げたらしい!」

「まさか!」


 緊急メッセージでジュリオたちが部屋から消えたと知り、エリックは慌てて端末を全てオープンにして、部下を呼び出した。

 しかし、部下からの応答がない。


 ほんの一瞬前に、ドーム内の通信システムはシルビアにより制圧されて、エリックたちの通信は遮断されていた。


「ここではダメだ。廊下へ出よう、エリック」

「わかった!」


 二人は慌てて通信機を持って走り、ドームを出て廊下へ飛び出した。そこはコリンたちのいる地下四階より更に下層、地下七階に該当するエリアだ。


 廊下へ出ると、部下たちが走り回っていて、騒がしい。

 逃げたジュリオたちが奪われた腕輪を取り返しに来たのかと考えたエリックは、端末を持って廊下を走り、銃を持った部下と合流する。


「連中をゲートのある中央ドームから引き離さなければならない。クライフェルトはドームへ戻って、転移装置に連中が近付かぬよう守っていてくれ」


 エリックはクライフェルトにそう伝え、自分はそのまま騒ぎの方向へ走りながら、無線で部下を呼ぶ。


 その無線機が、突然青白い火花を噴いて壊れた。

「そんな馬鹿な……」

 手に持った無線機をまじまじと見るエリック。


 屋内用であるドームの設備はともかく、エリックが使用している無線機を含めた可搬式機材は、全て屋外仕様のモス対策品である。


 砂嵐の中でも使用可能なシールドと独自のノイズ対策が施された、エリック自慢の高性能機器だった。

 それが室内でこんな風に火を噴くなど、ありえないことだ。


 気付けば廊下には砂埃が充満していて目が痛い。何もしなくても静電気が青白いスパークを繰り返し、髪の毛が逆立つ。


 壁のラックからゴーグルと一体になったヘッドセットを被り、その無線がまだ生きていることを確認すると、部下へ現状を報告するように怒鳴った。


 その時、背後で派手な爆発音が聞こえた。

 格納庫の方角だ。


(まずい。万が一連中を外へ逃がしたら、すぐにあの巨大なワームがここを襲うだろう……)


 そう考えたエリックは、転移ゲートを守るために中央ドームへ引き返すことにした。



 コリンとジュリオは陽動のために、ドームを出て廊下を走っていた。

 分厚い隔壁を抜けて隣のブロックへ入ると、雰囲気が変わる。


「こっちは砂の匂いが強いな」

 ジュリオが呟いた。確かに、床がざらっとしている。


 周囲の状況をよく知るために、コリンは結界を使っていなかった。

 一番近くにあった扉を開くと、コリンとニアが引き込まれたような、広い格納庫だった。


「さすがに、嵐が近付くこんな時に外へ出ようって馬鹿はいないようだな」

 無人の格納庫を見渡して、ジュリオが呟く。


「うん、きっとみんな快適なお部屋で朝ご飯でも食べてるんだよ」

 コリンも薄汚れた格納庫の中で立ち止まり、小声でジュリオに答えた。


 大きな四角い部屋に、何台もの装甲車両が置かれている。その奥に、車両移動用の巨大なリフト装置が見えた。


「ジュリオ、リフトの操作はできそう?」

 コリンはそう言いながら、格納庫の中を歩いて行く。

 壁面にあるリフトの操作盤は施錠されていて、使われた痕跡もない。


「ああ。ここはきっと一世紀以上昔の施設だぞ。遠隔操作で何とかなると思う」

 ジュリオは入口近くの壁にぶら下がっているゴーグルと一体になったヘッドセットを取ると、スイッチを入れてリフトの操作回路を探して開いた。


 振り返ったコリンにジュリオがOKサインを出すと、ゆっくりと鉄の扉が開き始めた。


「このリフトを使えば、外に出られそうだな」

 内部を覗き込んで、上下の空間を確認したコリンは、もう一度ジュリオを見る。


「これを脱出用に使えるかな?」

 隣へやって来たジュリオがリフトの中を見た。


「いや、止めた方がいいな。途中で中に閉じ込められたら終わりだ。それよりも、この戦闘用ゴーグルで見た粗いマップによると、この奥にある別の格納庫から車路が地上まで伸びている。そっちの方が有望だ」


「じゃあ、予定通り、こっちは陽動として派手にやろうか」


「コリン、わかってるな。こいつらはお前の家にあったガラクタと同じ、開拓時代からの遺産だ。弱点は……」


「大丈夫、知ってるよ!」


「よし。じゃあ、やっちまえ!」

 ジュリオの掛け声に、コリンは停車している車両の一つに近づくと、乗り込んで動かす。


 開いた扉に向かって走り、車がリフトの中へ入ると止めて、運転席の下にある制御盤周辺に、魔法で出した水を大量に撒いた。


 防塵と耐モスに特化した旧式車両は、水に弱い。

 特にフィルター部分に大量に詰まったモスに水がかかると強酸性の液体が周囲に広がり、エネルギーパックを侵食する。


 旧式のエネルギーパックから漏れる有機溶媒は、即座に化学変化を起こし、発火するのだ。その爆発的な燃焼に伴い、竜巻のような風が、コリンを中心に吹き荒れる。


 ショートした電気回路が火花を散らし、コリンが追加した電撃を食らって内装材やオイルがくすぶり始めた。


「ジュリオ、リフトを最下層まで降ろしてくれ」

「オーケー」

 扉が閉まり、リフトが動き始める。


「ジュリオは格納庫の入口で待ってて。あの廊下側の扉を開けたままにできるかな?」

「お安い御用だ」


「じゃ、片っ端から車両に水をぶっかけて回るよ……」


 その後、コリンは一台の装甲車両に乗りこんで、全速力で加速して、リフトの扉へ突っ込ませた。


 衝突する寸前に、コリンは車から飛び降りる。体の周りを強風のクッションでくるんで、衝撃を和らげて転がりながら無事着地した。


 扉を突き破り、装甲車は半分リフトの竪穴へ落ちかけて止まった。コリンはその穴へ周囲の砂とモスを巻き込んだ強風を更に送る。下層へ降りた最初の車両が穴の中で炎を上げて、爆発した。


 ジュリオの待つ扉から廊下へ向けて、砂交じりの爆風が吹き抜けて行く。

 コリンはジュリオのところへ走って戻る。


「コリン、早く逃げるぞ! 恐らく、この下には新型車両の基地がある。そいつらも、これでかなり被害が出たはずだ!」


 コリンは砂とモスの嵐を身にまとったまま、廊下へ戻る。その後へ、ジュリオが続いた。


 爆発音が、後ろで響く。開け放した扉から、廊下へ煙が吹き込む。旧式の不活性ガスを使った自動消火システムは、扉を破壊したので働かない筈だ。


 コリンはその煙も巻き込んで、廊下の奥へ帯電した砂嵐を送る。コリンの魔法により活性化されたモスは、強力な電磁波を放って周囲の電子システムを破壊していく。


 コリンは走りながら、廊下の壁にぶら下がっているヘッドセットをひとつ取ると、それをニアの収納鞄へ転送した。


「(ニア、余裕があれば、シルかケンに頼んで、こっちのシステムにも干渉してみてくれ。別系統の、野戦用システムに侵入できるかもしれない)」


「(コリン、ダメ。こっちは余裕なんてない。早く来て。ハロルドがドームに引き返して、ゲートで逃げようとしてる……)」



 


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