光学迷彩
「ただ、監視カメラからも見えなくなったから、慌てて誰かがここへ飛んでくる可能性もあるけど」
念のため、急いで対策を考えた方がいいかもしれないとコリンは思う。
「いや、その可能性は低いだろうな。ここの連中はそんなに勤勉じゃない」
「それに、頭も悪いわよ」
「ああ、そりゃそうだ」
三人が口々に言うので、ひとまず安心か。
「そういえば、この基地全体もこんな風に周囲から隠されていたな。基地の目の前に来るまで、見えなかったよ」
コリンは先ほどのことを思い出した。
「光学迷彩か。ハロルドが絡んでいるとすれば、それはあり得るな。奴が密輸していたパーツは、光学迷彩の技術を使っているものも多かったからな」
ジュリオが答える。
「光学迷彩は小さなクロウラー程度なら隠せるけど、基地ごと全部なんて聞いたことがないよ」
確かに、これまでの技術では非常識な大きさだ、とコリンが指摘する。
「ああ、だけどそれができる技術の一端を、俺たちが開発していただろ。お前らが作っていた空間投影装置を覚えているか?」
「オレたちが作っていたあれは、空中のモスを疑似スクリーンにして野外で映像を投影する装置だぞ」
ケンが怪訝そうに、ジュリオを振り返る。
「ああ、だけどそれに軌道から落下するカプセル制御に使っていた360度低遅延監視技術を組み合わせればどうだ」
「でもそれだけでは……」
「まあそれなりの処理能力のあるAIによる仮想映像を組み合わせれば、広域360度低遅延AR入出力装置、つまり、広域光学迷彩装置の完成だ。まあ、周囲が何もない砂漠だから実用化できたんだろうけどよ」
ジュリオの説明に、四人は唖然として返す言葉もない。
「コリン知ってるか? 皮肉なことに、ここは遺棄された極秘の生物学研究施設で、中央のドームはそのころから植物を育てる温室になっていたんだと」
「ネットには、大昔にテラフォーミングの研究をしていた施設だったと書いてあったけど」
「惑星全体の緑化を諦めなかった一派が、最後までここで研究を続けていたらしい。三十年前にハロルドたち先鋭的な反テラフォーミング派の襲撃により接収されて以来、天の枷の前線基地として使われているのだと」
「何でそんなに詳しいの?」
「それは私みたいな美少女が聞けば、ここのむさくるしい男どもは何でも自慢げに教えてくれるわよ」
シルビアが鼻を高くして語る。コリンは疑惑の眼差しで助けを求めるようにケンを見た。
「本当なの?」
「半分はな。この基地におしゃべりな男が多いのは、事実だ。きっと、とても暇なんだろう」
「僕が来る前に調べた情報では、ここはもう百年前に旧勢力に破壊されて廃墟になっていた筈なんだけど……」
確かに、ここには極秘の生物研究所があったようだ。だがそれは、公式には百年も前に破棄されたことになっている。
「恐らく、百年前からずっと旧勢力の生き残りがここを維持していたんだろうな。そこへ三十年前に、ハロルドたちが合流した」
なるほど。それなら有り得るな、とコリンも納得するが、やはりおかしい。
「だけどさ、光学迷彩を使い始めたのはきっとつい最近だよね」
「ああ、それまではきっと砂に埋もれたままで目立たなかったんだろうな。基地として整備したのは本当に最近のことなんじゃないか?」
入口の格納庫やこの倉庫などは古くて汚いが、ジュリオたち三人が前にいた部屋やエレベーターなどは、最新の設備だった。
しかし、本題から逸れていることに苛立ったシルビアが、ジュリオの背中を肩で押す。
「あのね、今の問題は、どうやってここから逃げ出すか、でしょ」
まったくその通り。五人は顔を見合わせる。
「知らないかもしれないけど、もうじき特大の砂嵐がここへやって来る。それに乗じて脱出したいと思っているんだけど」
コリンの言葉に、再びニアの魔法が発動する。
ニアは一旦猫の姿になって縛られた縄から抜け出し、すぐに再び人の姿へ戻ると、コリンの腕を縛っている縄をほどいた。続いて二人がケンとシルビアの縄をほどき、最後にジュリオが開放された。
五人は慎重に目を合わせるが、コリンが軽く風の渦を作って中心に寄ると、他の四人も同じように部屋の中央へ集まった。
「天井と壁にカメラとマイク、それにピーピングバグが何匹か飛び回ってるけど、僕がこれから無力化するよ」
コリンは風の力を強めた。部屋の中心にできた球形の空間に五人は集まり、周囲を風が取り巻く。
壁に沿って風の流れが速くなると、舞い上がった砂粒と乾いたモスが激しく帯電して青白い火花を散らす。極小の砂嵐が部屋の中に生まれた。
だがこれは、単なる砂嵐ではない。コリンが魔法で僅かずつ高電圧を加えながら風帯電効果を上げた竜巻が、室内に充満する。
渦の中心では、ニアが身を隠す隠形の結界と共に防御結界を重ねている。
町の防御結界と同じ系統の魔法で、二人が最初に覚えた魔法の一つだ。
すぐに天井の監視カメラが火を噴き、浮遊していたピーピングバグや家具に埋め込まれた電子デバイスも全てがスパークの輝きと共に沈黙した。
追うように、部屋の照明もスイッチ類も続けざまに火を噴き、ショートして部屋の明かりが消えた。
家具や絶縁物の焦げた煙が室内に充満して、渦巻く。
「すげえな。防塵機器も全部いかれちまったぞ!」
ジュリオが小さく歓声を上げた。
風の渦の中心で五人はそれからのことを相談する。
「さて、どうやって脱出するかだが、部屋の電子ロックも火を噴いていたので、ひょっとすると簡単に扉を開けられるかもしれない」
試してみると、ジュリオの言葉の通りになった。そのまま五人は姿を隠して激しく帯電した風の渦を纏ったまま、廊下へ飛び出した。
廊下は異状なく明かりが点灯しているのだが、どっちへ逃げればいいのか全く分からない。
「コリン、どっちだ?」
「さっぱりわっからなーい!」
コリンは両手を大きく広げる。
「バカ野郎、ノープランで動き始めたのかよ」
ジュリオが怒鳴る。
「そんなこと言ってもさぁ、ジュリオだってわかんないでしょ?」
「うっ、そりゃそうだが……」
「コリン、風を止めて!」
ニアが怒鳴る。既に廊下の電装品も、帯電したモスのせいで火花を散らしている。
コリンはマナの力を使うのを止めた。
「わたしたちの姿は、魔法で見えなくなっていると思う。この通路は狭いから、もう少し広い場所へ移動しよう」
ニアが冷静に言うので、みんなは驚いて動きを止める。ニアがそっと歩き始めると、黙ってその後を追う。
ニアを先頭にして狭い廊下を進むと、先方にエレベーターホールがあった。
「とにかく、少しでも地上に近付こう」
ジュリオが先頭に立つ。
エレベーターから保安要員が飛び出てくる前にと、慌てて隣の非常階段を駆け上がる。
階段の表示によると、彼らがいたのは地下五階だった。
しかし、上からは階段を駆け下りて来る足音が響く。先頭にいたジュリオが足を止めた。
ケンがすぐに地下四階の扉を開けて、そこへそっと逃げ込む。四人も後に続いた。