ピュアサイエンステクノロジーの復興
勢いでコリンはすぐに行くと言ってしまったが、そこがどこなのかは不明だ。
だがハロルドの言う通り、そこがこの地域の天の枷のアジトなのだろう。
既にその場所へ向かってアイオスは動き始めている。
アイオスが向かっているのは、三人の持つブレスレットからの信号が砂漠の中で停止した場所だ。地図上では何もないし、衛星写真でも何の痕跡も見つからない。
コリンが周辺地域の歴史を調べてみると、百年ほど前まではその辺りに、ある研究施設が置かれていたことが分かった。
最初期のテラフォーミング研究施設の生き残りで、現在砂漠に点在する多くの町の原型を作った施設の一つだった。
しかし、その施設は旧勢力と呼ばれる過激な環境保護派に破壊された、とされている。
単なる盗賊団ではなく、その過激な環境保護派の一つである天の枷が、そこを奪って拠点として使っていても不思議ではない。
コリンはその場所の近くまで、アイオスを進める。
極大砂嵐の襲来まで、残り数時間となった。既に風が強くなっている。
コリンは基地の一キロ手前まで来ている筈だが、目視ではそれらしきものは見えない。
これ以上近付くと基地から直接攻撃を受ける可能性があるので、バギーを出すことにした。
「アイオス、万が一攻撃を受けたら回避して、逃げてくれ。連中にお前を渡す訳にはいかない」
「承知しました。どうかご無事で」
「三人と無事に合流したら、隙を見て接近する嵐に紛れて基地を脱出してそこから離脱したい。連絡したら、その場所まで突っ込んでくれ。建物をぶち壊しても構わないから、僕たち五人を回収してほしい。これなら嵐の中でも通信できるよな」
コリンは左腕の端末を上げて見せる。
「問題ありません。お二人のマナがある限り、通信は可能です。では、連絡をお待ちしています」
「ありがとう」
コリンとニアは一台のバギーに乗り込んで、出発した。
バギーが薄暗い砂漠を進むと、行く手の視界に歪んだ何かがちらつくようになった。
眼を凝らすと、幽かにマナの淡い光も見えた。
「周辺に光線を歪曲させるフィールドが張られているみたいだね。いきなり障害物に衝突するようなことが無ければいいけど」
コリンが呟いて、速度を少し落とした。
そのまま真直ぐに進むと、基地の輪郭が薄く見えてきた。中央にある直径百メートルほどのドーム型の構造物を囲んだ、要塞のような建物だ。外壁部分はかなり砂に埋もれている。
バギーが外壁に近づくと、左手の壁面に赤い光が瞬いた。
「あそこが入口みたいだ」
誘導されるまま地下への傾斜路に入ると、地下の行き止まりの広場で銃を構えた三十人ほどの迷彩服の男女に囲まれた。
二人はバギーを降りて、仕方なく両手を上げる。
銃に囲まれたまま幾つかの扉を通りエレベーターで更に地下へ降りると、そこは何もない体育館のような広い格納庫だった。
油と砂にまみれた床は格納されていた機器を慌ててどこかへ移動させたようで、新しいタイヤとキャタピラの跡がたくさん残っている。
中央にアルミのベンチが幾つか置かれていて、その横にハロルドが一人ぽつんと立っていた。
背中に銃を突きつけられたまま、二人はハロルドの前へ押し出されるように進んだ。
コリンとニアの前には、死んだと思っていたハロルド博士こと盗賊団の首領エリックがいる。
「本当に、ハロルドなんだな」
コリンは隣にいるニアに向けて呟く。
「本当だね。生きてたんだ」
エリックは、並んだ二人の顔を見て、笑顔を浮かべる。
「この一年間、私はずっとジュリオたち三人の行方を捜していたんだ。しかし、手掛かりは全く得られなかった。もう諦めかけていたのだが、最近になり、やっと三人らしき者の噂を聞いた」
「そうなんだ。でも僕らが先に見つけられて、良かったよ」
「おかげで、彼らとは別に探していた、あの日エギムに現れた巨大ワームと、探していた三人がセットで見つかったのだから嬉しい誤算だ」
「こっちは大迷惑だけどね」
「コリン。しばらく見ないうちに、ずいぶん生意気を言うようになったじゃないか。それにしても、不思議なものだ。一年間何の手掛かりもなかったのに、見つかる時には全てが揃っている」
エリックは、首領らしく堂々と二人の前に立つ。
「何故、エギムの住民は死ななければならなかったんだ?」
コリンは一年間ずっと考えていたことを一つだけ口に出した。
「爆弾など使うのは、愚かな行為だった。だが、町を破壊し砂漠をワームに開放するために、多くの武器など必要ないということがわかったのさ。たった一匹のサンドワームが我々の思う通りに動いてくれさえすれば、あらゆる街を破壊し尽くすだろう」
エリックの瞳が異様に輝いている。ニアが怯えて、コリンの腕にしがみつく。
エリックの言葉はかすれてひび割れながらも熱を持ち、悪魔を召喚する呪文のように続く。
「太古の地球に巨大ワームが住んでいたという記録はない。
それなのに、地球では砂漠に巨大なワームが住むという物語が当たり前のように幾つも伝えられていた。
だからこそ、この惑星の最初の開拓者たちは、この砂漠の惑星に本当にサンドワームが住んでいることを知り、驚くとともに、大いに期待し、夢を見た。
いつかその巨大ワームと意思を通わせて、友としてその背に乗って広大な砂漠を旅するのだと。
きっとそれは人類に夢のような素晴らしい体験をもたらして、銀河有数の観光基地となるであろうと。
しかしこの星にゲートが開かれて以来千数百年、人類が実際に移住してからでも四百年近い年月が経過しているが、ワームと意思を疎通した人類はいない。
未だにワームは人類にとって謎の生命体であり、惑星上で最大の敵となって目前に立ちはだかる存在だ。
だが、人は夢を諦めない生き物だ。
そのために、我々自身も小型のワームを使い、長い年月をかけて実験を続けてきた。
しかし、それもまだ成功していない。
だが、もうそれすら必要なくなった。何故か?
君たちの店『砂丘の底』いや、今は『カラバ侯爵の城』というのか。
その店が乗っている巨大なワームは、君たちの思い通りに動いているんだろう?
これこそ人類の夢、惑星エランド千年来の希望だ。
だから、それを私たちにも教えてほしい。ほんの少しだけ、力を貸してもらえないかな。そして私たちの願いを叶えてほしい。
なに、ワームにとっては、大したお願いではないだろう。ワームがちょっと踏み潰すだけで、小さい町など跡形も残らず消え去るのではないかね? そんなことを、何度か繰り返してもらうだけで、我々の願いは簡単に叶うんだ。
なあ、いいだろう。ちょっとだけ、ワームと一緒に遊ばせてくれ」