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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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エリック・ゲレツ

 

 私の本当の名前は、エリック・ゲレツという。


 私は北極大陸ウライズにある都市国家、ネリの中央都市で生まれた。


 入植当時の強い信念を貫いて、長い年月をかけて硬い岩盤を掘り進んで建設されたネリの規律は厳しかったが、その分教育水準は非常に高かった。そこで私はエンジニアとしての基礎を学んだ。


 既に砂漠に点在する数多の町が発展し、三大陸に残った旧勢力と呼ばれる保守派は衰退して、互いの連携も取れないままそれぞれが長い内乱状態にあった。


 ネリもまた、相次ぐテロにより治安は乱れていた。


 テロリストの拠点は砂漠と大陸の間に広がる不安定で危険な岩石地帯「ロックガーデン」にあり、周辺の衛星都市を狙うゲリラ戦を始めていた。


 宇宙工学を学び軌道から別の星系へ旅する夢を抱いていた私は、保守的な中央都市では学べない先進的な技術を学ぶべく、家族と離れて衛星都市の一つへ移住した。


 そこで出会った仲間たちの中にロックガーデン出身の若者が何人かいて、ゲリラとの最初の繋がりができた。


 私は普通の生活を求めて都市の基幹設備の設計や保守の仕事を始め、やがて衛星都市のひとつに腰を落ち着けて、結婚して子供も生まれた。


 宇宙への夢は夢として割り切れば、一介のエンジニアとしては悪くない人生だ。


 ある日私は突然逮捕され、投獄された。ゲリラに協力したという国家反逆罪だった。私の妻子も同じ罪状で投獄されていた。


 同業のエンジニアが私の成功を妬んで証拠まで捏造していたのだ。


 妻子は投獄中に死亡し、私は拷問の果てに死刑となる直前に、本物のゲリラが監獄を襲撃してゲリラの幹部と一緒に脱出した。


 それからはロックガーデンへ隠れ住み、本当のゲリラとして腐敗した政府を倒すために戦った。


 あの大陸で最大の戦闘が起きたのは今から三十年前、後に赤い夜と呼ばれる激しい戦いだった。


 あの時私は国の存亡をかけて戦い、敗れて国を追われた。


 しかし、都市国家ネリもまた、無事では済まなかった。その時のダメージが原因で軌道ステーションへの転移能力を失い、人口の三分の一を失った。


 それから私は仲間と共に砂漠へ逃げて、エギムの町でエンジニアのハロルド・マホニーとして暮らし始めた。


 しかし、私たちは全てを捨てたわけではない。砂漠を人類の手からワームに開放することを旗印に、我々「天の枷」は生まれた。


 そして、私はその組織の首領だ。


 判るだろう、世の中いたるところにいる、くそ野郎どものトップにいるのが私だ。


 君たちは、三十年前に北の岩山で起きた内乱のことを聞いているか?


 赤い夜と呼ばれたネリの中央都市での激烈な戦いを、砂漠の町で安楽に暮らす市民は教えられているのか?


「天の枷」は盗賊団として有名になり、仲間を増やして規模の大きな犯罪組織となっている。


 私は十五年前に軌道ステーションへ上がった時に、そこの管理部門で働いていたジュリオと偶然出会った。


 ジュリオは乗っていた恒星船内で起きた反乱事件の責任を負わされ、船を降りていた。


 そのいきさつは完全な冤罪で、突然投獄されて死刑宣告を受けた私の身の上からすれば、とても他人事とは思えない。


 それから私はジュリオへ救いの手を差し伸べ、一緒にエギムの町へ下ったのだ。

 以来、ジュリオは大切な仲間となった。


 本当は、早くジュリオを天の枷の仲間に引き入れたかった。が、自分の危険な正体を明かして巻き込むことに踏み切れなかった。


 私はジュリオが軌道上の仲間から年に一度のプレゼントと称して、密かにジャンク品を砂漠へ投下してもらっているのを知り、それを積極的に密輸として利用することを思いついた。


 そして、近くに住んでいた子供たちの中からケンとシルビアという二人の天才児を発掘した。


 ケンとシルビアのハッキング能力により軌道から投下する物品の着地精度が飛躍的に向上し、年に一度だった投下が、十数回も可能になった。


 私は興奮した。ジュリオを含めた三人を天の枷の仲間にすることが出来れば、将来この星の全権を手に入れて宇宙へ出られるかもしれない。


 私は五年前にエギムの町長になったドロブニーを買収し、裏からエギムの町を掌握した。


 しかし、最近になってエギムに潜伏している一部の仲間とドロブニー町長が手を組み、私を裏切った。

 その過程の抗争で、私は表社会の多くの友人を失った。


 ドロブニーは天の枷が抱えている問題を把握して、その弱みに付け込んだ。

 天の枷の戦闘部門を統括するジェラルドはブラウンヒルにいるビルの孫で、実質的に組織のナンバー2の立場にある。


 まだ三十代半ばのジェラルドは血の気が多く好戦的だが、若い団員からは人気があった。


 その分、私を含めた古い穏健派との溝は深まり、何かのきっかけで大きな衝突が起こるのではと、危惧していた。


 ドロブニーは町にいた一部の武闘派と手を組むことにより、天の枷の行っていた密輸や秘密工場で作られたドラッグなどの収入を独占しようとした。


 町長と手を組んだ若者たちは、ほんの少し組織内での発言力を強めようとしていたに過ぎない。


 私の協力者はエギムの町中に広がっていて、密かに裏切り者を追い詰めること自体は難しい仕事ではない。


 だが、同じ組織である武闘派の暗躍は許せても、町長の仲間にはそれなりの落とし前を付けてもらう必要があった。


 我々は町議会に小さな花火を仕掛け煙と火花を派手に散らして、ドロブニーに釘を刺した。


 だが、小心者のドロブニーには、脅しが効きすぎてしまった。

 自分さえ助かればとの思いで、手駒にしていた町の治安部隊に命じて、我々の仲間が隠れる町の中枢に爆発物を仕掛け始めた。


 その常軌を逸した行動を疑問に思う者もいたのだが、複数の指示系統に極秘命令と称して複数の爆発物をセットさせていたので、全体を把握する者は誰もいなかった。


 しかも、小心者のドロブニーは全てのリモート操作権限を自分一人に集中させた。


 勿論、初めは頭のおかしい男が天の枷を町から追い出す交渉の道具に利用しよう考えただけで、我々の仕掛けた花火よりは大きいが、小さな爆発物に過ぎなかった。


 だが脅しに乗らない天の枷の影に怯え、ドロブニーは強硬手段に出た。

 町の重要施設を自ら一部損壊させて、偽の犯行声明により天の枷を陥れ、街から排除する計画だった。


 しかし、その計画も、事前に我々が察知した。


 ドロブニーに接触して説得を試みたが、奴は起爆装置を盾にして、交渉は決裂した。もはやどちらが犯罪者か分からぬ混沌とした状況になり、ジェラルドは決断した。


 外部からの武力介入により、町長本人を拘束する以外の解決方法がない。

 結果的に、ジェラルドは武闘派集団を率いて町を襲撃し、ああいう事態になった。


 あの時最初に地上で起きた戦闘と爆破は、確かに我々の責任だ。


 だが最終的に町を崩落させた地下の多重爆発は、ほぼ全てが町長の仕掛けた爆弾によるものだと理解してほしい。


 我々の失態は、全てがドロブニー町長の身柄を拘束できなかったことに尽きる。


 追い詰められたドロブニーが作動させたあらゆる爆発物は、ほぼ同時に作動した。町中では次々と連鎖的に爆発が起きた。


 ドロブニーは、精霊魔術師のスー・シュルムを武器で脅して転移ゲートで町を脱出しようとしたが、逆にスーに撃たれて命を落とした。


 そして奴が死んだおかげで、爆発物の解除も不可能となった。


 私と何人かの側近は、天の枷のクロウラーに救出されて何とか町を脱出したが、残された治安部隊は自ら仕掛けた爆弾により、町民と共にがれきの下に埋もれた。


 そうだ、ほぼ町の住民全てが砂の底に沈んだ悲惨な事件の、これがその間抜けな顛末だよ。


 エギムはその後すぐ砂嵐に見舞われ、それが通り過ぎた後には地下の水源を求めて集まったワームの巣になっていた。


 さすがの治安部隊も、調査のため近付くことすらできない惨状だったと聞いている。


 誰一人、生き残れなかった……

 そして、ドロブニーの犯罪も、闇に葬られたのだ。


 だが、ドロブニーに責任を押し付けるつもりはない。

 あの悲劇は、全て自分の責任だ。


 だが、それはこの星を変えるための大きな試練でもある。

 忌まわしきあの赤い夜の戦いと同じように。


 私はこの苦しみを乗り越えて、なお進むために生き残った。

 だから……


 


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