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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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ボス

 

 シルビアを中心にして、彼女を守るように右にジュリオ、左にケンと三人並んで柔らかなソファへ腰を下ろす。


「これから何が起きても、俺たちはずっと一緒だぞ。俺たちには、戻るべき場所があるんだ」


 ジュリオがずっと一緒だと言った最初の「俺たち」には、コリンとニアが含まれているのだと、ケンもシルビアも感じた。


 短い時間しか過ごしていない酒場の家だが、五人は太い絆で結ばれたように感じている。


 廊下の騒ぎが静まると、扉が開いて同じ迷彩服を着た金髪の人形のように整った顔の若い女性が、ワゴンにオレンジジュースとサンドイッチを乗せてきて、テーブルに並べた。冷水の入った水差しとグラスもある。


「もうしばらくお待ちください」

 そう言って退出する女の背中に、ジュリオが独り言のように言う。


「今度のやつには変な薬は入っていないんだろうな」

 女は無言で部屋を出る。その背中でドアが閉じた。


「あいつら何者なんですか、ウォルシュさん」

「うるさい、お前たちは余計なことをしゃべるな」

「そんなこと言わないで、あの娘、すごい美人じゃないすか」

「変な気を起こすんじゃないぞ。ボスの大切なお客様だ」

「ボスの!」


 相変わらず、廊下の声は室内に筒抜けだった。わざとやっているのかと思うくらい、よく聞こえている。


「オレたちボスの客らしいから、今度は大丈夫だろう……」

 そう言いながらケンが真っ先にサンドイッチをつまんで食べ始めた。


「もしかして、あのビルってじじいがボスだったのかな?」

 シルビアの問いを聞き流して、二人の男は無言のままサンドイッチを口に運ぶ。


「あんたたち良く食べられるわね」

「あれっ、シルビアさんは食べないんですか? なら俺が全部もらっちゃおうかな。野菜が新鮮で、うまいよ、これ」

 ケンはグラスを取り上げジュースで流し込む。


「まあ、今のうちに腹ごしらえしとかねぇとな」

 ジュリオもジュースを一口飲んでまたサンドイッチに手を伸ばす。


「あ、あんたたち、私の分も残しておいてよね」

 シルビアも慌てたようにジュースのグラスを取り上げて、自分のサンドイッチを確保した。


 ジュリオはサンドイッチを頬張りながら考える。あれからどのくらい時間が経過しているのかわからないが、この空腹感からすると結構長い時間眠っていたのかもしれない。


 コリンとニアはどうしているのだろうかと心配になるが、今は自分たちが心配される側なのは間違いない。

(しかし、コリンの奴が無茶をしなければいいんだがな……)


 ジュースとサンドイッチをきれいに平らげて、尚も水差しの水を飲んで落ち着いていると、突然部屋の扉が開いた。


 前の部屋の時といい、なかなかのタイミングである。こちらの行動が監視されていることは明らかだとジュリオは思った。


 三人の前に、一人の男が現れた。年配の黒人で、白い髪は短く刈って、突き出た腹に貫録を感じさせる。


 彼こそが、噂のハロルド・マホニー本人である。


「おはよう。朝食は全て食べてくれたようだね。どこか具合の悪いところはないか?」

 ハロルドは、笑顔で三人を迎える。


「ずいぶんな歓迎ぶりじゃないか」


 多少はその可能性も想定していたとはいえ、ハロルドの登場に三人の動揺は激しい。しかしそれを顔に出さないようにして、ジュリオは座ったまま皮肉を口にした。


「乱暴な真似をして済まなかった。こうでもしないと君たちが誤解して、またどこかへ逃げ出してしまうんじゃないかと思って」

 ハロルドは三人の対面に腰を下ろす。


「誤解だって? 理解の間違いだろ。あんた、天の枷のボスなんだってな」

 ジュリオの言葉に、ハロルドは大きく目を開く。


「何故それを……」

 ジュリオは黙って顎をしゃくり、ハロルドの後方の天井を指す。

 ハロルドは顔を上げ、頭上を振り向く。天井のスピーカーからは、廊下の警護役二人のおしゃべりが流れていた。


 ハロルドは目を吊り上げて立ち上がると乱暴に扉を開け、二人の男を怒鳴りつけた。

「この愚か者めっ、お前たちの馬鹿話が全部部屋のスピーカーから流れているぞ。何を操作したんだ?」


 息を呑んだ男たちが慌てて端末に触れるノイズがスピーカーから流れ、ああっ、音声モニターが逆に、と悲鳴のような声が聞こえたのを最後に、天井からの賑やかな音は途切れた。


 しかし続いて廊下で怒鳴るハロルドの生の声が大きく響いて、再び乱暴に扉が閉められるとやっと静かになった。


 戻ってきたハロルドは、額に汗を浮かべている。


「いや、まったく馬鹿な連中ばかりで困ったものだ……」


「あんたにお似合いの、愉快な仲間じゃないか」

 ジュリオの皮肉を無視して、ハロルドは話し始める。


「そもそも、君たち三人は訪ねるようにと伝えたブラウンヒルへは行かないし、追跡用の発信器を仕込んだ太陽光パネルも砂漠の中で突然沈黙して、残骸すら見つからない。不測の事故に遭遇してもう三人とも戻らないのだと思っていたんだ……」


 ハロルドは、両手で顔を覆った。


「それでも、私は組織を上げて君たちの行方を捜した。だが、さすがにこの地域でこれ以上目立った行動をするには、無理があった」


「そりゃあ、あれだけ派手に暴れた後だからな」


 今度もジュリオの言葉を無視して、ハロルドは続けた。

「組織を立て直すべく、私も飛び回っていた。赤道地方の岩礁地帯ハルミラでのホランド族弾圧に対する抵抗勢力への支援や、キレーン市長の汚職問題での武力介入に対する後方支援など、この一年、いろいろ忙しかったんだ」


「まったく、あちこちで悪さをしていやがるんだな、あんたは」


「冗談じゃない。私をただの盗賊と思ってもらっては困る。これでも惑星中から支援の依頼が絶えず舞い込んで、忙しいのだよ。だから、一時は君たち三人の生存を諦めかけていた。それが、一年以上たって突然君たちらしき人物の噂が聞こえてきた。こうして三人揃って生きていてくれて、非常に嬉しいよ」


 ハロルドは真面目な目をして笑顔を造り、そこで一旦言葉を切る。


「だが、結局あんたが俺たちの家族を含めた町の全員を殺戮した事件の首謀者なのだな?」

 ジュリオは真直ぐハロルドの目を見て言う。


 ハロルドは悲し気な顔をしていたが、すぐに吹っ切れたような会心の笑いを浮かべて胸を張る。


「そうだ、間違いない。これは私が作った組織だ」



 


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