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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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白い囚人服

 

 ジュリオが目覚めたのは、清潔な白いシーツの上だった。部屋全体が優しい白い光に包まれている。


 微かに花の香りが漂い、一瞬、天国にでも来たのかと思うほど清潔で静かで快適な、浮世離れした場所だった。


 ベッドの上で体を起こすと、そこは四つのベッドが並ぶ病室のような部屋だった。


 窓はなく床も天井も壁も全てが白い。何もない天井の全面が、淡い光を放っていた。


 扉に近い左のベッドは空いていて、右隣のベッドにはケンが横になっている。一番奥がシルビアだった。


 全身の筋肉と関節が固まってしまったように、痛みが走る。しかし痛いのは体だけではない。


 頭の芯にも鈍い痛みが残っていて、ジュリオはベッドの上で顔をしかめた。


 身に着けていたサンドスーツは脱がされていて、代わりに全身白ずくめの柔らかなトレーニングウェアを着せられていた。


 足元にはジュリオが履いていたスパッツ付きのデザートブーツはなく、これも白いスニーカーが置かれている。


(……ったく、この白いのは囚人服かなんかか?)

 部屋の全体を見回すと、入口らしき扉の他にトイレのピクトサインが掲示された扉が見える。ジュリオはスニーカーに足を突っ込み、そこへ向かってふらふらと歩いて行った。


 入口らしき扉は施錠されていて、開かない。


 トイレの扉を開けると壁面の照明が灯り、同じように真っ白な洗面台がある。その奥にもうひとつある扉がトイレだろう。


 用を足してから洗面所で顔を洗い、冷たい水をごくごくと飲んだ。

 喉がひりひりして耐え切れず、それが飲用に適した水なのか、よく考えることもしなかった。


 濡れた手をシャツで拭いながら部屋へ戻ると、ケンが体を起こしたところだった。


「頭が痛いだろ」

「ああ、脳みそがズキズキする。ジュリオ。ここはどこなんだ?」

「さあな。食あたりで病院に担ぎ込まれたのとは、ちょっと違うみたいだ」

 ケンはこめかみを押さえながら、ゆっくり頭を左右に振る。


「そうだな。病院ならシルが同じ部屋にいる筈が無い。くそっ、ビル・チルデン。奴が眠り薬を飲ませたんだな。天の枷の仲間なのか?」


「それはまだわからないぞ。ここがどこかによるな」

 ジュリオは自分の寝ていたベッドに戻り、腰を下ろす。


 続いてシルビアも呻きながら目を開いた。

「シル、大丈夫か?」


 ケンの心配げな声に反応して、シルビアの頭が上がる。

「あー、ひどい頭痛。くそっ、あのじじい、一体何を飲ませたのよ!」


「全くだ。安い眠り薬を使いやがって。俺の体はデリケートにできてんだぞ。もっと丁重に扱いやがれってんだ。おう、起きたらそこの洗面所で顔でも洗って来い」


「ああ、そりゃいいや」

 ケンが起き上がって、ふらふらと歩いて行く。


「ねえ、ここどこ?」

「わからん。俺も今、目が覚めたところだ」


 シルビアはざっと室内を見る。

「清潔だけど、何もない部屋ね」

「まあ、監禁部屋にしちゃ快適すぎるがな」


「私たち、誘拐されたんだよね」

「入口の鍵が閉まってた。拉致監禁ってやつだろうな」


「でも、身代金なんて取れないよ?」

「どういうつもりなんだろうな。さっぱりわからん。ケンは目覚めるなり、天の枷じゃないかと言ってたが」


「天の枷だって?」

「ああ、どうも俺たちの行方を捜していたらしいからな」


「それなら、エギムの襲撃にもあのじじいが絡んでいるってこと?」

「もしかすると、もう一人のじじいもな」


「それってまさか、ハロルドのこと?」

「ああ。もしくは、あのビルってじじいが先に天の枷から脅されていたかだ。だが、それにしては手際が良すぎる」


「確かに、突然訪ねたのに用意周到だったわね」

「もしくは、そんなところへ揃って飛び込む間抜け野郎のオツムが、特別におめでたかったのか……」


 ケンが洗面所を出た。


「シル、お待たせ。水が冷たくて気持ちいいぜ」

「ありがと」


 立ち上がったシルビアと入れ替わりで、ケンがタオルで顔を拭きながらジュリオの向かいに腰かける。


「で、その間抜けの元締めとしては、どうするつもりだよ」

「どうもこうも。今は何もできないが、向こうもそれなりに大事に扱ってくれているようだから、様子を見るしかないな」


「さすがにブレスレットは取り上げられてるね」

「ああ、他の持ち物も、ハンカチ一枚残っちゃいないな。厳重に身体検査をされたようだ」


「そりゃ、シルには言わないでおこう」

 ケンは肩をすくめた。


 シルビアが洗面所から戻ると同時に、ドアが開いた。

 迷彩服に自動小銃を構えた二人の男が廊下に立っている。


「出ろ」

 不愛想な表情で言われて、三人は黙って廊下へ出た。


「来い」

 再び不愛想な指示に従い、三人は男の後ろを歩く。

 もう一人の男が銃を構えて最後尾に付いた。


 何のボタンも表示もないエレベーターに乗せられて何フロアか下がり、再び廊下を歩いて別の部屋の扉を先頭の男が開ける。


「入れ」

 扉の横に立つ男が無表情で言う。


 仕方なく、三人は部屋へ足を踏み入れた。


 そこは先ほどまでいた白い部屋とは違い、黒い革張りの立派な応接セットが置かれた落ち着いた部屋で、重厚な木目のテーブルにはカットグラスの花瓶が置かれ、花が生けられている。


 目を丸くしたシルビアが近寄り花に顔を寄せる。

「すごい、本物の薔薇だよ」


 その時後ろで扉が閉じる音がして、続いて二人の男が堪えきれないように押し殺した笑いを漏らすのが聞こえた。暫く続いた低い笑い声は、ついに爆笑に変わる。


「いや俺、一度こういうのやってみたかったんだよね」

「ダメだろ、笑っちゃ」

「だって、あいつらの真剣な顔見たか」

「お前だって緊張して震えてたじゃないか」

「違うよ、お前が似合わない真面目な顔してるから、笑いを堪えてたんだぜ」

「嘘だ、俺、結構渋かっただろ」

「ほら、頭の悪そうな顔してるぞ、見てみろこれ」

「や、やめろ。写真なんか撮るんじゃねえ」


 再び爆笑する二人の、漫才のようなやり取りが丸々部屋の中へ聞こえている。


 いくら何でも扉越しに話し声がはっきり聞こえるような安普請ではない筈だ。よく聞いていると、二人の笑い声は扉近くの天井にあるスピーカーから漏れている。


「ひょっとして、あいつらこの部屋の盗聴装置を作動させようとして、逆に自分たちの声をこの室内に放送してるんじゃないか?」

 ケンの言葉に三人は目を合わせる。


 ジュリオが扉の方を見て何か言いたそうな顔をしていたが、ケンが首を振って止めた。

「そっとしといてやろうぜ」


 隣でシルビアもうんうんと頷いている。

 おかげで、三人の緊張感はすっかり解けた。



 


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