巨大砂嵐の接近
三人はコリンたちと同じ通信端末のブレスレットを腕に着け、いつでも連絡が取れるようにして出かけた。
しかし、最後に町の中から、「ビル・チルデンの居場所がわかったので、これから会いに行く」と簡単な連絡があったきり、それから三時間が過ぎても追加の連絡が来ない。
コリンからコールしても、応答はない。
アイオスに頼んで端末の位置を調べてもらい、三人の居場所を地図上で特定したが、それはブラウンヒルの町の中ではなく、町から離れた砂漠の何もない場所を移動中であった。
三人の生命反応は安定しているという。
こんなことならブレスレットのモニターを常時オンにしておけばよかった。
コリンは不覚に思うが、そもそもそんな機能があることさえ知らなかった。
おまけに、常時位置情報や音声モニターをオンにして通信するには、ブレスレットにチャージ可能なマナも、不足ていたようだ。
「まあ、命が無事なのはいいけど、三人が揃って連絡をして来ないのに移動をしているということは、何かアクシデントに巻き込まれた可能性が高いよな」
コリンは久しぶりにニアと二人きりになった解放感も束の間、さすがにこの事態に慌てている。
落ち着くためにニアがいれてくれた甘いホットミルクティーを一口飲んだ。
コリンはソファの隣に座るニアを見る。
「ジュリオたち、盗賊団に捕まっちゃったのかなぁ」
ニアも不安そうにテーブルのカップをじっと見つめていた。
「そもそも、ビル・チルデンに会えたのかな。それとも、その前に盗賊団に見つかって捕まったのか……」
コリンはシルビアが作ってくれた偽IDで町の掲示板にアクセスして、ビル・チルデンがどんな人物なのかを簡単に調べていたが、見たところ怪しい部分は何も見つからない。資産家で、なかなか立派な人物のようだった。
しかしビルが裏で盗賊団に繋がっているとすると、迂闊に動くのも危ないと思った。
もし三人がコリンとニアのことを盗賊団に話していれば、この場所へもすぐに盗賊団がやって来てもおかしくない。
しかしそんな気配はまるでないし、周囲も静かなものだ。
それなら彼らを捕えた連中は、三人が乗ったクロウラーの存在も知らないのかもしれない。
何かクロウラーに手掛かりが残されているかもしれないし、最悪でもここから動いて彼らを追う前に、クロウラーを回収しておきたい。
そう思いコリンは夜まで待ってから、一人でバギーに乗って彼らの入った町の門前まで行ってみた。
想像通り、門の脇にある駐機場に彼らの乗ったクロウラーが置かれている。
キャビンの中は無人で、何も手掛かりは残されていない。
「コリン、大丈夫?」
ニアからまた確認のコールが入る。一人で店を出てからほとんど一分おきにニアがアクセスして来る。
「(大丈夫だよ。これから帰るから)」
コリンは遠話の魔法でニアに直接答えた。
「(気を付けてね)」
不安そうなニアの気持ちがコリンに伝わり、もう一度周囲を見渡した。腕の端末のセンサーでも周囲に危険がないことを確認して、コリンは大きく息を吐いた。
コリンはクロウラーを自動操縦にして、バギーと一緒に店まで戻った。
ニアが泣きそうな顔で待っていて、コリンの姿を見ると飛び着いた。
「よかった……」
ニアはコリンの胸に顔をこすりつける。しがみつくニアを両手で抱きしめながら、短い間でもニアを一人にしたのは良くなかったと、コリンは反省する。
(どのみち彼らはもうこの町にはいない。さて、僕らはどう動くべきか)
あの最悪の一日のように、これで二度と彼らの顔を見ることがないのかもしれないという恐ろしい考えが、コリンの胸に渦巻く。
不安で心臓の鼓動が高鳴った。
その時、アイオスが警告を発した。
「西から、巨大な砂嵐が接近中です」
ネット上でも、早くから警告が出ていたのをコリンは思い出した。
嵐は、あと十二時間前後でコリンたちのいる地域へ到達する予報となっている。
どうやら急に速度を上げたようだ。数年に一度あるかないかという規模の、非常に大きく強い砂嵐らしい。
治安部隊から緊急事態宣言が出され、進路上にある町では準備が進む。
遠くの町から転移ゲートを経由して対策物資と人員が配置され、逆に別の安全な町へ避難する者も数多い。基本的には、それ以外の地上の移動と転移は制限された。
町の精霊魔法使いは予備の人員も配置され、町を守る結界の維持に最大限のマナを注げるよう待機している。
この規模の嵐の中では地上を移動することは不可能で、各町の転移ゲートも今は厳しい監視下にある。
砂漠を移動していた車両も近くの町へ逃げ込むか、嵐の進行範囲外へ脱出しようと急いでいることだろう。
既に砂漠は無人の荒野と化して、まさに嵐の前の静けさを迎えている。
アイオスがモニターしていた三人の位置も、ついに停止した。
近くには町がない場所なので、三人を拉致した者たちのアジトなのか、或いは母船のように利用されている巨大なクロウラーかもしれない。
どちらにしても、今は治安部隊が気軽に動ける状況にない。
嵐への準備で、それどころではないだろう。
今、三人を救出できるのは自分たち二人しかいない、とコリンは気を引き締めた。
コリンとニアは、アイオスに命じて彼らの身に着けているブレスレット端末が示す位置へ向かい、移動を始めた。
この巨大なワームと彼らの身に着けている通信端末と、更に酒場やヴォルトがどういう原理で繋がっているのかは理解できないが、コリンとニアの持つマナにより動作しているのは確かだ。
端末からアイオスを操作できるのはコリンとニアだけで、他の三人には室内機器の簡単な操作と相互の通信程度しか機能しない。
一度停止した彼らの位置が、再び動く可能性もある。
三人の持つ端末に蓄えられているマナが、コリンたちと離れていつまでもつのか。それが機能している今のうちに、行かねばならない。
「大丈夫。絶対に、僕らで救い出すんだ」
彼らとの接続が完全に断たれる前に、何とかして彼らを救出しなければならない。できることなら、嵐が来る前に。
だが、こんな時だからこそ、この嵐を味方にできればチャンスはある。
コリンは隣に座り左腕にしがみついているニアの手を、空いている右手で強く握った。




