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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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ブラウンヒル

 

 五人は新たな手掛かりを求めて、翌日ブラウンヒルの近くへ移動した。慎重を期して、町からやや距離を置いた目立たぬ砂丘の裏側にワームを沈めている。


 今では、主にコリンが使う風魔法で周囲に疑似砂嵐を作り、昼間でも砂とモスの厚いベールをまとってサンドワームの本体が目撃されないように移動することが出来た。


 柔らかい砂に潜って店の部分だけ地上に出して静止すれば、ワームの姿を誰にも知られることはない。


 町の周囲には特に変った動きもなかった。町の掲示板などネットワーク上の情報を見ても、何の異常も感じられない。


 そこで昼食後に、ジュリオとケンとシルビアの三人がクロウラーに乗って、町まで行くことになった。


 危険を考えてジュリオが一人で行くと言い張ったが、ケンとシルビアは絶対に自分たちも行くと言って聞かなかった。


「だから、オレたちはもうジュリオ一人に危険を負わせて隠れているのは嫌なんだ!」

「そうよ。ジュリオが行くなら私たちも絶対に一緒!」


 結局ジュリオが折れて、三人揃って出かけることになった。


 ブラウンヒルは大きな町で人口もエギムの十倍以上ある。人探しには手間がかかるかと思われたが、町に入ってすぐのインフォメーションで軽く調べてみると、ビル・チルデンのアドレスはすぐに見つかった。


 ジュリオが偽造IDを使って、一年前にハロルドに紹介された友人であるとメッセージを入れると、数分と待たずに返事が来た。


 今なら時間があるので、すぐに自宅へ来てほしいと言っている。


 警戒していた三人は、肩透かしを食ったような気持ちでほっとする。


 これならば、変な警戒をせずにさっさとドーベル商会を出て、初めからここへ来ていれば良かったとも思ったが、それは実際にビル・チルデンに会ってみてからの話だ。


(まあとにかく、来いというのなら行こう。そのために来たのだから。念のためコリンに連絡をして、警戒だけはしておかないとな)


 ジュリオはコリンと同じ通信用のブレスレットで、ここまでの経過を連絡した。


 店を離れてマナの供給が無くなっても、一日二日は稼働できるらしい。いざという時の為に、ワンタップで機能する緊急通報機能もあった。



 三人は、街の地下道を走る自動運転のキャビンに乗り込み、ビルの家があるブロックへ向かった。


「ジュリオも全然知らないんでしょ、そのビルという人」

 シルビアは、冷房のよく効いた楕円形のキャビンの中で、汗を拭う。


「ハロルドとは、どういう関係なんだろうな。俺もあの時に古い知り合い、と聞いただけだからな」


「そのビルさんは、オレたちのことをハロルドから聞いて覚えていたから、すぐにこうして呼んでくれたんだろうな」


「ああ。きっと、ハロルドの昔のこともよく知っているんじゃないか?」


「ハロルドは、エギムを脱出できなかったのかなぁ……」

 シルビアは下を向いて呟く。ハロルドだけじゃない。今でも多くの人の行方が知れないままだ。


「しかし、ビルは一年以上過ぎてやって来た俺たち三人を、覚えていたんだろう。彼は、ハロルドの安否についても、何か情報を持ってるのだろうか……」

 ジュリオの言葉に答える者はいない。


 ほんの数分で、キャビンは目的地に到着して停止した。


 三人の話は何度も同じところを行ったり来たりしているのだが、やっとこれで一つの決着を見せてくれるのかもしれない。そういう期待に包まれて、三人の足取りは比較的軽かった。


 ビルの住居は町の中心部にある地下三階に当たる一室で、かなりの高級住宅街の一角だった。


 豊かな緑の植栽を配置した吹き抜けの広場に面したアパートメントで、通された居間からはバルコニーの回廊越しに美しい広場を見下ろせる。


 いきなり地下の密室のような部屋に通されずに済み、三人の警戒心は下がる。



 ビルはハロルドと同じくらいの年齢の痩せた老人で、よく見れば右足は膝から下が義足だった。


 柔らかな身のこなしと上品な言葉使いで歓待された三人は、場違いなところへ来たような気後れを感じる。


 ビルは自分もエンジニアだったが、今は引退してこの町でのんびり暮らしていると語った。


 ハロルド博士の古い友人であるというビルは元々食糧プラント設備の専門家で、ケンは自分の両親と同じ職種だと聞いて親近感を持った。


 ビルが言うには、エギムの町の崩壊以降、ハロルドの消息は不明だった。


「他の大多数の住民と共に砂の下へ沈んだのではないかと思われている」

 残念そうにそう言って、目を伏せた。


 それから三人はビルと共にハロルドの懐かしい思い出を語り合い、ジュリオはこの一年の自分たちの行動を簡単に説明した。


 豪快で庶民的な感覚を持っていたハロルドが、こんなに上品な紳士とどこでどう知り合ったのか不思議に思えた。


 しかし自分たちも腹を割った話ができない以上、逆に立ち入った質問もできない。


 三人はロワーズの町やドーベル商会の名前など、具体的な部分は全て伏せたまま曖昧な話を続けている。


「ハロルドの最後の願いを受けた身としては、君たちにできる限りの協力をしたい」

 アイスティーを一口飲んで満足そうに微笑みながら、ビルは穏やかに話した。


「ハロルドが何か自身の研究などを通じて天の枷と揉め事があったのではないでしょうか?」

 ジュリオがそう問うと、ビルは目を丸くして笑い、首を横に振る。


「彼のように聡明な男が、盗賊たちと揉め事を起こすなんて考えられないな。きっと町を助けようとして逃げ遅れたのだろう。そういう奴だった」


「確かに、最後に彼はゲートのある区画を守ると言い残して一人で部屋を出て行きました……」


 ビルは目を伏せて、物思いにふけるように首を小さく振っていた。


 ジュリオはそこで一息入れて、大きめのグラスに氷の浮かんだアイスティーを口に運んだ。


「実は、最近になって盗賊たちの動きがおかしいんです」

 ゆっくりと続けて、ジュリオはここ最近の天の枷に関する妙な噂話について言葉にする。


「何故そんなことに?」


「いえ、理由はさっぱりわからないんですよ。でも盗賊の連中がエギムを脱出した子供とジャンク屋のオヤジを探しているらしいって噂話を何度も聞くと、さすがに薄気味悪くて……」


 ジュリオは目の前の落ち着いた紳士を少し信じてみたくなり、自分たちの置かれている状況を説明した。


「それなら今のまま身元を隠してこの町に来ればよいのに」とビルに簡単に言われて、三人は顔を見合わせる。


 コリンとニアのことは、まだ他人に話すわけにはいかない。


 自分たちが移動酒場の手伝いをしている現在の状況についても何ひとつ説明していないので、きっと今でもどこかの町の片隅でジャンク屋稼業を続けているようにビルは思っているだろう。


 室内には静かな管弦楽が流れ、柔らかなソファに体を埋めていると、ジュリオは瞼が重くなるのを感じた。


 本当に、もし何のトラブルもなく真っ直ぐにこの町へ逃げてくることが出来たなら、もっと穏やかな暮らしができたのかもしれない。


 そうすれば、ケンとシルビアにも無駄な苦労を掛けないで済んだだろう。


 ジュリオは心の重荷が一つ消えたような、落ち着き満ち足りた気分で目を細める。


 もう一度、冷たいレモンティーを口に含んだ。これまでの心配が全く杞憂だったように、甘酸っぱい味が喉の奥へ全て洗い流してくれるように感じる。


 こんな風に安らかな気分になったのは、久しぶりのことだった。


 ふと横を見ると、シルビアとケンは目を閉じて、もうすっかり居眠りをしている。


(このままでは、自分もすぐにそうなりそうだ…………いや、さすがにこれはおかしい!)


 ジュリオが気付いて、立ち上がろうとする。


 ビルは落ち着いて座ったまま、テーブルの下に隠しておいたスプレーを取り出してジュリオの顔に向けてひと吹きした。


 冷たい霧が顔にかかり、揮発性の刺激の強い匂いが鼻の奥に突き刺さるのを感じた瞬間、ジュリオの意識は暗転した。



 


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