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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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魔導師の誕生

 

 コリンとニアがエギムから脱出して、二人で砂漠を放浪していた一年間について、もう少し語っておいた方がいいかもしれない。


 逃走から一か月後、二人はエギムから遠く離れた砂漠の中にいた。


 広大な砂漠の中にあっては、全長三百メートルの巨体を誇るサンドワームといえども、微々たる存在だ。


 周囲は紺碧の空と暗い色の砂だけの世界である。

 エギムの周辺では砂の色はもう少し赤味がかっていたが、この辺りの砂は色味に乏しくただくすんで見える。


 見渡す限り、コリンの心と同じ暗い灰色だった。

 それでも、コリンは一人ではなかった。


 コリンの話し相手は、一か月前まで猫だった少女ニアと、同じく一か月前まで宇宙船だったサンドワームのアイオスである。もうそれだけで混乱して、自分の正気を疑うような状況だった。


 実際、一時期コリンは、本当に自分の正気を疑っていた。


 アイオスについては、端末を介して主に移動に関する実用的な会話をすることがほとんどだったので、雑談の相手になるようなことはない。


 コリンから話しかけなければ、いつまでも何も言わない、物静かな自動機械のようなものだ。


 ヴォルトで入手したブレスレット型の端末を介してアイオスとどこでも会話ができるようになり、ニアと三人での遠隔通信も可能になっている。


 しかもマナを使った古代のテクノロジーは、砂やモスによる電波障害をものともせずにいつでもクリアに通信が可能だった。これだけでも、表に出たら大騒ぎになるほどのオーバーテクノロジーだ。


 もちろん、エランドで通常使われている電波や光による通信も可能だ。


 ヴォルトは食材だけでなく、厨房機器などと一緒にこんな小物も供給してくれる。

 コリンには、今をもっても不思議なヴォルトと地を這うワームの関係がさっぱりわからない。


 古代の宇宙船が魔法によりワームに擬態した、というようなことを聞いた記憶があるのだが、もっと詳しい説明を求めても満足のいく回答はない。


 無口なアイオスだが、外部で作業をしている時には嵐の接近を警告してくれたりもする。実に頼もしい相棒である。


 対してニアは、あまりにも長年にわたり人の言葉を話したいと願い続けた末にやっと夢が叶ったからなのか、話すことが楽しくて仕方がない。


 子猫が親猫に甘えるように、用もないのに、暇さえあればコリンにまとわりついては話しかける。それだけならまだ良いが、少しでも隙を見せると言葉だけでなく、体全体を接触させてコミュニケーションを取ろうとする。


 猫の時には当たり前に毎日一緒に寝ていたのに、と言われるが、今では受け入れ難いことが多い。


 コリンはニアが嫌いでないだけに、余計に過剰な接触行為に悩まされていた。

 だからこそ、せめて言葉によるコミュニケーションだけは拒否しないようにと心掛けている。


 早い時期からある程度人語を解するようになっていたニアにとって、自分の口で話せなかったころは多大なフラストレーションを抱えていた。


 やっとその制限が解消されたので、少しのことでは満足しないのだ。


「ねえコリン、お腹すいた」

 一日に何度もそう言ってコリンを困らせるのも、ニアなりの事情がある。


 耳と鼻については人より敏感な猫だが、視覚や味覚については違う。

 元々夜行性の狩人である猫は、近くの暗いところに特化された視覚なので、目の解像度や色を感知する能力は圧倒的に人間の方が上だ。


 そして味覚。

 単に人になって味覚が豊かになったというだけではなく、猫には食べられなかった様々なものが食べられるようになっていた。


 それに、単純に体が大きくなった分だけ、多くの量を食べなければならない。


 ところが人間になり、コリンの作る料理の匂いに魅かれ、出来上がりを見てその美しさに驚き、食べてびっくり人生が変わった。いや、新しい人生を始めたばかりなのだが。


 ニアはそのあまりの美味しさに衝撃を受け、暇さえあればコリンに料理を作ってくれとせがむのだった。


「ねえコリン、何か作ってよう」

 そう言いながらコリンを一日中追い回す。


 今では濃い味の温かい食べ物や、チョコレートなどのスイーツ類が大好物だ。

 猫には毒だと言われているブドウや柑橘類などの果物も、今では大好きになった。


 唯一の例外は、不思議と光る酒だけは昔からいくらでも飲めたことだった。

 毎日普通の猫の致死量を遥かに超える酒を舐めていたのだから、あきれるしかない。まあそれはコリンも似たようなものだった。


 でも、ニアは単に自分のことばかり考えてコリンを追い回しているのではない。


 自暴自棄になっているコリンに料理をねだり、厨房へ立たせる。

 料理が出来れば必ず二人で一緒に食事をして、しっかりと栄養を取らせた。


 そして美味しい美味しいと騒いで褒めて、感謝の意を伝えてコリンの気持ちをほんのり温めた。

 毎日のこの繰り返しが、少しずつコリンの凍り付いた感情を溶かし始めていた。


 ある日、夕食後の片付けをニアがして(といっても、何もかもまとめて自動洗浄機へ放り込むだけなのだが)、三階の居間でコリンはぼんやりと連なる砂の丘を眺めていた。


 厨房から戻って来たニアはコリンの隣に座り、その右手にマナの光を集めている。それは、沈んだばかりの赤い夕陽と同じ色だった。


「ねえコリン、よくこうしていろんな色の光を作って遊んだよね」


 二人でヴォルトの光る酒を探して走り回っていたころ、よくこうして競争で色を変えたり強くしたり弱くしたりして、遊んでいた。


 色を見分けることが苦手だった猫のニアも、マナの色だけは見分けていた。やはり、目で見ていたのではないのだろう。


「これがマナの光らしいって知ったのは、精霊の森で会った精霊魔術師のシュルムさんが捻挫した僕の足を治してくれた時だった。あの時初めて、魔法を使うところを見たんだ」


 正確に言うと、あの時コリンは目を閉じて何も見ていなかった。けれど、確かに光が見えたのだ。


「あの後、一生懸命魔法の練習をしたじゃない」

 まだ猫だったニアもコリンと同じように、掌に光を集めたりしていたのを思い出す。


「何をやってもダメだったよね」

「でも違うの」


「何が?」

「だって、わたしはもう魔法が使える」


「えっ、そうなの?」

「わたしは自分が人間になりたいと願って、自分で魔法を使ってこの姿になったの。そうじゃなければ、簡単に猫の姿に戻れたりしない」


 そう言って、ニアは一か月ぶりに、コリンの眼の前で元の猫の姿に戻った。


 コリンは驚いた。これは、確かにニアが自分の意思で使っている魔法だ。


 ニアはまたすぐに、人間の姿に戻る。


「あのね、コリン。言っておくけど、わたしは魔法で本物の人間になったのよ。人間に姿を変えた猫じゃなくて、猫にも姿を変えられる、ちょっぴり猫っぽい人間なんだからね」


 その時のコリンにはニアの言っていることがすぐにわからず、ニアが力強く語る意味を理解していなかった。


 何しろ、ちょっぴり猫っぽい人間という部分に突っ込みを入れる機転も回らなかったのだから。


「でも、コリンだってマナを使って宇宙船をワームに変えたじゃない」

(そう言われても、僕は制御パネルに手を触れただけだ)

 しかし、コリンは他に思うところがあった。


「ニア、君は人間になったんじゃない。きっと、魔導師になったんだ」

「魔導師?」


「ああ、古代に銀河へ進出した人類は、母なるオールドアースの大地を離れて宇宙で暮らし始めた。その中で、一部の人類が進化して人を超える存在、魔導師になったと言われている」


「いやいや、わたしはやっとの思いで人間になったばかりなんだよね……」

 ニアは、ちょっと待ってくれとコリンの口に手を当てようとする。


 コリンは気にせず続けた。


「精霊の森が作り出すマナを使い魔法を行使する魔術師と違い、魔導師は自らマナを生み出して魔法を行使する。だから何もない宇宙空間でも、例えばこんなに不毛な砂漠の真ん中でも、自在に魔法が使える」


「それなら、コリンも同じじゃないの?」


「いや、僕はニアと違ってマナを作り出せても、魔法は使えないよ。でも、魔導師が本当にいるなんて、そんなのはただの伝説で、お伽話の世界だと思ってた」


 ニアは、黙ってコリンの言葉を聞いている。


「今でも、精霊魔術師なら一万人に一人くらいはいるらしい。だけど、魔導師は千五百年前に突然、全員がこの宇宙から姿を消してしまったんだ」


「でも、ここに二人もいるじゃない」

 ニアは首を傾けてコリンを見て、にっこりと笑う。


「僕にも魔法が使えるようになるのかな?」

「出来るよ、きっと。それに、ここならたっぷりと練習できるでしょ」


「うん、確かに、これ以上の場所はないな」


 周囲に誰もいない砂漠の中での、二人きりの暮らし。

 時間はたっぷりある。


 今までできなかった魔法の探求を、ここなら思う存分にできる。


 とはいえ何をどうすればいいのかは、完全に手探りなのだけれど。



 


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