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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
18/123

休息

 

『砂丘の底』のころは三階の客室は幾つかの小部屋に仕切られて、大小様々な宴会が出来る個室になっていた。ちょっとした人数のパーティーから家族連れやカップルのプライベートな利用に便利で、なかなか好評だった。


 その部屋が今は、それぞれ五人の寝室に改装されている。


 バックヤードにはトイレの隣にユニットバスが据え付けられて、贅沢なことに、いつでも冷房の効いた室内で温水のシャワーが浴びられる。


 フロアの残りの部分には豪華な応接セットが置かれて、居間兼食堂として開放されていた。


 二人の時には使っていなかった二階は、再び大部屋の客席として使い始めることになった。


 男たち三人が一階の倉庫へ集まって何やら機械いじりを始めたので、シルビアは今日二回目のシャワーを浴びてから居間のソファでアイスクリームを食べていた。


 猫の時から変わらぬ風呂嫌いのニアは、それをあきれたように横目で見ながら、隣でマナのたっぷり入った甘いポルトワインをちびちび舐めている。


「ああ、シャワーが浴び放題なんて、ここは天国か……」

 シルビアは幸福そうに目を細める。


 ニアとシルビアは似たような薄い茶色の髪を背中まで伸ばしている。

 こうして並んでいると、ニアの髪は腰まで届くほど長く、シルビアの髪はやや短く色が濃いように見える。ただ、その色はまだ髪がすっかり乾いていないからかもしれない。


 二人の外見は他の部分ではずいぶん違っている。小柄なニアは怪しく光る灰色の瞳に、あらゆる光を跳ね返すような輝く白い肌をしている。


 手足のすらりと伸びたシルビアは、湖の底のように深い緑の瞳に、淡い光を吸い着け身にまとうような、カフェオレ色の肌を持つ。


「ニアも浴びればいいのに。気持ちいいよ~」


「わたしは生活魔法でいつも清潔にしているから、水浴びなんて野蛮な行為は必要ないの」

 そう言ってニアは寝ころんだまま人差し指をくるくる回す。


 魔法の風がニアの体を包みこみ、その輪郭がぼやける。全身が再びくっきり見えるようになると、風呂上がりのシルビアと似たような、ゆったりした部屋着に着替えている。


 さらりとした薄茶色の髪からは、洗ったばかりのようなシャンプーの香りまで漂っていた。


「うーん、魔法ってのは便利なような、だけど全然そうでないような……シャワーを浴びる楽しみまでスルーしてもねぇ……」


 シルビアが呻きながら呟くと、ニアは思い出したように笑ってシルに近寄る。


「ねえねえ、シルってさ、ケンとどこまで行ってるの?」

「エッ、エエトッ、ドコマデトイウト?」

 不意を突かれて、ぎこちない口調で答えるシルビア。


「だからさぁ、キスとかしてるの?」

 いやー、と苦笑するシルビア。


「だってさ、そんなにきれいにしてケンに迫れば、イチコロなんじゃない?」

「それがね、なかなかあの男は意気地なしで」


「へえ、わたしなんかコリンにキスしたり唇をぺろぺろ舐めたり、いつもしてるもんね」

「知ってる。でもあんた、猫の時だけでしょ」


「うっ、確かに……」

 ニアは胸に両手を当てて、苦笑する。


「だってこの姿で迫ると、コリンはすぐ逃げるんだもの」

「ニアはさ、もっと可愛い恰好をすればいいじゃないの?」


「そうかなぁ」

「ほら、あんたはどんな服でも魔法でぱっと出せるんだし」

 シルビアはため息を吐く。


 身一つで町を逃げ出してから一年の逃亡生活の間、実用的な服しか求めて来なかった。しかしこうして落ち着く場所が見つかると、もっとかわいい服が着たいと思うのは年ごろの女子なのだから当然だ。


 ニアは魔法で自分好みの服やちょっとしたアクセサリーを思うままに造り出し、身にまとうことが出来るが、自分の体から離れればすぐに消えてしまう。


「私なんか何にも持ってないから、着るのはお店のメイド服ばっかりだよ」


「シルのメイド服はすんごくかわいくて大評判だよ。でも、あれっ? そういえば、地下に更衣室があったよ。シルは知ってる?」


「だけどあそこはメイド服ばっかりで……」


「違うよ。コリンのママやおばあちゃんの服とか、ウエイトレスさんたちがお祭りの日に来ていた服とか、たくさんあったよう」


 シルビアはそれを聞くと飛び起きて立ち上がる。

「うそっ、行ってみよっ!」


 シルビアはニアを無理やり起こして先頭に立てて、エレベーターで地下一階へ降りた。


 今使っている従業員用更衣室の隣の扉を、ニアは開く。そこは確かに、広いクローゼットだった。中央の通路の両側に、数多くの服が下がっている。

 全て、女性の服だった。


 部屋の奥にも衣装ケースが積み重なっていて、その奥に大きなチェストが見える。

 シルビアは次々と服を手に取って興奮している。

「凄い、凄いよ」


 古いデザインの服もあるが、何よりもカジュアルからフォーマルまで様々なサイズの服が揃っていた。


「ペリー家三百年の歴史だね、これは。この部屋は時間が止まっているみたい」

 シルビアがそう呟くと、二人は顔を見合わせる。


 この下にある食糧庫のことを考えると、時の止まったクローゼットの存在も急に現実的なことに思えてくる。


「でも、とりあえずそれはまあいいか」

「そうそう、中身が肝心」

「これはちょっと露出が多すぎるんじゃ……」

「いやー恥ずかしい……」

「おおーこれはこれでまた……」

 シルビアは興奮して次々と服を選ぶ。


「うーん、これはちょっとサイズが合わない」

 純白のパーティードレスを前にニアが項垂れる。


「胸のサイズだろ」

「うるさい」

「胸の小さいバージョンを自分で作ればいいでしょ」

「あ、そうか。でもなんか悔しい……」


「ちょっと、ニアはこういうのがいいよ」

 シルビアが、黒いミニドレスをニアに手渡す。


「えーっ、背中が見えてるよ。横にもスリットが……」

「そこがいいんじゃよ、ホホホ」

「エロじじいか」

「そうだな、これはコリンよりエロい客が喜びそう」

「ダメじゃん」


 シルビアは自分の着たい服だけでなく、ニアに似合いそうな服も山のように選んで、居間へ凱旋した。


「よし、今日はこれで優柔不断な男どもを悩殺しちゃうぞ」

「おおっ!」


 その日、いつになく着飾って積極的な女子組を前に、ジュリオはバーボンのボトルを一本抱えて早々に自分の寝室へ消える。


 残された二人の少年は顔を赤くして下を向き、次第に機嫌の悪くなる女子二人の攻撃を受け続けるのだった。



「でさ、二人は他にどんな魔法が使えるのよ?」

 シルビアは、興味津々で我慢できない。


「よっしゃー、よくぞ聞いてくれました!」

 ニアはノリノリだが、昼間の砂漠で披露するのは厳しい。


「じゃ、今夜魔法ショーをお目にかけるよー」

「はあ、仕方ないか……」

 コリンは、あまり気が進まないようだ。


 その日の夕暮れ、五人は薄明りの残る砂漠へ出た。


「まずは土魔法と水魔法!」


 ニアは砂に1メートルほどの穴を掘り、そこへ大量の水を流し入れた。水は砂の穴に吸い込まれ、すぐに消えた。


「おお、すごい! これなら砂漠で水には困らんな!」

 そのスケール感に、三人は圧倒される。


「じゃ、次は火魔法!」

 コリンが同じ穴に巨大な火の玉を落とすと、水分は蒸発し、砂は溶けて直径1メートルの丸いお椀状のクレーターができる。


「それ、もう一度水魔法!」

 ニアが水を入れると、今度は池のように水が中に残る。


「おお、すごいぞ!」


 ニアが調子に乗って周囲に水を撒き散らしていると、あっという間に水を求めて集まる、ワームの群れに囲まれた。


「ニア、やりすぎ!」

 コリンが叫ぶが、もう遅い。


「「「ひえーっ!」」」

 ワームにトラウマのある三人は顔面蒼白になる。


「仕方ない、風魔法!」


 コリンが強風を巻き起こすと三人は宙へ舞い上がり、何とかみせのいりぐちふ店の入り口付近へ落下した。


「もう、これからが本番なのに!」

 ニアが怒るが、それどころではない。


「さあ、ニア。もういいから帰るよ!」

 コリンに手を引かれて、不完全燃焼のニアが不機嫌そうに雷撃魔法を放って、ワームを寄せ付けずに、ずんずん歩いて店に戻って来た。


「もう、このバカネコ!」

 シルビアの震える叫び声が、店に響いた。



 


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