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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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長靴をはかないお姫様

 

「まあいいか。店の名前はどっちの趣味だ?」

 追い打ちでニアに引掻かれた頬をさすりながら、ジュリオが尋ねた。


「ニアに決まってるだろ。僕はこんな名前は恥ずかしくて嫌だったんだ」


「だって、コリンはわたしの王子様だから」

「こら、そういう恥ずかしいことを平気で言うな!」


「だってよ。詳しいお話はニア姫様に聞いてくれ」

 ジュリオは訳知り顔でニアを見る。


 ニアはケンとシルビアに向かって胸を張り、どんと叩いて見せる。


「だけどよ、長靴をはいた猫はお城の王女様を連れて来るんだぞ。自分がお姫様になってどうする」


「いいの。こんな砂漠の星にお姫様なんていないんだから」

「確かにそうだ。ニア以上のお姫様は見つからないだろうな」


「あら、私だっているのに」

「ああ、そうだった、もう一人お姫様はいたな」


「よしよし、ジュリオもだいぶ空気が読めるようになったじゃないか」

 ケンがほっと溜息をついて、ジュリオの頭を撫でた。


「当たり前だ。さっき強烈なのを食らったばかりだからな」

 ジュリオはまだ腫れている自分の頬を手で撫でる。


「それは自業自得ってやつだ」

 ケンは思い出して顔を赤くしながら、ジュリオを突き放す。


 コリンとニアが厨房から料理を運んで、酒もたっぷりと用意した。


 三歳の時から光る酒を飲んで育ったコリンとニアは例外中の例外として、銀河ネットワーク内では一般に十五歳になれば酒を飲んでも咎められることはない。


 成人としての義務を負うのは十八からなので、まだ十五の子供、と言われることの多い彼らだが、義務教育というものがない惑星なので、一般的には十五歳になれば誰でも何らかの仕事をしている。


 学校へ通わない代わりに、十八歳になるまでに試験を受けて、合格しなければ成人とは認められない。

 内容はこの星で暮らすのに必要な最低限度の能力と知識を問うもので、十歳以上なら誰でも受験できるし、十科目全て合格するまで、科目別に何度でも試験を受けられる。


 ニアを除く三人は既に全ての科目に合格している。


 二人で砂漠を放浪していた時の暇つぶしにと、ニアに試しに問題を解かせてみたら、伊達にコリンと長年一緒に暮らしていなかった。


 なんと十科目全てで優秀な成績をとれるのだ。元々猫なので市民権がないことが、本当の問題なのだが。


 それについては、シルビアのハッキング能力とケンの工作能力で、今よりマシな偽造IDが作れるだろう。


 実際にジュリオを含めた三人は、偽のIDでこの一年間を過ごして来たのだから。

 交代で、あの日以降今日までの出来事を話しながら、食事をした。



 いかにしてあの戦火から脱出し、一年間を生き延びたか、である。


 それぞれの話は興味深く、刺激に満ちた一年の間に皆成長している。


 とりわけニアの変貌ぶりは興味の中心なのだが、コリンとニアは三人に全てを打ち明けるのはまだ早いと考えていた。


 幾つかの要点をぼかしているので納得するのは難しいだろうが、あとは目の前の否定しようのない事実をもって語るしかない。


 二人の魔法のこととか店の下にいるサンドワームのこととか、刺激の強すぎる話はこれからおいおい語るべきだと、コリンは判断した。


 五人の騒々しい宴が深夜に一息入れて一瞬の落ち着きを見せたころ、ジュリオが改まった口調で話を始める。


「俺は、ちょうどお前らが生まれたのと同じころにハロルドに誘われて、軌道から降りてエギムへやって来た。あの町で暮らした時間は、お前らと変らない」


 そこでジュリオは、四人の少年少女の顔を順に見る。


「だが、失くしたものの大きさや重さを考えると、お前たちほど酷い経験とは言えないな。けどよ、生まれ故郷を失う気分っていうのは、俺にも経験がある」


 ジュリオはエンジニアとして二十歳の時に恒星船に乗り、十年間を船の上で過ごした。何故そうなったかと言えば、生まれ故郷の惑星が事故で居住不能になったからだった。


 三十歳の時に立ち寄ったこの惑星エランドの軌道ステーションでトラブルに巻き込まれて船を降り、その一年後にエギムへやって来た。


 それからもう十五年が過ぎている。波乱の多い人生だ。


「二十歳の時に故郷の星を脱出して、家族も恋人も友人も、皆宇宙のあちこちへ散った。二度と会えないと思ったが、可能性はゼロじゃない。だがお前らが失った人は、もう戻らない」


 もう一度、ジュリオは深呼吸をするように大きく息を吸った。


「一年間、よく我慢したな。今日までずっと息を殺して暮らすのは辛かっただろう。だけど、今夜はもういいんだ。シルビア、今日は泣いてもいいんだぞ。ケンもだ。勿論、コリンもニアもな……」


 そう言いながら、ジュリオは真っ先に涙を流して、子供のように大きな声で泣いた。

 それを見ていた少年と少女たちの目にも、涙が浮かぶ。


 多くの大切な人を失って以来一年の間、固く閉ざされていた少年と少女の心はこの日やっと解き放たれて、初めて大声を上げて泣くことができた。


 それまでの一年、ケンとシルビアは生き延びることに必死で、ニアとコリンもまた自分たちの身に起きている大きすぎる現実に向き合うことだけで、精いっぱいだった。


 その彼らが、初めて失ったものの大きさを現実として受け止めて、その非情を嘆いて手放しで泣いた。


 ジュリオもまた彼らの姿を見ながら、一緒に泣いた。


 その夜は、エギムの町が滅びてから自分の居場所を失い、自分自身さえ失いかけ迷っていた者たちが一年ぶりに集い、新しい拠り所をやっと見つけた、そんな日だった。



 ひとしきり泣いた後、コリンとニアは、三人にこの店へ移り住んではどうかと提案した。


 ニアが何故か人間になっていることには大いに驚き、まだ完全に納得しているわけではない。だが、これ以上商会に迷惑をかけ続けるのも気が重いし、コリンの店は、隠れ住むには最適に思えた。


 三人は、その提案を喜んだ。


「だがその前に……」

 ジュリオはケンとシルビアに目配せをして、三人同時にコリンとニアに深く頭を下げる。


「ど、どど、どうしたんだよ、みんな」

「コリン、ニア、済まなかった。許してくれ」


 ジュリオが三人を代表して話す。


「お前たち二人は危険を顧みずにあちこちの町を巡り、俺たち生き残りを探し続けてくれた。賞賛すべき、勇気ある行動だと思う。そのおかげで、俺たちは今こうして出会うことが出来た。だが、それに比べて俺たち三人はどうだ?」


「ごめんなさい」

「許してくれ」


「俺たちは自分の安全しか考えずに、首を縮めて隠れていただけだ。しかも、わざわざ俺たちを探し出してくれたお前ら二人を、危険な目に合わせそうにもなった。そんな腰抜けで卑劣な俺たちが、本当にお前ら二人と一緒にいていいのか?」


 それを聞いて、コリンは隣にいるニアの肩を抱いて、引き寄せる。


「違うんだ、ジュリオ。僕は何にもできなくて、一人だったらそのまま死んでいるところだった。でも、そんなダメな僕を、ニアが救ってくれた。だから、これは全部ニアのおかげなんだ……」

 コリンは、ニアの茶色い髪に、自分の顔を寄せた。


「ジュリオだって、同じだろ。ケンとシルを全力で守ろうとして、そうなったんじゃないか。それは絶対に、卑劣な行為なんかじゃない」


「ジュリオが悪いんじゃないわ」

 コリンの言葉を引き継ぎ、シルビアがジュリオの手を握る。

「そうだ。ジュリオは体を張って、オレたち二人を救ってくれた」

 ケンも続ける。


「悪いのは、オレたち臆病なガキ二人だ。ワームに襲われたあの夜、クロウラーからジュリオが一人で飛び出して行った時に、オレたち二人は無力感に震えた。ジュリオがいなくなった恐怖と、二人きりでは何もできない自分に、絶望したんだ」


 シルビアが続ける。


「でも、ジュリオが救助されて戻って来た後にも、私とケンはそれを乗り越えようとしなかった。逆に、もう二度とこんな恐ろしい目に遭いたくない、何も失いたくない、そう思ってしまったの。だから私たちは三人で、ひっそりと生きていこうって……」


 ジュリオは、ケンとシルビアの肩を抱き寄せる。


「馬鹿だな、そんなことは当たり前だろ。お前たちはガキで、大勢の大切な人の支えを失くしたばかりだったんだぞ。怖いのが普通だ。だからこそ、コリンとニアの行動が、素晴らしいんじゃないか」


 コリンは、ニアと二人でやって来たこの一年の行動が、そんな称賛に値するものだとは少しも思っていない。


 もしそれが実るとすれば、きっとこの先の何かに繋がった場合だけだろう。


「僕らは、町の生き残りを探して、あの日何があったのか知りたい。それから、盗賊団の行方を捜して、罪を償わせたい。もしもこの旅に協力してくれるのなら、一緒に行こう……いや、そうじゃないな。ぜひ、僕らと一緒に来てください!」


 そうして、コリンもまた、三人に深く頭を下げた。


 それから三人はドーベル商会へ戻り丁寧に説明をして、何度も礼を言って町を出た。

 そのまま三人が店へ引っ越して来て、一緒に暮らすことになる。


 住居の改装などの旅支度が整った荒れ模様の日、五人はロワーズの門前を離れ、盗賊団の行方を捜す旅に出た。



 こんなに風の強い荒天の日に動くなんて頭がおかしいぞと言いながら、動き出した足元のワームを見て三人は絶句する。


「おい、こりゃクロウラーじゃないぞ!」


 宇宙船の重力制御技術が生きているのか、酒場自体は大きな揺れや振動を感じずに滑らかに移動している。それもまた不気味だった。


 しかし店の下にうごめく薄気味の悪い巨大な姿は?


「まさか、これってサンドワームなの?」


 パニックになりかける三人を、笑って見守るコリンとニアだった。


 


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