もう一つの脱出
ハロルドから貰ったソーラーパネルを、ケンが大切に抱えている。
三人は大喜びで、その使用方法について議論を始めた。その時に、「天の枷」の攻撃が始まったのだ。
けたたましい警報が町中に響く。
緊急放送が流されて、町が「天の枷」を名乗る武装集団の攻撃を受けている、と説明があった。住民は直ちに地下のシェルターへ避難するようにと誘導される。
こんなことはかつてない出来事だ。
「いきなり全員にシェルターへ避難しろだと。余程差し迫った緊急事態に違いないぞ!」
ジュリオが言うと、その場の全員が気色ばんだ。
「おい、ケンとシルの両親は今日も職場に出ているんだろうな」
ハロルドの問いに二人が頷いた。
「それなら、真直ぐにシェルターへ向かった方がいい」
すぐにジュリオがそう言った。
ケンの両親は地下にある食糧プラントのエンジニアをしている。三歳下と四歳下の妹は両親と一緒に食糧プラントにいる筈だ。そこならシェルターは近い。
シルビアの父親は町の廃棄物再生プラントのバイオ燃料技師で、母は精霊の森を保護する生物学者だ。兄弟はいないが、一緒に暮らす叔母が母の助手をしている。
ジュリオはケンとシルビアの手を取り、地下へ避難しようと腰を上げた。その時、足の下の地面が揺れた。
この星では、地震は珍しい。窓の外からは、断続的な銃撃の音が遠く聞こえている。
「今のは、銃撃と爆発の音だ!」
ハロルドが青い顔で立ち上がる。
「銃撃と爆発だって?」
ジュリオは不安そうなシルビアの肩に手を置いた。
もう一度頭上で爆発音がして、建物の崩れるような連続音と振動と共に、足元が大きく揺れる。
「ジュリオ、二人を頼む。これでは地下シェルターまで辿り着けるかどうかも怪しい。それならこのパネルを持って、すぐにクロウラーで町を脱出しろ!」
ハロルドがジュリオに向かって叫んだ。
「あんたはどうするんだ、ハロルド!」
ジュリオの言葉を無視して、ハロルドは続ける。
「町を出たら、ここへ向かうんだ。この人に連絡して、助けを求めろ。私の古い知り合いだから、きっと力になってくれる」
ハロルドは、走り書きのメモをジュリオに手渡した。
「地下にいる家族はきっともうシェルターへ逃げ込んでいるから大丈夫だろう。私も自分のクロウラーですぐに後を追う。だがその前に、ゲートの区画を守らねば」
「待ってくれ、ハロルド。そういうことなら俺が行く!」
ジュリオはハロルドの手首を掴んで引き留めようとする。
「だめだ、ジュリオ。君はこの子たちを守ってくれ、頼む」
そう言ってハロルドは武器を取り、ジュリオの手を振りほどいて、驚くほどしっかりした足取りで部屋を飛び出て行った。
残された三人は、ハロルドの言う通りに一度ジュリオの店へ行き、作りかけのクロウラーに乗って店の前から搬入路を辿り、西門から町を脱出した。
その間にも、町の中では何度も爆発が続いていた。
その後は、無我夢中で町から離れた。以降、家族や仲間の安否も行方も全く情報がなく、分からない。
脱出途中の混乱の中、地上に人影は見えなかった。おそらく、多くの人は地下のシェルターへ逃げ込んだのだろう。
三人はハロルドに言われた通りに町から離れることで、精一杯だった。
慌てて乗った改造途中のクロウラーは不完全であったが、居住区画と最低限の走る機能だけは間に合っていた。
運の悪いことに、内装工事の途中で緊急キットを外に出してしまっていた。
辛うじて積み込めたのは、ケンが抱えたソーラーパネルと、ジュリオがかき集めた三人分の簡易サンドスーツ、それにシルビアが咄嗟に掴んだ非常用の食糧パックが二個だけだった。
「まさか緊急キットも積んでいなかったとはな……」
町を出て冷静になると、ジュリオは頭を抱えた。
予備のエネルギーパックも遠距離用通信機もなく、その日ハロルドから受け取ったばかりのソーラーパネルを頼りに走るしかない。
一つで大人三日分の水と食料を賄う非常食パック二つを三人で使えば、わずか二日分にしかならない。クロウラーの生命維持装置で水の再生を行いながらでも、それを三倍に伸ばして使うのが限度であろう。
つまり、六日以内にどこかの町へ辿り着かねば、命は危ない。
初日は屋根にソーラーパネルを載せて発電しながら走り、できる限り町から離れた。そのおかげで、その後町を襲った砂嵐に巻き込まれなかったのは幸いだった。
翌日からは、昼間はクロウラーを砂丘の陰に埋めて暑さを凌ぎながら、ソーラーパネルだけを日向に置いてエネルギーパックに充電した。
そうしていても、発電する電力の半分近くは、居住区画の環境維持で消費してしまう。
エネルギーパックはフル充電まで届かない状態だが、残った電力で夜間の涼しいうちに可能な限り移動する。地味だがそれを繰り返して進むしかない。水も食料も乏しいが、太陽に蒸し焼きにされるよりはましだった。
どうにか脱出には成功したものの、その後の旅路は過酷だった。
とにかく一歩でも進んでどこかの町へ近付いて、救助を求める以外に手段がない。しかし三人の持つ情報端末は一般的な市内専用で、町を離れれば何の役にも立たない。
焚火の煙で助けを求めるような原始的な手段も検討したが、賊がまだ近くにいる可能性もある。町が襲撃された理由もわからない以上、目立つのは怖かった。
その後の町の状況は心配で心が痛んだが、自分たちが生き延びることに精一杯でもある。
ハロルドが別れる際に教えてくれた知人のいる町を目指していたのだが、結局そこへは辿り着けなかった。
三日目の夜の移動中に、突然小型ワームに遭遇した。小型と言っても、十メートルサイズだ。必死の逃走中に、屋根の上に収納していたソーラーパネルが落下して破壊された。尚も執拗に襲い来るワームから、三人は逃げた。
遂にクロウラーでは逃げ切れないと悟ったジュリオが単独で外へ飛び出し、ワームを引き付けようとしたが、自分は手足に怪我を負ってしまう。
血の匂いにポッドやワームが更に集まって絶体絶命となるが、逆にその騒ぎが助けを呼ぶきっかけとなった。
奇跡的に近くを通りかかった交易商人のクロウラーの船団に、三人は命を救われたのだった。
大型のワームは基本的にあまり動かないし人を襲うこともほとんどないが、小型のワームは逆に水を求めて人を襲う。
だから交易商人は、多数のクロウラーやバギーで船団を組み、移動する。
多くの船(車両)が集まっていると、小型のワームも近寄らないのだ。
三人を助けた商人も、ワーム対策のために大きな船団を組み、盗賊対策のために傭兵を雇い、物々しく武装していた。
船団が投じた水袋で周囲に集まったワームの注意を逸らした隙に、ジュリオは何とか救出された。
それからは、交易商人の屋敷の片隅を借りて、三人でジャンク屋を営んでいる。
ケンとシルビアの圧倒的な技術と誰からも好かれるジュリオの人柄のおかげで周りには喜ばれて、三人揃って正式に商会へ入らないかとスカウトされているところだった。
しかし、ジュリオは慎重だった。
エギムの町については断片的な情報しか公開されず、町全体が砂漠に沈み、住民ほぼ全員が行方不明、と報じられるのみだ。
ジュリオは密かに情報収集を続けているが、あの町の生き残りに関する良くない噂があった。
あの町が襲われたのには何か裏がある。しかも、盗賊団は探していた何かを手に入れられなかったらしい。今も町の生き残りを探して、盗賊団が怪しい動きを続けている。
一年たった今もまだ、そういうことが続いているらしい。だから三人はエギム出身であることを隠し、難民申請をせずに船団の屋敷の隅でひっそりと暮らしていた。