一年
ニアは今この瞬間に周囲の視線が自分から完全に逸れていることを確認し、そっと後ずさりをして、店の前にあるガラクタの間に姿を消した。
そして暗がりで一瞬にして猫の姿になると、そこから悠々と歩いて出て来た。
二人に手を引かれたコリンは、店の奥で端末に向かって大声で通話をしているジュリオを見つけていた。
話が終わりジュリオは大股で歩いて来て、コリンの前で足を止めた。
「お、お前、生きてたのか……」
そう言ってコリンを太い腕で抱き寄せる。その肩へ、走り寄ったニアが飛び乗る。
「コリン、ニアも!」
四人と一匹が歓喜に包まれて抱き合う姿を、相変わらず立ち尽くしたまま、マリオと呼ばれた男は見ている。
「店のみんなはどうした?」
コリンは目を閉じて首を横に振る。
「そうか。こっちはこの三人だけだ……」
「ハロルドは?」
今度はジュリオが天を仰いで首を横に振る。
「そう……」
コリンは悲しげに下を向いた。
「コリン、お前まだこの町にいるよな。俺はちょっと急用ができて今から行くところがある」
そう言って、ジュリオはコリンから離れる。
「急いで戻るから、ケンとシルと話でもしとけ」
ジュリオはコリンの頭をポンポンと叩いてから、ニアの頭も撫でる。
それからケンとシルビアを振り返る。
「ああ、じゃあ小僧ども、店を頼んだぞ」
「任せとけって」
「マリオ、そういう訳だ、悪かったな」
まだ無言で立っているマリオの肩をポンと軽く叩いて、ジュリオは大慌てでどこかへ走り去った。
この水源に恵まれない小さな町には、地下深くに隠されている核融合炉がある。
その莫大なエネルギーにより、この町は長年にわたり工業原料の生産拠点となっていた。
百五十年前に作られた小型のパッケージ型核融合炉は、設計寿命をとうに超えて、いつ停止してもおかしくない状態なのだが、新しい炉に交換する費用もなく無理を重ねて運転している。
このタイプの融合炉は、炉心に魔法の結界を利用して機器の簡素化を果たしているため、精霊魔術師による安定したマナの供給が不可欠だった。
製造から百年はノーメンテナンスで稼働すると大量生産されて銀河中に設置されたが、実際に百年稼働した個体はほとんどなかったらしい。
マナの供給が不安定になると安全装置が働いて炉心は停止するのだが、その後の再稼働が難しい。
マナによる保護を失った炉心は大きく傷つき強度を落とし、パッケージ型の機器は、基本的には多くの部品をユニット一体で交換することになる。一度不具合が見つかれば、その機能回復には莫大なコストがかかるのだった。
百五十年の間一度も停止せずに稼働を続けているこの町の炉は、密かに違法改造されて強度を増した代わりに不安定さも増して、安全が売りだった最初の百年と大いに事情が変わっている。
ジュリオは、かつて駆け出しのエンジニアだったころにこのタイプの古い炉を扱った経験があり、度々技術的な相談に乗り、成り行きで改造にも手を貸していた。
この町の住民は、いつ爆発するかわからない核爆弾の上で暮らしているようなものだと陰口をたたく。
おかげで、三人が隠れ住むには都合が良かった。
しかし、それが理由でこの町は、盗賊団との裏の付き合いも多い。
非合法なパーツと技術を導入しなければ、炉の維持が不可能だったからだ。
先日の隣街の襲撃事件の際にも、盗賊に脅されて転移ゲートを一時的に利用させざるを得なかった。
融合炉が生み出すエネルギーの一部は盗賊団の補給基地として役立て、今回も逃走の手伝いまでさせられていたのである。
ジュリオには、そこまでの事情は知らされていない。
だが現在、その不安定な核融合炉に革新的な技術で安定をもたらしているのが、ジュリオだった。
今はまだ改装中の過渡期で、今日のように不測の事態で呼び出されることもある。しかし急速に炉心の状態は安定していて、無理をせずに通常運転が可能な領域に入りつつある。
「これであと二十年は楽に稼働できる」
ジュリオはそう保証していた。
おかげで町が盗賊団の脅しに屈する日々との別れも近い。ドーベル商会をはじめとする町の中心人物は、ジュリオへの感謝の念が絶えない。
今日も、ジュリオは緊急の呼び出しに応じて核融合炉の下へ駆けつけた。行ってみればどうということもなく、現地のオペレーターへ説明と指示をして帰って来るだけで済んでいた。
ジュリオは思い出す。
一年前のあの日、朝早くに発明家のハロルドから連絡があり、ジュリオ、シルビア、ケンの三人は、エギムの町の中心に近い彼の家に来ていた。
「いいものを手に入れたんで、早く君たちに見せたかったんだ」
ハロルド博士が見せたのは、折り畳み可能でコンパクトな太陽発電パネルだった。
「どうだい。君たちが製作中のクロウラーに積載できるサイズの、高耐久高効率のソーラーパネルが手に入ったんだ」
ジュリオはすぐ手に取って、そのスペックを確認する。
「小さいが、出力は大きいぞ。走行用のメイン電源には無理だが、補助用としてはこれで充分だ。室内の冷房や水分の回収循環とか、生命維持装置の稼働には充分な容量がある」
ジュリオはパネルを隣のケンに手渡す。
「ハロルド、いいの?」
シルビアが不安そうに顔を上げた。
「ああ、そうだ。結構高い物だろ、これは」
「そうだよ。ジャンク品ってレベルじゃない」
三人はジュリオが手に入れたパーツを元に、ジャンク屋の資材運搬用のクロウラーや貨物バギーを造って運用している。
最近では、町の外で近距離の小旅行ができるような、四人乗りの乗り物をコリンと共に組み立てていた。
午前中は寝ているコリンには、まだ連絡をしていない。
とりあえず三人で見て、後でコリンを驚かせてやろう、そんなつもりで昼前にハロルドの家に集まっている。
解体屋で手に入れた建設機械用の小型無限軌道に居住区画を載せて、AIによる半自律運転ができるように改造した小型クロウラーである。
作業はまだ途中で、とりあえず安全なキャビンを乗せて動く、というところまでは達していた。
「いや、構わんよ。そろそろ君たちの旅行用の乗り物が完成するころ合いだと思ってたんで、ちょうどいいプレゼントになった」
ハロルドは余裕の笑みを浮かべる。
そんな時、緊急警報が鳴り響いた。