表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第三章 ペルリネージュ
100/123

四月一日の朝

 

 翌朝コリンがベッドで目を覚ますと、頭も体も軽かった。


 エギムの町の日照時刻に合わせて、部屋の照明が徐々に明るくなっている。


 壁際で上半身を起こすと、少し肌寒く感じた。


 肌に直接当たる冷気に気付く。それは、コリンが服を着ていないせいだろう。


 寝る前に服を脱いだ記憶はない。いつも通りの楽なナイトウェアを着ていたはずだ。


 そして違和感を覚えて視線を下げると、隣に裸の少女が眠っている。


「へっ?」


 茶色い長い髪が少女の白い上半身に絡んでいた。コリンは一気に覚醒する。

「に、ニア」


 何となく、コリンの記憶の底に残っているのは、ネコの姿になったニアが寝る直前に、ベッドへもぐりこんできた場面だ。


 疲れ切っていたコリンは、幼いころのように猫のニアを抱いて眠った。


 だがその時には、自分は服を着ていたと思う。


 感触からすると、軽い上掛けの下に隠れる下半身も裸のように感じる。


 コリンは慌ててベッドを降りようとするが、それにはニアの向こう側へ移動しなければならない。


 コリンはニアの上半身に頭まで布団を被せて、そっとその上を越えようとした。

 だが、ベッドの奥に残した左の手首が、動かない。


 白い上掛けの下から出たニアの手が、コリンの手首を掴んでいた。


 グイっと引かれてコリンは元のベッドへ戻されて、横になる。

 そこへニアが抱き着いて来た。


「うわっ、ニア、ダメ。寝ぼけるな!」

 だがニアは、コリンの胸に顔を埋めて両手で密着する。


「だーめーだーっ、目を覚ませーっ!」


 コリンが大きな声を上げるが、ニアは寝ぼけているのか確信犯なのか、コリンから離れようとしない。


 宇宙船なので個室の気密も防音も完璧で、コリンが幾ら暴れても騒いでも、誰も気付く者はいない。


 仕方なくコリンは体の力を抜いて、ニアを観察する。


 力いっぱいコリンにしがみついているが、目は閉じて鼻をひくひく動かして幸せそうに笑っている。


 どうやら、まだ夢の中にいるようだった。


 コリンは自分だけ短距離転移でベッドサイドへ逃げると、ニアの腕の中に枕を押し込んでから、シャワーを浴びに行った。


 まだ、朝もずいぶん早い時間だった。



 コリンが服を着てシャワールームから戻ると、ニアも起きていた。裸のままぼんやりと、ベッドに腰を下ろしている。


 コリンは目のやり場に困り、赤く染めた顔を逸らした。


「おはよう、ニア」

「おっはよー、コリン」


「元気だな。それよりも、早く服を着なさい!」


「うーん、わたし、どうして裸なんだろ。コリン、何かした?」

「するわけない!」


 ニアは首を傾げたまま動かない。

 その時、部屋の扉が開いた。


「おはよう、なのだ!」


「あっ」

 思わずコリンが小さな声を上げた。


「あああああっ」

 ベッドの端に座る裸のニアと風呂上がりのコリンを見たエレーナが、叫んでから硬直する。


 動じていないのは、ニアだけだった。


「ス、スミマセン。お邪魔しました、なのだ」


 ぺこりと一礼して、エレーナが部屋を出て行く。


「あ、待ってエレーナ!」

 だがすぐに扉が閉まり、エレーナの姿は消える。


 コリンは慌てて入口へ走り、開いた扉から廊下を見るが、既にエレーナの姿はない。

 どれだけ急いで立ち去ったのか。


「ニア、朝ご飯にするから、早く服を着て!」

 コリンは振り返らずに廊下へ出る。


 ニアはご飯という単語には敏感に反応し、やっと頭脳が再起動して活動を始めた。



 幸いなことに、居間に使っている店の三階には、まだエレーナ一人しか来ていなかった。


 異常な回復力が自慢の魔法使い組と違い、普通の人間である三人は、まだ休んでいるようだった。


「エレーナ、違うんだ。猫だったニアが、寝ぼけて服を出し忘れていただけなんだよ」

「でも、二人は毎日一緒に寝ているのだ」


「それは、小さいころからずっとそうだから……お願いだから、ジュリオたちに変なことを言わないでよね!」


「仕方ない、黙っているのだ」


「じゃ、紅茶でも飲んで待っていて。すぐ朝食の支度をするから」


「エレーナも、何か手伝うのだ」


 そう言いながらエレーナが妙にコリンの近くへ寄って来て、亭主の浮気の証拠を探る妻のように、鼻をすんすんさせた。


「こら、知覚強化までして何を探ってるんだ!」

「やっぱり怪しいのだ」

「警察犬かっ!」


 実のところ、コリンがどうして裸だったのかの謎は、まだ解けていない。

 それが不安で、コリンはエレーナの視線から逃げ出した。



 朝食の支度といっても、やることは少ない。

 本日午前中から始まる四月一日の特別任務に向けて、慌てることのないように幾つもの料理を仕込み、コリンは収納してある。


 いつでもすぐに取り出して食べられるよう、準備は整っていた。


 ただ紅茶やコーヒーくらいは多少の時間をかけて用意することで、逸る心を落ち着かせたいと思っていただけだ。


 作戦は、十一時三十分、町の東門が天の枷により密かに占拠されるのを見届けた時点で、開始される予定だ。


 もしそこで何も起きなければ、作戦は中止になる。


 他にも、シルビアがまとめたタイムテーブルと相違のある事態が発生した時点で、作戦は即時中止されることを全員で確認した。


 逆に言えば、過去に干渉しない限りは、未知のいかなる事態が発生しても、作戦は最後まで遂行するのだ。


 開始時刻の前に人員を配置するために、十時にここへ全員が集合することになっている。


 そして、まだ六時前だというのに、既に二人が来ていた。

 再起動したニアも、もうすぐ現れるだろう。


「エレーナ、良く寝られたかい?」

「うん、結界無しで暮らすのにも慣れたのだ」


「今日は、たっぷり結界を張ってもらうことになると思うけど」

「大丈夫。休養充分、作戦も全部頭に入っているのだ」


「頼もしいな。ニアも、ちゃんとタイムテーブルを忘れないでいてくれるといいんだけど……」


 コリンが呟きながら紅茶のカップをテーブルに運ぶと、ニアもやって来た。

「コリン、早いね。今日は何かあるの?」


「「おい!」」


「あ、そうだ。何故か、わたしの収納にコリンのナイトウェアが一揃い入ってたよ。洗浄かけといたからね!」


「やっぱり、ニアは怪しいのだ!」



 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ