現実主義の世界
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カタカタカタ。と、揺れる衝動を感じた。
少しずつ意識が戻っていき、眠気眼をこすった。
体のあちこちが痛い。
顔をしかめながら、起き上がり状況を確認した。
「お。起きたかい?」
心地良い声が耳朶を打つ。俺は中性的な顔の男を見ると首を傾げた。
こいつ誰だ?
「こいつ誰って顔をしてるね。まだ眠気があるのかな?」
ああ、確かに眠い。頭に霧が掛かったような感じがする。
俺はそれを払うかのように、頭を振り深呼吸をする。
思い出した……あの時の青年か。
「寝起きは良くないのかい?」
「ああ」
俺は端的に答え、背伸びをする。
後、三時間は寝ていたいが、そうもいかない。
頬を両手で叩きサンドイッチにする。
セカイ、起きてるか?
………………返事はない。ただのしかばねのようだ。
寝てるのだろうか。
「あの後、どうなったんだ?」
「無事、デモンビーストを倒せたよ。君のお陰で被害は最小に済んだ」
デモンビースト?
ああ、キマイラのことね。俺らの世界と名称が同じとは限らないか。
青年はチラリ、と隅の方に目をやる。
釣られて俺も見ると、横たわっている三人がいた。
「彼らは?」
「死んだ……よ」
そう、か。あの惨状で誰も死なない、なんて都合の良いことはなかった。
これは、絶対にうまくいく創作じゃない。現実だ。
どうしようもなく残酷で、どうしようもなく数字至上主義。それが現実だ。
「やっぱり辛いね。仲間が死ぬってのは。覚悟はしてるけど、やっぱり理屈じゃないんだ」
「……」
何も言えなかった。この人生において、大切な誰かが死ぬことはなかったから。
慰められるわけなかった。ここで口を開けば、彼の思いを汚してしまう。
青年は悔恨に満ちた独白をする。
「今は、他の仲間が無事だってことに喜ぼうぜ」
長身の男が青年の肩に手を置いた。
「ああ、分かってる。それがせめてもの弔いだ」
そこで会話が終了し、沈黙が流れた。死者を悼む沈黙。
けれど、気まずい感じはしなかった。
聞きたいことは、後ででいいか。
『ふわぁああ。なんで図書館に……?』
起きたか。セカイ。状況確認がいるか?
『ええーっと、そっか。ううん大丈夫だよ』
俺と違って寝起きいいみたいだな。うらやましい限りだ。
『ユウト君は寝起き悪いんだ。ちょっと見てみたいかも』
その仮想世界でも、眠気とかあるんだな。
『不思議だけどね。ちなみにご飯も食べないといけないし』
ご飯って、そっちに食料あるのか?
『なんか念じたら出るっぽい。本も一杯あって暇しないし、居心地いいよユウトの世界』
そりゃどうも。ニートコースまっしぐらな世界だな。頼むから、過去だけは覗かないでくれよ?
『分かってるよ。そこまでダメって言われたら、押すな押すなに聞こえるから不思議だよね』
……信じてるぞ。
ってか、食事が必要ってことは、排泄もか。
『ユウト君?変なこと考えてる?』
いえいえ滅相もありません。そっちの世界にトイレあるのかなって。
『うん、あるんだそれが。両端四つにキレイな洋式トイレが』
至れり尽くせりだな。羨ましい。
『ユウト君、今馬車に乗っているんだよね?』
そうだな。
『どこに向かってるのかな?』
俺もそれを聞こうとしたんだけど。
『けど……?』
いや、セカイまで気分が悪くなることはないな。
『?』
なんでもない。しばらくしたら聞いてみるよ。
多分国か町かだと思う。
『うん、分かった。私にも出来ることをしないとね。調べものするよ』
ああ、あまり無茶をするなよ?
『うん』
しばらくして、俺は重い口を開いた。
「あの、質問していいか?」
「どうしたんだい。僕に分かることなら何でも聞いてくれ」
「この馬車はどこに向かっているんだ?」
一瞬、青年は呆気に取られた。
「は、ああ、そうか。ってきりファーマス王国の冒険者かと思ったけど、違うみたいだね。よくよく見れば、変な格好をしているし」
俺は自分の服装を見てみる。そりゃ変だ。制服なんだから。
召喚されたことを言うわけにもいかない。
「遥か遠くからの旅人だな」
と、当たり障りのないことを言った。嘘はついてない嘘は。
「そうか、君の謎の魔法も、遠い地方じゃ伝わってるのかい?」
青年が身を乗り出して、俺に問いかけた。
汗かいているはずなのにいい匂いするな。こいつ。
「いや、これは魔法じゃなくてスキルだ」
「そ、そうか」
あからさまに残念そうな顔をするな。可愛そうになってくるだろ?
「んで、俺たちはファーマス王国って所に向かうのか。どんなところなんだ?」
「魔物の素材が一番流通して、発展している国だよ」
「ほへー」
分かるような分からないような。魔物の素材って何に使うんだろ?
毛皮とか武器とかか?
そこら辺は現代の常識があるから、想像しにくい。ゲームとかでも、素材をどう利用するなんて詳しく追求した作品、そんなないだろうからな。
「そろそろつくよ。ほら、見て」
「おおう」
青年の視線を追いかけると、遠目からでも分かる巨大な城壁が見えた。
あれがファーマス王国。初めての国だ。