初めての戦い。初めての決意
といっても、やることは決まっている。
セカイを元の体に戻す。それが一番の目標だ。
『ありがたいけど……それで無茶したら、元も子もないよ?』
そう、だから小目標を立てる必要がある。まず最初は、生計の安定と、この世界の情報の入手だ。
『そうだね。どこかに町とかないかな?』
そういえば、ここどこだ?
俺は起き上がり、周囲を見渡した。
辺り一面が草原の、雄大な自然。太陽の光が射し込み、牧歌的な風景を演出してた。
空気がえらい美味しいと思ったら、納得だ。
のどかだ。さながら始まりの町の周辺……みたいな感じかな。
「よっしゃ運がいい!」
思わず口に出し、ガッツポーズをした。
『なんでそんなに喜んでいるの?』
ああ、一人で喜んで悪い。
多分フィールドから察すると、難度の低い場所だ。
つまり、生存確率が上がる。
『そういうものなの?』
うん。ゲームとかアニメとかなら、大体そんな感じだ。
『でもここはゲームじゃないよ?』
安心しろ。まず、異世界召喚って時点でなろうの典型なんだ。全てを当てはめるのは危険だけど、おおよそはあっていると思う。
『そんなに自信たっぷりだったら、大丈夫かな。うん、ユウト君を信じるよ』
信頼が重い……けど、間違いはないはず。試しにそこら辺の魔物を倒すとかもいいかも。
『魔物……か。なんか進化した動物みたいな感じだよね』
進化した動物って。オタク属性のない女子にはそう見えんのかね。
『……あ!魔物がいたよ。ほら上見て!』
飛行系の魔物かな?攻撃手段がないから見ても意味ないと思うけど。
でも、情報はできる限り拾った方がいいよな。
俺は頭上を見上げ、飛行モンスターとやらを見た。
『ほらほら!私でも知ってるよ。ドラゴンってやつよね?』
確かに、俺の認識と一寸変わらないドラゴンが飛行していた。
紅の鱗に、遠目からでもわかる巨躯。
序盤のフィールドに存在してはいけない、最強格の生物。
「いやいやいや……ちょっと待て」
落ち着け、落ち着くんだ俺。
もしかしたら、偶然飛行しただけのハグレって線もある。
『わー、すごいね!』
そんな俺の願いは、脳内の歓声と、数十匹の群れをなしたドラゴンによって踏みにじられる。
あの……セカイさん?
『どうしたの?ユウト君』
作戦変更だ。絶対に魔物に狙われないように動こう。ここは危険すぎる。
『……?分かった』
前言撤回した俺に不思議そうにしているが、俺だって何でこんなのどかな場所に、ドラゴンなんているのか不思議だ。
もしかすると、ここら辺一体の魔物が強いとか………な
「きゃあ!」
そんな俺の疑問に答えるように、悲鳴が聞こえてきた。
『ユウト君!』
ああ!
俺は底上げされた身体能力で、走る。
悲鳴はかなり遠い場所からだ。間に合うかどうか。
「見えた!」
俺の視界に広がった光景は、魔物に襲われる馬車と、応戦する屈強な男達だ。
『大丈夫……そう?』
魔物はキマイラと呼ばれるかなり強い個体だ。
でも対抗している人達もかなりの手練れ。
「後衛、ヒーリングの詠唱、保持してくれ!」
「右翼側がやられた。ヒーリングを!」
「補助魔法はまだか!?」
「立て直すまで俺が前衛に回る!」
全員がしっかりと、コミュニケーションを取っていて、連携し合っている。
彼らはヒーリングで回復できるが、キマイラはそうじゃない。
徐々に固そうな鱗に傷が入っていき、消耗している。
『いける、いけるよ!』
ば、バカ。ここでそういうフラグを立てるな!
『え?』
火炎が彼らの頭上に降ってくる。
「耐性フィールドを!」
青白い六角形のパネルが重なったバリアで防ぐ。
「最悪だ」
頭上からキマイラの援護。これが意味することは、簡単だ。
もう一体のキマイラが、翼をはためかせながら大地に降り立つ。
「さ、最悪だ! 上位種族が二体!」
「愚痴言ってないで手を動かせ! 頭を使え!」
リーダー格らしき中性的な声が叱咤するが、メンバはもう戦意喪失していた。中には膝を折り涙を浮かべているやつもいた。
マズイ。
『どうするの!?死んじゃうよあの人たち!』
どうしようもない。手練れの冒険者さえ、一体相手するので手一杯だったのだ。俺一人が行ったところで足手まといに……。
『私、あきらめない!人を見殺しにするなんて。データーベースから何か……』
セカイ?セカイ!?
ダメだ、返答がない。
「うわああああ!」
「耐性を……後衛、詠唱を、詠唱をしろ!」
強靭な爪の餌食になり、倒れる人。火炎に炙られる人。恐怖で失神する人。……地獄絵図だ。
彼らだって死を覚悟していたはず、だとか。
弱肉強食だから自然の摂理、だとか。
この世界では人の命は軽い、だとか。
介入しないための言い訳が、脳裏にチラつく。
でも……耐えられない。
俺たちの世界では命は何よりも尊重されてたんだ。理不尽に奪われていいはずがない。
例えそれが、自然の摂理なのだとしても。自分達の命だけは主張する、人間のエゴなのだとしても。
俺は……。
「セカイ!」
『見つけた!転移の派生、生物テレポート。発動条件対象に触れる。効果、指定した座標に転移!』
座標って?どうやったら、指定できるんだ!?
『え、えっと……。一度行った場所の風景を思い描くと設定出来る、らしいよ』
……ほう。一度行ったことのある場所ねぇ。俺を召喚したあの国に送り込んでやろうか。
『大丈夫……なの?あれに触れるなんて死ぬかもしれないよ?
私は出来ることはしたかったけど、ユウト君まで付き合わなくていいんだよ?』
そうか、データーを検索するのに忙しかったから、俺の心の声を聞いてないんだな。
究極のエゴイスト件、自己犠牲の俺が黙っていられるわけがない。
『へ……エゴイスト?』
説明している暇はない。
ただ、策もなしに突っ込むのは自殺行為だ。
遮蔽物もない、草原。隠れながら進むこともできそうにない。
ランダムテレポートで、ってバカか。座標がいくつあるか分からないが、何億分……もしかしたら何兆分の一の確率だ。
テレポートしたら最後、即死する可能性もある。
待て。テレポート?
「自分自身をテレポートさせることは可能なんだな?」
『うん。可能だよ』
よし、策と呼べないが決まった。
俺は息を鋭く吐き、覚悟を決めた。目を閉じ、イメージを確立させる。
キマイラに襲われている馬車……いや、新手のキマイラのすぐ側をイメージして。
「テレポート!」
俺は叫び、空間を移動する。引っ張られるような感覚。
「ggouuuikk!」
ヤバイちょっとズレた!
俺はキマイラの丁度真横に移動できず、少し離れた所で現出した。
キマイラは突如現れた獲物に、歓喜の咆哮を上げた。
「クソ!」
俺は限界まで足に力を入れ、全力疾走する。
─────後、数十歩。
キマイラは火炎を吐かず、尻尾を乱雑に振り下ろす。俺を獲物としか見てないんだろう。肉は残しておきたいよな。
毒蛇の尻尾。獲物を捕らえるには毒で殺したほうが手っ取り早い。
爪で攻撃するには距離が足りない。
俺は予測してたため、危なげなく躱した。
─────後、十数歩。
キマイラは業を煮やしたのか、手を振りかぶった。俺をミンチにしても良い、って思ったんだろうな。
「テレポート!」
超至近距離でのテレポートはイメージが持ちやすい。実際視界で捉えているしな。誤差も僅かだ。
俺は振り下ろされるタイミングで、転移をし、懐に潜り込んだ。
─────終わりだ!
「guaaaaaaaa!」
キマイラが口を開け、僅かに溜めた。口の中には燃え盛る炎が現れた。
「クッソ!」
最後の最後で見誤った!
俺を獲物としか見ていないと思った。だから火炎は使わないだろうと、たかをくくっていた。
違った。俺が思うより遥かに、キマイラは知能が高かった。
恐らく俺が尻尾攻撃を避けた時点で、準備してたんだろう。
俺を獲物としてではなく、敵として殺すために。
キマイラの動きも、俺の動きもスローモーションに見える。
すべての色彩が失われ、灰色になる。
これが、走馬灯ってやつか。
炎が俺に襲う。俺の手は僅かに遅い。
そのまま俺にぶち当たり。
…………………………、あれ?生きてる?
色が元に戻り、時が加速する。
「うおおおおおお!」
俺は右手を伸ばし、キマイラの胴へと当てる。
「テレポート!」
イメージするのは、最初にランダムテレポートした空。
すると、俺の手に吸い込まれるように、キマイラが消失した。
「はあはあ……お、終わった」
極度の緊張から解放された反動で、俺は膝を地面につけた。
『大丈夫!?ユウト君』
ああ、死に掛けたけど、なんとか無事だ。
でも何で俺は生きて……?
「間に合ったみたいだね、良かった」
白髪の中性的な顔立ちをしている男。女……いや男か?
骨格は細身ながらしっかりしている。多分超絶美形の青年なのだろう。
絶望的な状況でも最後まで指示を出していたやつ……だと思う。遠目からで分からなかったけど。
俺の傍らに立ち、男でも見惚れるような笑みを向けた。
状況から察するに、この男が何かをしてくれたんだろう。
「後は僕たちに任せてくれ」
「ああ、ありがとうな。お前がなんかやってくれたんだろ?」
「お礼を言うのはこっちのほうさ。君がいなかったら全滅してた」
そう……か。
おかしいな意識が朦朧としている。
セカイ、なんでか分かるか。単純に気が抜けたからか?
『ええっと、エムピーが切れてるからだと思うよ?』
そうか。MP切れか。なら、仕方ないな。
俺は睡魔に誘われるままに、意識を手放した。