異世界召喚。何にそれ美味しいの?
徐々に意識が回復していく。
真っ白に染め上げられた俺の視界は、色彩を取り戻していった。
「やっぱりか」
俺は思わずそう呟いてしまった。
レンガを積み上げた壁に、俺が尻餅をついている大理石。
その大理石には、さっきの幾何学模様が紫色に輝いていた。
極めつけは俺を取り囲んでいる。ロープを着こんで錫杖を抱えている人物。
眼の逸らしようのない、完膚なきまでの異世界召喚。
俺は一緒に召喚されたであろう彼女を探す。
……あれ、いない?
四角形の台座に腰かけているのは俺だけだ。
どっこと、一緒に召喚されたんじゃないの?
俺の困惑に、しかし誰も答えてくれない。
応じてはくれたけどな。
「わっはあっははは!一発で成功したぞぉお!」
というかん高い笑い声で。
声の発信源は豪奢な服を着こんだ、カエルみたいな男だ。
俺は知ってる。あれが王とかであることを。
俺は知っている。ああいう容姿の王は大体ろくでもない奴であることを。
なろうとかだったら、復讐系に使われるかな?
まあそりゃ。別世界から人を拉致って「大成功だぁ!」とか喜んでいる奴なんてろくでもないか。
ただ、彼女の安否について聞いてみよう。
もしかしたら、時差とかあったりするかもしれないからな。
とっくに、この世界に到着しているのかもしれない。
「あの、もう一人召喚された女性を知りませんか?」
「頭が高いぞお前!我を誰と心得る!」
……こいつ!
人が下手に出ていれば、付け上がりやがって!
お前は誰だって?カエルにしか見えねぇよ。
「申し訳ございません!」
だがここは我慢だ。俺の感情よりも、あの子の安否が気になる。
奥歯を噛み締めながら、俺は片足をつき頭を垂れた。
「わっはっはは!くるしゅうない。して、女とな。知らんな召喚したのはお前一人だ」
……は?
今なんつった。このカエル。
あの子がいないだって?
それは彼女は召喚されていないということか?
少し安心した。と、同時に怒りが込み上げてきた。
今まで頑張って頑張って、ようやく手にいれたエデンがないだって……?
確かに俺はオタクだ。異世界召喚される夢は見ていた。
けどそれは……叶わぬ|夢だからこそ、夢を持てた《・・・・・・・・・・・・》。
実際に見知らぬ大地に召喚され、生活水準の下がった世界で生きていくなど、ごめんだ。
そしてこのカエルの開口一番の言葉だ。
人を気遣うことすらできない奴の元で働きたくない。
「お前には我が国のために、奴隷のように働かせてやるぞ。感謝するのだな!」
こいつは、人を道具かなんかと勘違いしていないか。
使う潰す気満々じゃないか。
やばい、そろそろ我慢の限界だ。頭に血が登ってきた。
次なにか言われたら、爆発してしまうかも。
「手始めに、我が国に楯突く魔族を皆殺しにして……ひでぶ!」
あれ?
国王が体を空中で三回転させながら、吹っ飛んでいったぞ。
ひでぶって世紀末かよ。
俺の拳がちょっと赤くなってる。……俺がやったのか。
すごい力だ。これが異世界召喚された特典か?
「うがあああああ!痛い痛い!」
国王がコロコロ回り、叫んでいる。なんか、バランスボールが転がっているみたいだ。
魔術師が錫杖を俺へと向けた。
さて、思わず殴ってしまったのは、後悔も反省もしてないが、どうしたものか。
「あ、あいつを捕らえろ!従わないのなら殺せ!」
バランスボールがなんか言ってる。
従うわけないだろう。いきなり召喚して、礼もお詫びもなしに。奴隷のように働かせるだ?
戦争の道具にするだ?
これで従うやつは俺が見てみたい。
側に控えていた、プレートアーマーを着込だ屈強な男達が俺を取り囲む。
威圧に呑まれそうになるが、安心しろ俺。
召喚特典ってのがある。それさえあれば無双できる!
俺は手始めに、聞き慣れた単語を口に出す。
「ステータスオープン!」
オープンオープンオープンオープン。
エコーが掛かり、俺の叫び声が反発しあう。
しかし、効果はないようだ。
俺だけ見えるステータス表も現れない。スキルスロットもない。
…………どう、しろと?
いや、俺はスキルなんぞに頼らずこの危機を乗り越えてやる。
力は強くなったんだ。拳一つでやってやるよ。
ケンカ、上等だぁぁぁあぁああああ!
◇◇◇
はい、回想終了。
…………あえなく捕まりましたとさ。
そりゃそうだ。いくら力が強くなったといえど、相手は完全装備の複数だ。さらに恐らく、近衛騎士的立ち位置。経験の差もあった。
けど、俺も結構奮闘したんじゃないだろうか。
多勢に無勢に関わらず、三人をノックダウンさせた。
多分レベルは一だから、将来は相当強くなるだろう。
────その将来があれば。
俺は今、縄に括り付けられ、処刑台に立たされている。
頭上のギロチンが、獲物を今か今かと待ちわびているように思ってしまう。
あーあ、これは死んだかな。
異世界召喚されて、即刻死刑台って新しいんじゃないか?
何でこんな冷静なんだろう。
どうせこの世界で生きても、良いことが起こらないって、思っているのかな。
それともようやく手にいれた桃源郷が、こうもあっさり失われて、自暴自棄になっているのか。
分かんないけど、水面のように冷静だ。
痛いのは嫌だ。けど、どこか諦観もあった。
その声を聞かなければ諦めていただろう。
『……え、えっと?恐怖耐性レベル一を獲得した……よ?』