8 安堵
クレリアの家に帰ってすぐ、オチバは貸し与えられた部屋に入った。ベッドに座り、深く息を吐く。
脳内に浮かぶのは、狼と対峙したときの光景だ。なぜ、自分はあんなことをしたのか。
直感で、なんとなくいける、とは思った。予想通り、狼を殺すことができた。
だが死ぬ可能性も充分に存在したし、村人らを助けたからと言ってどうということもない。咄嗟にではあったが彼らを遠ざけたことから、自分が心の奥底では彼らに気に入られたいと思っていたわけでもないはずだ。
なぜ、と思うことはもう一つある。狼を殺したあとに浴びせかけられた賞賛と感謝。それを拒絶した理由は、実のところオチバにもよくわかっていなかった。
上手く言語化できない感情。ただ、全身を締め上げられるような息苦しさを感じ、それから逃れようと必死になっていた。
「……ナイフ、洗うか」
思考から逃避するように、ぽつりと呟く。クレリアがいない今がチャンスだった。
オチバは立ち上がり、部屋を出ていく。台所の蛇口まで行くと、桶に水を溜めてポケットからナイフを取り出した。
狼の血脂は刀身にこびり付いていた。桶の中に突っ込み、指を切らないように気をつけながら血を剥がしていく。
窓から射し込む光は、いつの間にかオレンジ色になっていた。オチバが帰ってきた頃には、まだ空が青かったのを覚えている。思っていたよりも時間が経っていたらしい。
クレリアは、もうそろそろ帰ってくるだろうか。
オチバがナイフを洗い終えた頃、外から扉を叩く音が聞こえてきた。
「……誰だよ」
扉を叩く音の荒っぽさから、クレリアでないことはすぐわかった。クレリアの知り合いか、それとも村人か。
ナイフを拭いてポケットに突っ込むと、扉に向かう。
扉は慌てたように叩き続けられている。それほど火急の用事なのか。
ドアノブに手をかけて捻ると、扉を叩く音は止んだ。オチバが扉を押し開く。
「はいはい、どちら様……」
瞬間、オチバの顔面が殴りつけられた。
*
「うお……一発で倒れちまった……」
禿頭の男は振り抜いた腕を引っ込めて、拍子抜けしたような声を出した。
視線は足下で昏倒する、赤茶色の髪の青年に注がれている。
「お、おい! 殺したのかよ!?」
後ろで、心配そうな声が上がった。禿頭の男よりも背丈が低い男だ。
「拳一発で死ぬような奴いねぇよ。それより、他に家の中に人がいないか気をつけろよ」
「……一応、縛っとくか?」
「心配性な奴だな。早く盗るもんとってズラかろうぜ」
「お、おお……」
禿頭の男が悠々と家の中に入っていき、背の低い男が青年の体を踏まないように気をつけながら、おっかなびっくりついていく。
「──で、お前らはどちら様だよ」
禿頭の男でも、背の低い男でもない声に、二人は一瞬硬直した。
表情を怯えに変貌させるよりも早く、背の低い男が服の襟首を何者かに掴まれる。何が起こっているのか理解できないまま、頭を壁に叩きつけられた。
「あがっ!?」
「グルト!?」
仲間の名前を叫び、いつでも拳を放てるように構える禿頭の男。彼の視界には、昏倒させたはずの青年、オチバが映っていた。
やられた、と禿頭の男は歯軋りする。最初から気絶したフリをしていたのか。それとも、この短時間で意識を取り戻したのか。
禿頭の男の目に映るオチバは、鼻から垂れてくる血を拭って「くそ」と悪態をついている。いまいち緊張感に欠ける様子だが、しっかりと拳の届かない範囲にいるのだからたちが悪い。
ゆっくりと距離を詰めようとする禿頭の男に向かって、オチバは指をさした。指の先には禿頭の男の腰に下がった剣がある。
「なんでさ、それ使わねぇの? 扉開けてパンチじゃなく、それ使われてたらヤバかったぜ」
「てめぇ……」
禿頭の男の眉がピクリと動いた瞬間、オチバが大きく踏み込む。禿頭の男がはっとして、慌てて拳を放った。しかし、少し遅い。
禿頭の男の喉元を、オチバの足裏が突いた。
「ぐごっ……!」
たまらず禿頭の男が喉を押さえてうずくまる。
オチバははて、と覚えのある既視感に首を傾げた。
「あぁ、そうか」
禿頭の男を見下ろしながら、オチバは既視感の正体に当たりをつける。
これは、原瀬に殺されかけた時の光景だ。ただし、立場が逆である。あの時はうずくまっている禿頭の男がオチバであり、オチバが原瀬だった。
──原瀬はあの時、こうしてたよな。
「ぶっ!」
うずくまる禿頭の男の顔を、オチバはサッカーボールのように蹴りあげた。
「ははっ! こりゃあいい!」
オチバは子供のようにはしゃぐと、切り替えるように後ろ頭を掻いて深く息を吐いた。オチバの勘が正しければ、まだこれだけじゃないはずだ。
オチバは倒れる二人を放って、外に出た。空は暗くなり始めている。
外には、オチバの予想通りまだ三人の男が待ち構えていた。三人とも警戒の色を見せ、既に剣を抜き放っている。
三人の内真ん中に立つ頭にバンダナを巻いた男が、剣をオチバに見せるようにして言った。
「あんまり殺したくない。見ろよ、本物の剣だ。人数もこっちが多い。わかったら、大人しくしてろ。盗るもん盗ったら帰ってやる。誰も傷つかねぇ」
慣れているのか、平坦な様子で脅し文句を口にするバンダナの男。既に左右の二人はオチバを囲うような動きを見せており、先程の二人がふらつきながらも外に出てきたのにも気づいていた。
それらを聞いて、見て、感じて、オチバは口角を吊り上げる。バンダナの男もその反応は予想外だったのか、片眉を上げた。
「……なに笑ってやがる」
「いや、だってよ。そうだよなぁ。最近会う奴会う奴みんな生ぬるい奴ばっかだったから、忘れてたよ。安心した。やっぱりこうじゃねえとさ、困るんだよ」
目を見開いて、心底嬉しそうにぶつぶつと何か自分一人で完結する言葉を吐き出すオチバ。
襲撃者たちもその不気味さに気狂いを見るような目で、次にどうすればいいか迷っていた。
「よし」とオチバがいっそ晴れ晴れとした笑顔で、バンダナの男に向かって一歩踏み出す。
囲む四人の男たちは一斉に身構え、特に後ろの二人は警戒を強めて剣を向けた。
しかしそれを少しも意に返さず、オチバは煽るように両手を掲げた。
「かかってこいよ。死ぬ気でさ」
「……てめぇら、やれ」
バンダナの男の指示のもと、四人の男たちがオチバに襲い掛かる。
一番前にいた男の頭を、オチバが飛び蹴ったのを初撃として、戦いは始まった。
*
バンダナの男、リドルは状況が良くない方向に転がっていくのを感じていた。
相変わらず四人でオチバを囲む状況だが、当のオチバは無傷。反対に、仲間の四人は鼻をへし折られていたり、腹を痛そうに押さえていたりと、ダメージが蓄積している。
「……遊んでやがる」
リドルはぎり、と音が鳴りそうな勢いで歯噛みした。視線の先では、また仲間の一人が攻撃を躱され、頬に拳を叩き込まれていた。
仲間の四人は、こうなる以前はただの村人だった。当然、戦い方など知らない。
今までは武器と数で脅し、盗むものも程々にして復讐もされないようにやってきた。それはリドル以外が戦い方を知らないのもあるが、人を殺すようなことをしたくなかったからだ。
自分たちも生きるため、必要に迫られてやっているだけで、好きでこういう生き方を選んだわけではない。
そしてそれは、悪事を働く自分たちにとって心の拠り所の一つにもなっていた。
しかしオチバは、あの青年は、それを嘲笑うかのように仲間たちを軽くあしらっていく。余裕綽々に躱すだけではなく、攻撃を誘って同士討ちを狙ったり、威嚇のつもりで振った剣の軌道上にわざと入って、反応を楽しんだりしていた。
未だ決定打を叩き込まれた仲間はいないが、オチバが本気になっていればとっくに四人とも地面へと転がっているはずだ。そうしないのは、きっと仲間の苦痛に歪む顔を見るため。人を傷つけることに愉悦を見出す、最悪の人種だ。
リドルは舌打ちし、一歩前に出た。
「てめぇら、囲んだまま下がってろ」
「リ、リドル! でも、こいつ……」
仲間の忠告を無視してさらに前に出る。
それに仲間は押し黙ると、やがてオチバから距離を取り始めた。
「次はお前かよ?」
ニヤニヤとした笑みを崩さないまま、オチバがリドルを指さした。リドルは「あぁそうだ」と頷いてやる。
リドル以外の四人の仲間は、戦い方を知らない。しかしリドルは別だ。リドルは、貴族の私兵にいた頃がある。当然剣の振り方や戦い方はお手の物だ。
リドルはオチバから数歩の距離で立ち止まると、剣を構えた。
「かかってこい。剣が怖くて来れないか?」
油断なく、戦況を良くするためにオチバを煽る。それにオチバは特に腹を立たせた様子はなかったが、面倒くさそうに「わかったよ」と呟くと歩き始めた。
剣の間合いに入るギリギリでオチバは足を止め、リドルとオチバは静かに睨み合う。
「フッ!」
先に仕掛けたのはリドルだった。すり足で一センチほど距離を詰め、剣の刺突を放つ。両手で構えた曲剣の刺突は速い。
眉間に向かってくる切っ先をオチバは首を傾けて回避するが、リドルはその首が動いた方向へ剣を追従させ、流れるような二撃目を繰り出した。
これもオチバは半歩退くことで回避。リドルもそれを予測していたのか、すぐさま手首の捻りを変えて三撃目へと斬り下げる。
オチバは足を動かさず上半身を逸らすだけで躱すと、一瞬で体勢を戻して距離を詰めるべく踏み出した。
しかしほぼ同じタイミングでリドルがすり足で後退し、両者の距離は変わらぬまま。二人は再び睨み合った。
「……」
息の詰まる緊張感が漂う中、再びリドルが刺突を放つ。やはりそれをオチバは最小限の動きで回避し、追うようなリドルが細かな斬撃へと繋げていく。
無駄のない攻撃と無駄のない回避が、先程よりも数段速い速度で繰り広げられていく。
オチバは隙あらば距離を詰めようとし、剣の長さだけ間合いの有利なリドルはそれを許しはしない。
「フン!」
頭を狙って水平に薙いだ剣を、オチバは屈んで避けた。距離を詰めてくるのを、リドルが切っ先で牽制しつつ、すり足で後退。形は違えど、何度か繰り返されたやり取りだ。
しかしそれも、オチバの動きによって変化が訪れる。
「ッ!」
オチバが右足を浮かせた。視線をわざとオチバの上半身から逸らさないようにしていたリドルは、視界の端に映るそれに、ついに来たかと計画通り攻撃の方向を変える。
刺突から斬り下げへ。狙いは蹴りを放とうとする右足。
剣の刃が勢いよくオチバの右太腿に迫り──
オチバの右足は掻き消え、剣は虚空を通過した。
「チッ!」
反射的な舌打ちと同時に、リドルは右足の行方を理解した。オチバは半身になっている。右足はその向こう側に隠れてしまっていた。蹴りの前兆に見せて右足を浮かせたのは、罠だった。
これはまずい。今まで小刻みに振っていた斬撃とは違い、元の位置に戻すまで少々時間がかかる。距離をつめられるには充分な時間だ。
リドルは瞬時に脳を回転させると、思い切り足を前に踏み出した。予想通り、オチバも同じように踏み出している。
二人は瞬時に距離を詰め、すれ違い、お互いがお互いの視界から外れた。
上手くいった。
これでリドルもオチバも、お互いに背後を取られている状況となる。リドルにとって最悪の、剣の振れない近距離にまで迫られるという事態は避けられた。
しかし安堵している暇はない。リドルは剣の持っていない右手の方向へと振り返り、振り返り切らないままオチバの肘が迫った。
強襲してきたオチバの肘を右腕で弾き、同じ手で繰り出される裏拳も弾く。肘、裏拳、肘、肘、裏拳と背中を向けたまま繰り出される連続の攻撃を、リドルも背中を向けたまま右腕と右手で順次防いでいく。
次の攻撃に移る瞬く間の隙に、リドルは今度は左に回転して剣を振るった。斬り裂いた感覚はない。流れていた視界が定まると、斬撃のギリギリ外側にオチバの姿を確認する。
そしてそのオチバの姿は、次の攻撃の体勢が整っていた。
オチバの体がリドルへと迫り、距離を縮められる。刺突の構えに戻せないことを覚ったリドルは、剣を上に振り上げた。しかしその動きを読んでいたかのように、オチバの右腕が伸び、剣の柄を掴んだ。
「ぐっ!」
ガラ空きとなったリドルの脇腹に、オチバは拳を叩き込む。
それを歯を食い縛って耐え、リドルはオチバの右手を押しきって剣を振るった。
しかしそれも回るようにひらりと回避し、リドルに背中を見せたところで後ろでに蹴りを放つ。
オチバの靴底はリドルの右膝に命中し、リドルはがくりと片膝を折った。
それでも苦し紛れに放つ斬撃をオチバは避け、リドルの黒髪を掴む。
それから思い切り自分の方へ寄せ、歓迎にきたオチバの膝が、リドルの顔面を強く打ち据えた。
「ぐかっ……!」
リドルの頭がガクンと揺れて、後方に倒れる。
なんとか意識を繋ぎ止めたリドルは、オチバを見た。赤茶色の髪の男は、自分のことを冷たく見下ろしながら、深く息を吐いている。
右手がポケットの中に入り、中の何かを取り出そうとしていた。
「う、おおおお!!」
背筋に冷ややかなものを感じた時、オチバの背後から、怯えの混じった雄叫びが聞こえた。
リドルにはすぐにわかった。仲間の中で一番背が低く、臆病でもあるグルトだ。そんなグルトが、リドルの危機を見兼ねてオチバへと襲いかかった。
しかし背後からの剣を、オチバは見えていたかのように片手をポケットに突っ込んだままひょいと躱す。必死になって振るわれる二撃目や三撃目もからかうように避け、その拍子に、オチバはリドルに背中を向けた。
オチバの背を見るリドルは、目を見開いた。ポケットから右手が抜かれている。その手の中にあるのは、銀色のナイフだ。流れるように、それを握った右手が振りかぶられる。
リドルが弾かれたように叫んだ。
「グルト、避けろ!」
グルトからすれば突然現れた銀色の凶器に、悲鳴すら上げられずに体を硬直させる。リドルの叫びは遅かった。グルトの首に目掛けて、殺意の込められた速度でナイフが降ろされる。
「──駄目!」
しかし、『その声』が聞こえた瞬間、オチバの動きは一瞬止まった。
動きを止めたオチバは、すぐに硬直から立て直すと、逆の手でグルトを殴り倒す。
ナイフをフェイクに入れた攻撃、ではないことはリドルにもわかった。そうすることの意味がないからだ。オチバの今の一連の動きには、やむを得ず無理やり行動を変えたような違和感があった。
そしてリドルは、オチバの行動を変えさせた原因であろうその声を知らない。初めて聞いた声だ。つまり仲間のものでなく、オチバのものでもない。
「……クレリア?」
それは余裕あったオチバの、初めて見る反応だった。どこか呆然とした視線を追うと、焦燥に駆られたような様子の少女が立っていた。
金の髪と青い瞳。リドルにふとどこかで聞いた噂話が脳内に浮かんでくる。しかし、それを細かく思い出している暇はない。
重要なのは、あの少女によってオチバの声色が変わったということだ。
「コルロ! その娘を捕まえろ!」
少女の、一番近くにいた仲間に指示を飛ばす。突然の少女の叫びに仲間たちも呆気に取られていたのを、リドルの声が正気を取り戻させた。
コルロはあっという間に少女まで接近すると、その小さな肩を掴もうと腕を伸ばす。
「触んな!」
オチバが腕を振り被った。振り上げられた手には、先を摘むように持たれたナイフがある。そのまま振り下ろす勢いで、ナイフが飛んだ。
「ぐぅあッ!」
投擲されたナイフは、吸い込まれるようにコルロの二の腕へと突き刺さる。たまらずコルロは少女を捕まえるのを止め、苦痛に顔を歪めて少女から数歩離れる。
少女のもとに駆けつけようとしたオチバを、仲間の一人が立ち塞がった。しかし、オチバは走り出す勢いのまま目の前の顔面を掴むと、ほとんど腕の力だけで地面へと叩きつける。
この間リドルも、ただ黙って見ていたわけではない。急いで立ち上がると、背を向けるオチバの足目掛けて剣を振り下ろす。
だがまたしても、刃の届く寸前で足が掻き消えた。
「──!?」
先程のような小細工ではない。純粋な速度で、足が剣の届かない位置へと移動したのだ。
──迅い。
そう表現するしかないオチバの走りに、リドルは目を見開く。
リドルの予測の半分ほどの秒時間でオチバはコルロに接近すると、乱暴にナイフを引き抜き、背後に回って、リドルたちにコルロの顔と、ナイフを突きつけられている首筋を見せるようにした。
「……ッ」
それでオチバを追おうとしていた仲間も、リドルも、足を止める。
オチバはコルロの膝裏に蹴りを入れると、コルロに両膝をつかせた。喉元に刃を当てながら、コルロの耳元で「喋んなよ」と呟く。
「武器下ろせ。全部、地面に」
オチバがリドルに視線を飛ばした。仲間たちの視線も、リドルに集まる。
リドルは慎重に腰を曲げると、剣を地面に置いた。仲間たちもそれに従い、剣を下ろしていく。
「……言う通りにした。コルロを放してくれ」
「お前らがここから離れたら放してやるよ」
素手の両手を上げながら、リドルが首を横に振る。その顔は息苦しいほどの危機感に引きつっていた。
「頼む。この暗闇じゃあ、離れれば合流できない。もう危害を加えるつもりはない。武器も拾わない。だから、頼む」
それはリドルにとって心からの言葉だった。敵意はもうなく、降参の心境にある。
オチバの言葉に素直に従う方がいいともわかっていた。だがこの得体の知れない若者は、平気で約束を破り、コルロの首を掻き切ることなど造作もないという雰囲気が漂っている。それなのに、仲間一人をこうして放っておけるものか。
しかしリドルの必死の言葉は、オチバの冷たい無表情に弾かれた。
「お前ら、状況わかってんのかよ?」
オチバがコルロの首にナイフを強く当てる。刃が首皮を浅く切りつけ、血が一筋流れ出た。
「くっ……!」
「……明かりは、ありますか?」
リドルが強く唇を噛み締めると、この場にそぐわない、透き通る声が聞こえた。少女だ。
「明かり……? た、松明ならある」
「ならそれを燃やして、離れてください。それならば遠くからでも、場所がわかります」
「……! わ、わかった! おい!」
リドルが頷いて、仲間に指示を飛ばす。仲間は松明を二本、取り出した。それからマッチに火をつけ、それを火種として松明に移す。程なくして松明の火は燃え上がり、周囲の闇を照らし始めた。
リドルにとって、少女の助言は神のお告げに等しかった。が、このままではやはりコルロと引き離されてしまう。
そのことに一層頭を悩ませていると、少女のこちらを落ち着けるような声がまた、聞こえてきた。
「心配しなくても、オチバさんはこの方を殺めたりしません」
「……クレリア」
低くたしなめるような声が、オチバから少女へと向けられる。しかし少女はそれに恐れることもなく、言葉を続ける。
「どうか、信じて下さい。オチバさんは、酷い人ではありません」
正直リドルには信じ難い話だった。オチバの残虐さは、今しがた身をもって体感したばかりだ。
しかし少女の言葉は揺るぎなく、何か確信を持って紡がれていた。
やがて、リドルが静かに頷く。悩まなかったわけではない。少女の言葉を信じ切ったわけでもない。ただこの場より自分たちが離れる以外、最初から出口がないのである。
リドルはコルロの顔を見た。相変わらず、恐怖にひきつっている。だが、絶望はなかった。
後ろ髪を引かれる思いで、リドルは背を向けた。仲間たちもまた思うところがあったのか、大人しくリドルと同じようにする。
やがて一人を場に残した四人の野盗は、燃える松明を持って、夜の地を歩いていった。