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異世界転生贖罪譚  作者: 伊敷 朱色
第一章 殺し屋と天使の血族
7/16

6 癒しの光

  クレリアには謎が多い。

 明らかに現代から後退した暮らしぶり。お互いに認識している言語が違うはずが、問題なく通じる会話。他にも、挙げればキリがいない。

 そしてオチバは、それらに対して何一つ答えを得ることができていない。


 「着きましたよ、オチバさん。ここが、パルト村です」

 

 草地の中にある、草を取り除いただけの一本道を数分歩いて、パルト村へ到着した。

 まず連なるように畑が広がり、そして奥に建物の連なりが見える。クレリアとオチバは畑を縦断するような道を辿って、建物のある場所へと向かう。


 「おーい! クレリアー!」

 「久しぶりー!」


 道を辿る途中、畑で働いている人々がクレリアに手を振って声をかけてきた。クレリアもそれに笑顔で手を振って返す。それだけで、この村人たちに彼女がどんな印象を持たれているかは察することができた。

 村の建物のほとんどは家屋で、石材と木材を組み合わせて作られていた。やはり、日本の光景とはかけ離れている。これで、クレリアの生活だけが遅れているという線はなくなった。

 もしロルド王国の日常風景が全てこれだとするのなら、一体どこに位置しているのかオチバには見当もつかなかった。

 嘆息してクレリアの方を見ると、顔見知りらしい村の夫婦と親しげに話している。それを何気なく見たままになっていると、不意に夫の方がオチバに目を向けてきた。視線の色は敵意……ではなく、好奇心だ。


 「それで、あっちの兄ちゃんは見たことないけど、誰だい?」

 「あ……彼はオチバさんです。旅人さんと言うか……まぁ、いろいろ複雑な事情で、今は私の家に泊まってるんです」

 「落葉?」


 夫は視線を近くの木に移し、次いでその根本に視線を下げた。そこには、何枚かの落葉が落ちている。


 「どうも」

 「お、おお」


 その視線を遮るように、オチバが前に出た。夫は少し面食らいながらも、笑顔を作る。

 夫婦の妻の方が眉根を寄せた。クレリアも苦笑しながら、少し冷えた場の雰囲気を崩そうとする。


 「えっと、オチバさんは他の国の出なんです。ニホンって言う国らしいんですけど……知ってますか?」

 「んー……知らないねぇ。あんたは?」

 「俺も知らないなぁ。なんだ、あんた。ここに迷い込みでもしたのかい?」

 「あー……そんなところだよ」

 「じゃあロルドの隣国かいね。でも、そんな国の話聞いたことないしなぁ。しかもここは国境近くでもないし……」


 夫婦はうんうん唸って頭を悩ませた。そんな姿に、今度はオチバが面食らう。

 

 「国の特徴って何かないのかい?」

 「……島国ってところか」

 「島国!? そりゃあんた、よっぽど辺鄙なところから来たね……」


 この妻は、さっきまでオチバに対し眉根を寄せていたはずだ。


 「それにしても、立派なロルド語だ。違う国の言語ってのは、やっぱ難しいもんか?」

 「……そりゃな……。まぁ、俺の場合はちょっと事情が違うけど……」


 この夫は、オチバの威圧的な態度に押されていたはずだ。


 「悪ぃけど、力になれそうにねぇな。でも、村長なら知ってるかもしんねぇ。ちょうどクレリアちゃんにも用事があるそうだし、寄ってみるといいよ」


 わからない、わからない。

 なぜ、オチバのような人間に親身になれるのだ。

 第一印象は、決して良くはなかったはずだ。もちろんオチバだってわざとではなかった。ただ自分と落葉を見比べる姿に、その反応をしてしまうのは仕方ないと理解しているのに、無性に怒りが刺激されてしまった。

 しかしそれを言い訳にするつもりもなければ、それを相手にわかってもらって親身に接してもらおうなどとも思っていない。そしてそこまで夫婦が察していないことも理解している。

 ならばこの夫婦はどうしてオチバに、わけのわからないような男のために、頭を悩ませるのか。


 「ありがとうございます。それにしても、村長さんが私に用事ですか?」

 「ああ。なんでも、奥さんが腰をやっちまったそうでね。こう、ギックリと」

 「ギックリと……」

 「歳ってのは怖いねぇ」


 言葉が出ないオチバに代わって、クレリアが夫婦の前に出て話す。


 「クレリアちゃんも気をつけなよ? 人間誰しも、いつかそうなる時が……」

 「ちょ、ちょっとあんた……!」

 「あ、いいんですいいんです。気にしないでくださいよ。それより、ありがとうございました。村長さんの家に行ってみます。それじゃあ行きましょうか、オチバさん」


 クレリアが沈黙していたオチバを見上げる。それでオチバは我に返った。

 

 「あ、ああ……」

 「それじゃ、さようなら」

 「うん。クレリアちゃんも気をつけるんだよ。またこの人が世話になるかもしれないから」

 「まだそんな歳じゃねぇつうの。でも、本当に気をつけなよ。最近は野盗がここら辺で出るって話だから。あと、そこの兄ちゃんもな」


 夫婦と、別れを交わす。正確に言えば言葉を発したのはクレリアだけだ。

 すれ違う。追い越す。何か、何か言うべきだと衝動がオチバの喉元に込み上げた。それを飲み込もうとして──


 「……助かったよ。ありがとな」

 「おう。早く国に帰れるといいな」


 笑って、手を振られる。オチバは視線を前に戻して、再び歩き始めた。


 「良い人たちでしょう?」


 少しして、クレリアがそんなことを言う。オチバは咄嗟に言葉を返せない。


 「この村の人たちとは、お母さんとお父さんが生きていた頃からの付き合いで。良くしてもらってたんです。本当に、皆さん親切な良い人たちなんですよ」


 まるで自慢するように、クレリアは村人を誉めそやす。

 村人がクレリアを好ましく思っているように、クレリアも村人を好ましく思っているのだろう。両親のいない彼女にとっては、それこそ家族に近い感慨を抱いているのかもしれない。

 「だから」とクレリアは続ける。


 「だから、オチバさんも村の人たちを頼っていいと思いますよ?」


 オチバは唾を飲み込んだ。

 こちらの心情を見透かしたような、その上で中心を射抜くような発言。何か言い返そうとして、今度は咄嗟に言い放つ。


 「なんで、そんなことが言えるんだよ?」

 「え?」


 その言葉は、オチバの口をついて出たものだった。


 「そりゃ、お前は昔からの付き合いで仲が良いだろうさ。でも、俺はわからないだろうが。もしかしたら……」


 すれ違いざまに、ナイフを突き刺してくるかもしれない。

 助ける振りをして、何か大事な情報を聞き出されるかもしれない。道を聞く振りをして、スタンガンをぶつけてくるかもしれない。

 ──オチバが、そうしてきたように。

 よく知らない他人は災厄の種でしかない。関わるものではない。全て自分が相手に対して証明してきたことだ。故にオチバから頼ることなど、できるはずがない。


 「でも、さっきの人たちは助けてくれようとしてましたよ?」

 「それは……」


 言い返そうとして、言葉が見つからなかった。事実は事実であり、変わることはない。あの夫婦が、オチバに対して頭を悩ませたのは事実だ。


 「自分の名前、嫌いなんですか?」

 「……なんでお前はそう、俺の心を抉ってくるかな……」


 話を変えるように語られた言葉もまた、オチバの胸を射抜くものであった。

 オチバは苛立つ心を自覚しながら、投げやりに言い放つ。


 「ああ嫌いだよ。だって、落葉だぞ? どう考えても、人につける名前じゃねぇだろうが」

 「でも、オチバさん。私は──」


 オチバの荒い口調に呑まれることなく、クレリアが何かを言おうとする。しかし、その言葉は別の言葉によって塗りつぶされた。


 「おお、クレリア!」

 「あ、村長さん!」


 前に立っていたのは、老いて杖をつく男だった。皺が目立ち、穏やかそうな目をしている。この男が、村の村長なのだろう。


 「……ん? その隣の若者は?」

 「あ、こちらはオチバさんです。訳あって、今は私の家で寝泊まりしています」

 「おお、そうかいそうかい。はじめまして、オチバくん。私はヒドロ。この村の長をさせてもらっている」


 村長、ヒドロがオチバに手を差し伸べる。握手を求めているのだとわかった。 


 「……どうも」


 一瞬躊躇ったのち、オチバはヒドロの手を握った。ヒドロの手は、大きく硬い手だった。

 握手を終えたヒドロは、クレリアへと向き直る。

 「さて、早速だが妻を診てやってくれるかい? 腰をギックリとやってしまってね」

 「ギックリと……」

 「ああ。なかなか辛そうだ。とりあえず入ってくれ」

 「わかりました」


 クレリアが、蚊帳の外だったオチバを振り返る。


 「行きましょう、オチバさん」

 「俺は、外で……」

 「気にすることはない、オチバくん。構わないよ。それに彼女が治癒術を使う光景は、なかなかに幻想的だ。見ていて損はない」

 「そう褒めないでください」


 照れくさそうにクレリアは笑い、それをオチバに向ける。


 「さぁ、行きましょう」


 悪意のない笑顔がオチバを追い詰め、やがて頭を縦に振らせた。


 *


 ヒドロの妻は、薄暗い寝室でうつぶせに寝ていた。話によると、歩くことも難しい重体らしい。唯一の救いは、タイミング良く腰をやった翌日にクレリアが村に訪れたことだ。


 「すまないねぇ、クレリアちゃん。助かるわぁ。お代は弾むよぉ」

 「いえいえ、これが私のお仕事ですから」


 クレリアはヒドロの妻が寝るベッドの傍らに膝立ちになり、患部の腰に両手をかざす。

 その手にはなにも器具は握られておらず、オチバはマッサージでもするのかと予想した。しかしそれでは、ヒドロの言っていた『幻想的な光景』とはマッチしない。


 しょせんは老人の戯言か。そう判断しかけた時、ヒドロがオチバの横で耳打つ。


 「始まるぞ」

 「……な」


 ヒドロ言葉より少し遅れて、部屋に光源が発生した。

 オチバが目を見開く。光源は、ランタンや蝋燭などではない。クレリアの両手から発生していた。

 

 「綺麗だろう」


 言葉も出ないオチバに、ヒドロが目を細めて言う。その口ぶりから、この光景は何度か目にしているのだろう。

 光の色は緑で、淡く優しく部屋を照らしていた。その光景は、まさに人を癒すものに相応しい。まさしく幻想的なものだ。


 「これは……」

 「魔法の力だ。私には使えないし、この村の誰も使えない。魔法を見るのも、クレリアが治癒術を使っている時だけだ」

 「いや、魔法って……どうなってんだよ? 何か、仕掛けがあるんだろ」

 「さぁ? それは魔法を使ってみないことには。それを知れるのは、魔法使いの特権だろうなぁ」 


 クレリアの白い手には、指輪すらついていない。まして皮膚が発光しているわけでもない。クレリアの手を包んでいる空間が光だした、そう表現するしかない光景だ。

 自分が何を目にしているのか、言葉で表現することはできる。しかし、理解はできない。


 隣の老人は、これを当たり前のものとして受け入れている。光に照らされるヒドロの妻であっても、そしてクレリア自身もそうだ。この場において異なるのは、むしろオチバだけだ。


 「なんって、ことだよ……」

 

 愕然とし、戦慄する。これが社会に出れば、歴史が変わる。人を傷つけるだけで癒すことには疎いオチバでさえ、それがわかった。

 オチバは慌ててヒドロに向き直った。


 「お、おい! なんでこれをこの村以外に知らせねぇんだよ! そうしたら、薪割りに苦労することもねえ。もっといい暮らしができるだろうが!」

 「いい暮らし……? そうさな。確かにクレリアの治癒術は凄い。だが、そこまで劇的に変わるものかね? 魔法使いは確かに珍しいが、街に行けば数人はいるはずだ」

 「街に、数人……?」


 クレリアの方を見る。まだ治療は続いており、淡い緑の光はヒドロの妻を照らし続けている。

 

 「クレリアみたいなのが、複数いるのか……?」

 「おかしなことを言う。まさか魔法使いを知らないでもないだろうに」

 

 いよいよ脳が混乱に喘ぎ出した。

 ヒドロの話を信じると、ロルド王国は医療器具も薬もなしに人を癒せる魔法使いが複数住んでいることになる。扱い的には珍しく貴重なのだろうが、存在に驚愕する程のものではない。


 では、そんなロルド王国とは一体何だ? 一体ロルド王国は、地球上のどこにある?


 「なぁ、爺さん。日本って、知ってるか? 島国なんだけどよ」

 「ニホン……? 知らんな」

 「じゃあ飛行機だ。空港でもいい。知ってるか?」

 「なんだそれは。一応物知りを気取っているが、聞いたこともない」

 「……一応、聞くぜ。地球って、何のことかわかるか?」

 「あまり、年寄りをからかわないでくれ。なんだねそれは。若い者の間で流行りの言葉か?」


 息が、詰まる。クレリアと同じだ。こちらが当然知っていることを知らず、逆に向こうが当たり前に知っていることを知らない。


 クレリアには何か事情があると思っていた。しかし村を治める立場にあるヒドロまでもがこのあり様だ。ならば、恐らく村人たちも『そう』なのだ。

 これでは、これでは、まるで。


 「──終わりました」


 オチバのありえない考えを遮るように、明るい声が聞こえてきた。

 見ればクレリアは一仕事やり終えた表情で立ち上がり、隣には快活な様子のヒドロの妻が立っている。


 「あなた、見てくださいよ。もうぜんぜん痛くないわ。すっかり良くなっちゃった」

 「おお……! ありがとう、クレリア」

 「いえいえ、治って良かったです」


 腰をぐわんぐわん回し、健在っぷりをアピールするヒドロの妻。その妻の様子に心底安堵したような表情のヒドロ。そして二人の笑顔を純粋に喜ぶように笑うクレリア。

 そのクレリアが、視線を村長夫妻からオチバに移した。その顔は、どことなく誇らしげで。


 「どうですか?」

 「……え?」

 「何もできないこと、なかったでしょう?」


 少女は、ただ単にオチバの感想を待っている。しかしオチバの方は、すぐには言葉が出てこない。

 奇跡を目の当たりにして、感動で言葉も出ない。そんな生易しい表現では、オチバの胸中を掻き乱しているものを表現できはしないだろう。


 やがてオチバの様子が少しおかしいことに気づいたクレリアが「オチバさん?」と首を傾げて呟いた。


 「……いや、驚いたよ。すげぇな。初めて見たから、上手く言葉が出ない。まさか、何もなしに手をかざすだけで治すなんて……」


 やっと作り上げた言葉を、オチバは声が震えないように気をつけながら紡ぐ。その途中、何の気なしに出した自分の右手を見て、オチバは原因不明の感情に顔を酷く歪めそうになった。


 その右手を、自然に装ってポケットに突っ込む。中のナイフの柄の感触を確かめて、深呼吸する。これだ、この感触だ。これがあれば、俺は──……


 「まだ君に魔法をかけてもらいたい村の者が居たはずだが、どうだね、お茶でも? マイリより急ぎも重症の者もいなかったと思うが……」

 「いい茶葉が手に入ったのよぉ。クレリアちゃんに振舞おうと思って、取っておいたの」

 「そういうことなら、お言葉に甘えて……オチバさんはどうですか?」


 話を振られて、オチバは我に返った。


 「俺は……いい。村を見て回りたい。まだ仕事もあるんだろ。なら、邪魔になるかもしれねえしな」

 「え? あ……そうですか……」


 残念そうな顔をするクレリアを見ることなく、オチバは背を向けて左手をひらひらと振った。


 「またいつでも来なさい、オチバくん」

 「……ありがとよ。邪魔したな」


 動揺を表に出さないようにしつつ、オチバは内心逃げるような心地でヒドロの家を出ていった。


 

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