表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生贖罪譚  作者: 伊敷 朱色
第一章 殺し屋と天使の血族
2/16

1 落ち葉の中で出会う

 空の倉庫のように殺風景な薄暗いその部屋には、いくつもの死体が転がっていた。死体の数は十を数える。

 いずれも男で、スーツに身を包んではいるが、他に身に纏った煌びやかな装飾品から、おおよそ社会に対して真面目に向き合っている者たちではないことがわかった。

 男たちは苦悶の表情で、または呆然とした表情で死んでいる。手には警棒だとか小刀だとか、はたまた拳銃といった武器が握られていたが、こうして死んでいる以上、自分を守るという名目では役に立たなかったに違いない。


 部屋の奥には、二人の人影があった。

 一人は女。裕福な環境で育ったというのが一目でわかる容姿をしているが、彼女は両腕と両足にダクトテープを巻き付けられ、おまけに口にもテープを貼られて塞がれていた。

 スーツの男たちに、拉致されていたのだ。


 そして拘束され正座のような体勢の女が見上げるのは、一人の青年だった。

 赤茶色の髪の、粗野な感じの鋭い目付きをした青年。

 青年の右手にはナイフが握られている。刀身は血で濡れ、刃先からは赤い雫がゆっくりと床へ垂れていた。


 女の目には、先程の光景が焼き付いている。

 青年が、ナイフ一本で次々と男たちを殺していった光景だ。そこには凄惨さと、本当に対等な存在を相手にしているのかという、一方的な乱暴さがあった。


 「ン……っ」


 自分のことを冷たく見下ろす青年へ、それでも助けに来てくれたのだから礼を言おうとする。だが、口に貼られているテープのせいで上手くいかない。

 すると、青年が女の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。もしかすると、口のテープを取ってくれるのかもしれない。

 そんな期待と共に見つめ合っていると、青年は無造作に右腕を突き出した。


 ドンと、ナイフが女の胸に突き刺さる。

 日常ではまず味わうことのない熱に女は自分の胸を見下ろしたあと、意味がわからない、というような目で青年を見た。

 次に受け入れられないと表現するように瞳が揺れ動き、それでも事態を理解したのか涙目になる。

 最後に顔から血の気が失せて、女は倒れた。

 もう息はしておらず、青年がナイフを抜いても何の反応も示さない。


 「どいつもこいつも、高そうな服着やがってよ……」


 オチバの第一声は、それだった。

 戦って殺した男たちも、今しがた殺した人質の女も、誰も彼もが高そうな服を着ている。

 この空間で安っぽい服を着て、それから生きているのはオチバだけだ。


 ナイフを適当に拭いてポケットに突っ込むと、オチバは立ち上がった。


 スーツの男たちはいいとして、人質の女も殺すことに何の意味があるのかはオチバにはわからない。

 ただ人質も含めて、この部屋に居合わせた者は皆殺し、というのがオチバが今回の仕事の内容だった。

 依頼主の思惑などは、オチバには一切が知らされていない。


 「これはあれか。漁夫の利、的な」


 依頼主の事情を予想して、最近読んだ小説から覚えたことわざを使ってみる。

 なら俺も、漁夫の利をしてみるか。と、オチバはスーツの男たちのリーダー格の死体へと歩いていった。

 戦っていた最中に垣間見えた、あの金色の腕時計。あれはきっと、高いやつだ。

 死体が持っていても仕方がない。俺が貰ってやろう。そう、床に伏す拳銃を握ったままの男の手を持ち上げる。


 「……なんだよ、割れてんじゃねえか」


 ついてないな、とオチバはため息をついた。


 *


 いつもならこのまま電車だのに乗って帰るのだが、今日はそうはいかない用事があった。

 オチバは言われた通りの場所の路地裏へと足を運ぶ。

 人気のないそこに、その男はオチバを待ち構えていた。


 「よう! 三週間と……二日ぶりくらいか? 久しぶり」

 「……数えてんのかよ」


 男はその大柄な体を開くようなポーズを取って、オチバを歓迎した。それにオチバは苦虫を噛み潰したような顔になる。


 端的に言えばオチバの雇用主のような存在であり、そしてオチバが世界で一番嫌いな人間が、この目の前の男だった。

 男の名前は原瀬。下の名前は言われたかもしれないが、覚えるつもりもなかった。


 露骨に嫌そうな顔をするオチバに、原瀬は「おいおい」と苦笑いしながら言う。


 「そりゃ数えもするさ。お前は俺にとって……そう、息子みたいなもんだからな!」

 「ならあんたは毒親だ」

 「釣れない事を言うなよ。お前が今そういう風に生きてるのは、お前に才能があったからだ。そして人は、才能に沿った人生を歩むのが一番幸せになれる。お前の親代わりである俺が、お前の才能にあった人生を歩ませてやっているんだ」


 ぬけぬけとオチバの言葉にも動じず原瀬は言い放つ。そして常に浮かべている笑みを、さらに底なしのものにした。


 「そうだな……じゃあ親らしく、お前につけた名前の意味でも話してやろう」


 ピクリと、オチバの表情が少しだけ強張る。


 「落ち葉ってのは、枯れ葉のことだ。あんな綺麗な緑色の葉っぱじゃなく、死んだ葉っぱ。それがお前だ」

 「……」


 呪いの言葉のように、原瀬の言葉がオチバの耳に流れ込んでくる。オチバにはそれを、苦々しい顔で受け取ることしかできなかった。


 「お前は生きていても死んでいても変わらない。どっちでもいい存在だ。だから、もしお前が死にそうになった時、あまり生き足掻こうとするなよ? 落ち葉らしく、そのまま腐っていくのがベストだ」 


 息子みたいなもの、と言った相手に同じ声と顔で、平然とこんなことが言える。それが原瀬という男だった。

 死を躊躇せず、最後まで自分のために利用され尽くせ。それが、原瀬がオチバに言いたいことだ。


 それに対し、オチバは「うるせぇな」としか返せない。この瞬間が、オチバにとっては一番惨めだった。


 「……そんなの、何回も聞かされただろうが。俺だって暇じゃねえんだ、それだけなら帰るぞ」

 「そんなに怒るなよ。自分の名前の意味を自覚することは大切なことだぜ。ま、それを言いに来ただけじゃない。……さっき、あまり生き足掻くなって言ったよな?」


 オチバは「あぁ?」と眉を潜めた。

 原瀬は以前から結論を最後に持ってくるのが好きで、話を長くするのが好きな男だった。だとしても、少し結論が読めなさすぎる。


 あるいは、オチバが無意識に読むことを拒否しているのか。


 「今がその時だ」


 パスッ、と間抜けな音が鳴った。後ろからだ。 

 知っている。この音には、少ないが聞き覚えがある。

 消音器をはめた、拳銃の発砲音だ。


 「うぁ」


 自覚した途端、力が抜けたように膝から崩れ落ちる。


 背中が熱い。痛い。汗が吹き出す。お気に入りのダウンジャケットに穴が空いた。今はそんなことを考えている場合ではない。防弾チョッキなんて着ていない。撃たれた、撃たれた、撃たれた!


 「う、ぐ、あああ……!!?」

 「悪いなオチバ。お前はよく仕事をこなしてくれたよ。ただ不十分な点を挙げるとすれば、『皆殺し』の部分に自分を入れてなかったことだ。あれを見た奴は誰でも殺せっていうのが依頼主の要望でな。仕方がないんだ」


 痛みに必死に耐えるオチバに、悠長にわかってくれと言わんばかりに原瀬は説明する。


 怒りが湧いた。その怒りが、一瞬だけ痛みを凌駕する。

 その一瞬でオチバはポケットに手を突っ込み、ナイフを出して、原瀬の顔に向かって投げつけた。


 「おっと」


 無造作に、乱暴に、八つ当たりのような手つきで投げられたナイフは、しかし真っ直ぐ原瀬の顔に飛んでいく。

 しかし原瀬は、まるで予測していたかのようにくるりと半身になって躱した。


 目を抉って重要な神経を刻める速度で投げられたナイフは、虚しくも夜の闇に消えていく。


 「お前が俺を嫌ってるてことぐらい、充分わかってたよ。だからお前はここぞと言う時、牙を剥いてくると思っていた……」


 原瀬がカツカツと靴音を響かせながら、荒く呼吸するオチバに近づく。


 「まったく……生き足掻くなと言っただろうが!」


 瞬間、原瀬が豹変し、激昂した。うずくまるオチバの顔面を鼻先から蹴り上げると、指をさしながら怒鳴り散らす。


 「なんて卑しい奴だ……。拾った恩を、名前をつけてやった恩を忘れたのか? 名前をつけられたんなら、そこに込められた願いと思いを全うしろ!」


 自分の上半身をぶち上げる衝撃に、オチバが感覚で鼻の骨が折れたと理解する。

 もう一度オチバの頬を蹴ると、原瀬は落ち着きを取り戻すように深く息を吐いた。


 「お前を拾った時はまだ六歳くらいだったか? そこから十三年……俺だってこんな別れ方は辛いんだ」


 原瀬は懐を探りながらしゃがみ込むと、取り出した拳銃をオチバに向けた。

 オチバはもはや呼吸するのにも激痛で、意識も朦朧としていた。しかし鈍くなった感覚でも、額に銃口を突きつけられた感触はしっかりと拾っていた。


 ──ああ、クソ。駄目か。


 最期の感情は、自分でも意外に思うほど、激情などではなく諦めたものだった。

 いい加減、うんざりしていたのかもしれない。ただの道具のような自分の人生に。

 もういいかと、投げやりな諦観がオチバを支配する。どうでもいい。もうどうしたって、結末は変わらないのだし。

 遠くなった感覚に、原瀬の声が響く。


 「──じゃあな、オチバ」


 銃の、引き金が引かれた。



 ガサリと肌を撫でたのは、硬く、されども脆いような感触だった。


 目は開けられない。全身が何かに包まれているのだ。瞼を開ければ、目に硬く脆い何かが刺さってしまいそうだった。


 泳ぐようにして、どうにか頭を出せないかと体を動かす。すると、意外にもあっさり頭が何かの囲いから抜けた。


 赤茶色の髪。鋭くも、どこか幼さを残した顔立ち。そんなオチバの顔が、澄んだ外気に触れた。

 もう、瞼を開けることができるだろう。オチバは射し込む光の気配を感じながら、目を開けた。


 「あ……」

 「あ?」


 視界は空が下に、地面が上に、逆さまになっていた。

 相変わらず首から下は硬く脆いものに包まれていて、どうやらそれが落葉の山だと理解する。自分の名前ではなく、木の枝から枯れ落ちた正真正銘の落葉だ。


 そして、オチバの逆さまの視界の中央に立つのは、箒を持った困惑顔の少女。随分と目鼻立ちの整った、青い目と金の髪の少女だ。

 少女の困惑顔が、落葉の山から顔だけ出したオチバを見て、みるみる驚愕に変化していく。そして、


 「きゃあああああああ!?」


 少女のわかりやすい悲鳴は、落葉の山と、オチバの耳に響き渡った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ