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異世界転生贖罪譚  作者: 伊敷 朱色
第一章 殺し屋と天使の血族
16/16

15 許されるのなら

 家を出て、オチバはゆっくりと歩き出した。

 足取りは静かで、背負っている少女を起こさないようにするかのようだった。


 安らかな顔で眠る少女を背負ったまま、タンポポの混じる芝生の庭を通り過ぎる。

 草が除けられた一本道。そこをゆっくり、歩いていく。


 やがて、村が見えてきた。パルト村だ。

 道を挟んで両側に広がる畑。それを通り抜け、村の入り口へ。


 「……爺さん」


 入り口では、村長のヒドロが待っていた。ヒドロだけではない。彼の妻や、他の村人もいる。


 「……やあ、オチバくん」


 少し驚いてオチバが足を止めると、ヒドロの方から歩いてきた。老人はじっとオチバの顔を見つめると、言う。


 「マシな顔になった」

 「……マシ?」

 「こっちの話だ。……それよりも、後ろにいるのは、クレリアだね?」


 ヒドロがオチバの向こう側に視線を送った。そこには、オチバの背に体を預けるクレリアがいる。


 「……彼女をこの村に連れてきてくれたこと、感謝する」

 「……いや。それがいいと思っただけさ」


 クレリアのことを村に預けるのは、オチバにとって当然のように思えた。彼らは、クレリアの親代わりといっても過言ではないのだから。


 「クレリアを……こちらに渡してくれるか?」

 「ああ」


 オチバは一旦クレリアを背から下ろし、正面から抱き上げると、両腕を伸ばすヒドロに移した。

 老人の体は特別屈強には見えなかったが、しっかりとクレリアの体を支えた。


 クレリアの髪が下に流れ、白い相貌がオチバの目に映る。静かに目を瞑るだけのその姿は、安堵して眠っているように見える。


 「……まだ、生きているみたいだ」


 ヒドロの呟きは小さく、すぐ近くのオチバの耳にしか入らない。


 クレリアを抱き上げたヒドロの周りに、村人達が集まった。オチバは彼らの邪魔をしないよう、何歩か引き下がる。

 クレリアを囲んだ人の輪からは、彼女の名を呼ぶ声や、鼻をすする音が聞こえる。

 オチバはその場を去りはしなかった。ただクレリアが、クレリアを大事に思っていた人達に悼まれる様を見ていた。


 やがて、輪からヒドロが出てきた。迷いなく歩くと、オチバの隣に立つ。


 「葬儀はこちらでさせてもらう。いいかね?」

 「ああ」

 「君も参加するか?」

 「……ああ」


 オチバが頷いた。それから、ヒドロは何かを躊躇うような素振りを見せ、先程よりも小さな声で呟いた。


 「……クレリアは、何か言っていたか?」


 ヒドロの絞り出したような声に、オチバは静かに目を伏せた。


 「この十日間で……クレリアからあんたらの話はたくさん聞いたよ」

 「何と……言っていたんだ」


 ヒドロの声は、普段の迷いないものとは違い、震えがあった。

 きっと、恐れがあるのだろう。クレリアはある時から、この村と距離を取った。その原因が自分達にあるのではないかと。

 

 「クレリアは……たくさん感謝してたよ。あんたらに、それこそ俺が言いきれないぐらいに」

 「そう、か……そうか」

 「それと、心配かけてごめんなさい、とも」


 オチバの言葉を聞いてヒドロは少し沈黙すると、やがて苦笑した。


 「あの娘らしい」


 ヒドロはまた元のしっかりとした顔つきに戻ると、オチバと向き合った。


 「君にも改めて礼を言わなければならない。あの娘の寝顔を見て確信したよ。クレリアに……悔いはなかっただろう。君のおかげだ」

 「……いや」


 ヒドロの言葉に、オチバは口元に笑みを刻んで首を左右に振った。


 「この村の人たちや、クレリアの親。クレリアに関わった全員のおかげで、あいつは『幸せです』って、言えたんだと思うよ」


 ヒドロは瞠目した。「……そうか」と一言。それからまた、苦笑した。


 「そうだといいな」


 *


 クレリアの葬儀は、すぐに行われた。ヒドロの取り計らいだろう。

 おかげで綺麗な体のまま、クレリアは土に埋められていった。

 村の墓場には、クレリアの両親の墓がある。それと同じ場所で、クレリアは眠ることになった。


 葬儀には特に格式もなく、クレリアの墓を囲み、村の聖職者が祈りを捧げる様を思い思いに見守っている。

 やり切れなさそうにしている者もいれば、涙を堪えている者、すすり泣く者もいた。それでも誰一人としてオチバに詰めかける者がいないのは、ヒドロのおかげだろう。


 故に、オチバも静かに祈りを見守ることができた。彼女なら、きっと空園に辿り着くことができるだろう。


 聖職者の祈りが終わり、村人たちはそれぞれの行動を取った。名残惜しそうに墓の周囲に残る者、沈痛な面持ちをしながらもその場を去る者。


 オチバは前者だった。しかし彼女は相当人気者のようで、まだ自分が話かけるには少し時間がかかるだろう。


 オチバは少し離れたところで立っていると、一人の髭面の男が近づいてきた。

 ──覚えている。オチバが、狼から助けた男だ。


 「よう、兄ちゃん」


 気まずそうに話してくる男の様子に、胸が締め付けられる感覚があった。

 オチバは彼の感謝を、自分勝手な理由で乱暴に拒んだのだ。


 「……ああ、久しぶりだな。そういや、あんたの名前聞いてなかったな」

 「ドルートだ」


 髭面の男、ドルートはオチバの隣に並び、クレリアに語りかける人々を同じように眺めた。

 オチバは深く息を吐いて決心し、ドルートに話しかける。


 「……あの時は、悪かった。あんたが悪かったわけじゃないんだ」


 ドルートはオチバの言葉を聞いて、「なんだ、そんなこと」と鼻で笑い飛ばした。


 「気にしちゃいねえし、兄ちゃんが謝ることでもないぞ。助けられたのは俺からな。今でも感謝してるぜ」


 あっけなく許されたオチバは、面食らう気持ちになる。

 ドルートは笑みを抑え、話を切り替えるように口を開いた。


 「俺はな、この村の生まれじゃねえんだ」

 「……そうだったのか?」

 「馬を無くしちまって、迷いながらたどり着いたのがここでな。六年前からここに住まわせてもらって、今じゃ嫁も娘もいる」


 ドルートの話は意外だったが、納得のいくものでもあった。ドルートが以前行商人であったことは聞いている。村への馴染み具合に、勝手にもとからこの村の人間なんだと思っていたが、少し考えれば充分ありえる話であった。


 「まぁ、俺が言いたいのはだな。ここに居てもいいんじゃねえかってことだ。ここの人間は、よそ者ってだけで追い出したりするような器量の狭い奴らじゃねえ」


 それがドルートの気遣いであることに、オチバは数秒を要して気がついた。行き先のないオチバを案じてくれたのだ。

 それのありがたみを心で噛み締めながら、オチバは微笑んでやんわりと首を横に振った。


 「悪い。嬉しいけど、やめとく」

 「……そうか」


 ドルートは理解を示すように頷いた。それ以上は聞きはしなかった。

 そんな二人に向かって歩いてくる老人がいた。


 「……ヒドロ村長」


 ドルートが老人の名を口に出す。


 「話をしているところ、すまないね」


 ヒドロは二人の前に立つと、オチバを観察するように、真っ直ぐ見た。


 「……この村は君を受け入れることができる、と言おうとしたんだが。どうやら滞在する気はないようだな」


 オチバの顔にでも書いてあるのか、ヒドロはお見通しだとでも言うように言った。

 やはり、この老人にはどこか敵わないところがある。オチバは苦笑した。


 「ああ」

 「行き先はあるのかね?」

 「いいや。……でもまぁ、適当に歩いてみるのもいいだろ。俺はこの国のこと、何も知らねえし。楽観的なんだよ、俺」

 「……止めるべきか実に迷うことを言ってくれる」


 ヒドロはオチバの計画性のなさに微妙な表情をしつつ、「それだけではないのだろう?」とまた言い当てる。

 オチバは少し迷ったあと、後ろ頭を掻きながら白状することにした。


 「……どこかで、誰かが必要だって奴がいるかもだろ。それを探す」

 「……人を、助けたいということか?」

 「そういう約束だからな」

 「約束?」


 ヒドロが疑問げな顔をしたと同時、オチバは視線の方向を、村人に囲まれる墓へと変えた。

 ヒドロはそれで充分だと言うように、押し黙ってそれ以上追及することはなかった。

 

 「それなら、何も言うまい。……だが、今日くらいは泊まっていきなさい。旅の支度もできていないだろう」

 「いいのかよ? 遠慮しねえぜ」

 「構わんよ」


 ヒドロは微笑んで、オチバに背を向け去っていった。


 「……俺にはよくわからねえけど、まあ頑張れよ」


 オチバとヒドロの話を邪魔しないようにしていたドルートが、応援するような笑顔で言う。

 それにオチバが返事をするよりも早く、「あ」と何かを思い出したドルートが再び語りかけた。


 「俺の名前は教えたけど、兄ちゃんの名前は知らねえな。何て言うんだ?」

 「オチバ」


 名を聞かれて、オチバは何の躊躇いもなく自分の名を口にした。

 ドルートは「落ち葉?」と変わった名前を確かめるように繰り返す。

 その様子を見て、オチバは自慢気に笑った。


 「良い名前だろ?」


 *


 翌朝、今日村を出るオチバは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


 オチバの目線の先には、皮袋に詰められた大量の銀貨があった。

 硬貨の種類は、オチバが初めて見るものだ。しかしそれに驚いているのではない。この素人目に見てもそれなりに大金だとわかる金を、オチバに譲ると言われたからだった。


 「……ありがたいけど、下手に気遣われると困る」

 「君のような物知らずを一文無しで行かせられるか」


 断ろうとしたオチバの言葉を、ヒドロが一刀両断する。

 それでもせめて譲り受ける分は半分にしてもらおうとしたオチバに、ヒドロは「それにこの金はな」とオチバを制して言った。


 「もとは、クレリアに払うはずだったものだ。しかし最後に治癒魔法を施しに来た日、クレリアは代金を受け取ることを断った。……助けてもらっておいて何もしないというのも気が悪い。ならばこうするのが一番だろうよ」


 だから受け取れ、とヒドロは皮袋を差し出してくる。

 それを言われては、オチバはもう断ることはできなかった。

「じゃあ……ありがとよ」それだけ言って、皮袋を持ち上げる。ずしりと重たいそれを、オチバは獣の革で作られた鞄に大切に仕舞った。


 「それと、まだ渡したいものがある」


 ヒドロのつけ加えるような言葉に、オチバは顔を強ばらせた。あまり多く貰うべきではない。自分にはこれで充分すぎる。

 しかしそんなオチバの意思に関係なく、ヒドロは棚の引き出しから何かを取り出した。


 ごとりと、テーブルの上にそれが置かれる。革で作られた鞘に収まった、大振りの二本のナイフだった。

 「私がまだ狩人だった頃に使っていたものだ」と、二本のうち一本を鞘から抜いてオチバの前に置く。


 刀身は幅広で、刃は緩く弧を描いている。無骨な見た目はそれなりに古びた雰囲気を感じさせるが、錆はなく、まだまだ使える代物だった。


 鋼のナイフ。そう呼ぶのが適当であろうナイフに、オチバは顔を歪めた。自分が今まで使ってきたどんなものよりも、このナイフは他者を傷つけるのに役立つだろう。


 また元の自分に戻ってしまいそうで、触れることに恐怖と躊躇いがあった。

 これだけは断ろうとしたオチバに、またヒドロの声がかかる。


 「君の故郷じゃ知らないが、ロルドにおいて旅人には無事を願ってナイフを贈るものだ」

 「……でも、俺には」

 「武器は、自分を守るものだ。これから君にも必要になるだろう。持っておきなさい」


 しっかりとした声音で、真っ直ぐオチバを見てヒドロは言葉を向ける。


 ヒドロは、オチバの過去を知らないはずだった。それでもオチバがナイフを使って過去に何をしてきたか、見透かされている気分になる。


 言葉と視線に促され、オチバはナイフの柄をゆっくりと握った。

 少し重い。ただ、それだけだった。


 「どうだ?」

 「ん……ああ、いや」


 呆気ないほど、拍子抜けするほど、オチバの心に揺らぎはなかった。


 少し考えれば、それも当たり前だった。オチバは道具を持っただけだ。道具をどう使うかは、持ち主次第。

 つまり、オチバが間違えなければいいだけだ。


 ビッ、とナイフを何もない空間へ、オチバは横薙ぎに振るった。


 「いいんじゃねえの?」


 それだけである程度ナイフの使い心地を覚えて、オチバは革の鞘へと戻した。


 「どうしてもいらないと言うなら返してもらうが、どうかね」

 「……貰っとくよ。ありがとう、助かるぜ」


 オチバはテーブルの上の二本のナイフを受け取ると、鞘の引っ掛ける部分をベルトに押し込んだ。

 左右に一本ずつ。少し腰が下へ引っ張られる感覚が加わる。すぐに慣れるだろう。


 「……じゃあ、そろそろ行くわ。世話になったよ」

 「ああ、気をつけてな」


 テーブルを離れ、オチバは背を向ける。扉に触れる瞬間、ヒドロの声が背後から響いた。


 「いつでも帰ってきなさい。歓迎するよ」


 オチバは手を止めて苦笑すると、親切な老人の方を振り返った。


 「おう」


 それだけ言って、オチバは外に出た。ヒドロは若者の旅路が上手くいくよう、窓から空を見て願っていた。


 *


 村を出ていく前に、最後に寄ったのは村の墓地だった。

 クレリアと、彼女の家族が眠る墓の前に立つ。少しの間それを見つめ、やがて吹っ切るように目を瞑った。


 「……じゃあ、行ってくるよ」


 多くは語らず、再び歩き出そうとする。


 ──なんだ、死なねえのか。


 オチバの心の中から、罪悪感が不満気に語りかけてきた。


 あの夜を超えて、それでも罪悪感はオチバを締め付け続けている。それが弱まったことなどない。

 しかしオチバは、もうそれに悩むことはなかった。この罪悪感は、己の過ちを忘れない為に必要なものだ。


 その上で、オチバは耐え難い罪悪感に向き合いながら生きていく。あの夜に、そう決めたのだ。


 そのことを再確認すると、罪悪感は何も言わなくなった。ただ恨めしげにオチバを睨むだけだ。長い付き合いになるだろうこの心の痛みに、オチバは自嘲気味に笑った。


 その瞬間、風が吹いた。

 風はオチバの髪をわずかに揺らし、そして、どこからか落ち葉を運んできた。その色の失われた落ち葉は、墓の上にふわりと乗った。


 オチバがそれを除けようとする。しかし伸ばした手を、落ち葉に触れる寸前で躊躇した。 


 自分は最後まで迷惑をかけっぱなしだったが、この我儘も許してくれるだろうか。


 もし、それが許されるのなら。


 オチバは手を引っ込めた。クレリアが眠る場所に、落ち葉が一枚だけ、覆い被さるように乗っている。


 「……代わりに、お前がここにいてくれよ」


 些細な名残惜しさを、一枚の取るに足らない落ち葉に託す。

 それで、オチバは一切の迷いを取り払った。

 再び、オチバが歩き出す。後ろ姿を見るのは、落ち葉の乗った墓だけだった。





 *





 「ふぅ……」


 麗人と言い表すのが相応しいその女は、吐息をついて本を閉じた。

 すっかり深夜だ。窓からの光はなく、テーブルの上のささやかな灯りだけで文字を追うのにも限界がある。

 疲労を感じる。今日はここまでだろう。女は体を椅子の背もたれに預けながら、少し思案した。

 このまま寝てしまうのもいい。だが──


 「酒が欲しいな」


 口寂しさを覚えて、女は立ち上がる。先の短い人生だ。深夜の酒くらい許されてもいいだろう。

 影のある笑みを浮かべて、女は夜の街へと繰り出していった。



 

次回から第2章が始まります。オチバの贖罪の旅の始まりです。

それに伴って、次回の投稿は少し間が空くかと思いますが、気を長くして待っていただけると幸いです。

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