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異世界転生贖罪譚  作者: 伊敷 朱色
第一章 殺し屋と天使の血族
12/16

11 孤独

 クレリアは治癒術士としてパルト村に行き、村人を魔法で癒すことで結構な収入を得ているらしい。

 その暮らしぶりはオチバからすれば質素に変わりなかったが、クレリア曰く普通より少し余裕があるそうだ。少なくとも、ただ飯食らいであるオチバを数日家に泊めても家計が傾かないぐらいには。


 「果物、切れましたか?」


 オチバの手元にあるまな板を、クレリアが隣から覗き込んで来た。まな板の上には、八等分されたりんごが乗っている。


 「わぁ……やっぱり、オチバさんって切るの上手ですよね。とっても綺麗」


 八等分のりんごの切り口を見て、クレリアはそう評する。

 到底誇れるものではない、むしろ忌むべき理由であったが、刃物の扱いはオチバの得意分野だった。


 「ん……ありがとよ」


 複雑な心境で褒め言葉を受け止めながら、切り終えたりんごをクレリアに渡す。クレリアが作ろうとしているのは、りんごのパイだった。


 クレリアがりんごを鍋に入れ、それからはちみつや砂糖を入れていく。こうなると、オチバに出番はない。鼻歌を口ずさみながら鍋を混ぜるクレリアを眺めるだけだ。

 クレリアの家の台所には、小さいが石窯がある。それでパイを焼くのだ。


 少し遅めの昼食は、無事に完成したりんごのパイが並んだ。紅茶を用意し、ポッドからカップに注ぐ。横にははちみつの小壺が置かれており、オチバは最初から紅茶にそれを垂らした。

 それを見てクスクス笑うクレリアに、オチバはぶすっとした表情になった。

 パイはさくりとして、甘すぎなかった。


 昼にはオチバは薪を割り、クレリアは箒を持って庭の落ち葉を掃く。

 今思えば、最初オチバとクレリアが出会った時間も、これくらいのときだったか。

 庭には特別植えられた植物などはなかったが、茂る草の中には小さいタンポポが咲いていた。クレリアは、それを大切にしているように見えた。


 夕食はシチューだった。村の狩人から肉を貰ったらしく、それを使ったシチューだった。

 シチューの味は朝のスープに比べると濃いめで、オチバの口に合った。それまでのクレリアの料理が不味かったわけではない。ようやく薄味にも慣れ、体に食事が染み渡るような感覚に心地良さを覚えてきたところだ。

 しかしまだまだオチバの舌は肥えたままで、シチューの味に上機嫌になったことを察したクレリアは、「これから毎日シチューにしましょうか?」と悪戯っぽく笑った。


 そうして夜は更けていく。

 他愛のない話をし、眠る時間になればそれぞれの寝室へと足を運んでいく。

 そうして、一日が終わる。


 ──クレリアが死ぬまで、あと七日。


 *


 夜は決まって寝付けなかった。

 眠ってしまえば、起きるのは次の朝だ。それがどうしようもなくクレリアの命を削るようで、オチバは眠ることができなかった。


 こうして自分の部屋に入るまでは、クレリアと話すか何か作業をしていることが多い。

 しかし今のような寝つけない夜は、じわじわと心が締め付けられていく。人を殺してきた罪悪感と、クレリアを助けることのできない無力感に。


 クレリアの笑顔は憂いはないと言うように、晴れやかだった。それを見る度にオチバはたまらなく歯痒さを覚える。


 クレリアは死ぬべきではないのだ。彼女は村の人間を救い、悪人にまで手を差し伸べた。

 コルロという名前だった野盗の、あの時の表情は筆舌に尽くしがたいものがあった。あれでオチバは彼らが改心するとは思っていない。しかしもしかすると、と。あの表情を思い出す度に、心のどこかでそう思う。


 そんな相手の汚れすら取り除くかのような優しい少女が、死ぬべきではないのだ。


 毎夜、何か自分にできることはないかと思案する。クレリアの傍にいてやること以外でだ。それで充分だとクレリアは言うが、そんなはずはない。


 まだ生きたいはずだ。まだ、誰かと話していたいはずだ。


 ──お前が殺してきた奴らも、そう思ってたんじゃないか?


 罪悪感が忍び寄り、オチバの息が詰まる。クレリアの助けになる何かを模索する度、こうして罪悪感がオチバに人の助けになることへの資格を問いかけてくる。

 ──資格など、ないに決まっている。

 それでも、オチバはクレリアの助けを模索せずにはいられない。


 なぜだ? なぜだろう。

 理由はわからない。償いのつもりなのかもしれない。だとしたらとんだ笑い話だ。

 細かいことは置いておく。自分のことを贅沢に考えていられるほど、余裕はない。だからオチバは、いつも最後に罪悪感に向かってこう言う。


 「今は……許してくれよ。もうすぐ、死ぬからさ」

 

 *


 ふと、外に出ようと思った。


 寝つけない夜と言っても、やがては気を失うように眠る。しかし今日は、どうもそれがやってくる気配がなかった。


 これ以上、罪悪感と無力感に心を沈めておくには限界だった。何かしなければ。だから庭に出て、散歩でもしよう、と考えたのだ。


 部屋を出て、玄関に向かう。明かりはなく、廊下には窓もない。視界は闇だったが、闇の中で動くのはオチバには造作もなかった。

 記憶と感覚を頼りに、ゆっくりと扉へと歩く。扉の上には細長い窓があり、そこから月の光が差し込んでいた。


 そしてそこに、まるで浮き出るように、金髪の少女の後ろ姿が淡く照らし出される。


 「クレリア……?」


 少女の後ろ姿がびくりと動き、そして振り返った。やはりクレリアだ。


 「あ……オチバさん……」

 「……何してんだよ。もう遅いぞ」


 問いかけると、クレリアはくしゃっと、情けなさそうに笑った。


 「その……こうしておかないと、オチバさんがどこかへ行ってしまう気がして……」


 クレリアのその言葉に、オチバは咄嗟には反応を返せなかった。

 深く息を吐いて、受けた衝撃を呑み込み、落ち着いて言葉を紡ぐ。


 「……行かねえよ。約束しただろ」

 「そう……ですよね。すいません。それで、その、オチバさんは今どこに、行こうとしてたんですか……?」

 「散歩だよ、なかなか寝れなかったからな。気分転換だよ」

 「……そうですか。その、オチバさん、私も眠れないので、一緒に……」

 

 クレリアの表情と声は、震えが混じっている。まるで何かに怯えているようだった。

 想像以上に不安定で、危うい。


 「どうしたんだ、大丈夫か?」


 オチバがクレリアに歩み寄り、視線を合わせるようにしゃがむと、二の腕にクレリアがしがみついてきた。オチバの存在を確かめるように二の腕を握り、震える目でオチバの目を一心に見つめる。


 「夢を……」

 「夢……?」

 「いつもの、夢を……私は、独りで……」


 クレリアの声の震えが大きくなる。これ以上は危ない。オチバはクレリアを引き寄せた。


 「落ち着けよ。深く息を吸って、吐け」


 クレリアはオチバの腕の中で、言う通りにする。深呼吸は、オチバがよく行う心の落ち着け方だった。


 「お前は一人なんかじゃないだろ。約束したよな? そうだろ」

 「あ……」


 クレリアの吐息が、オチバ首筋を撫でた。力が抜けるように、オチバの二の腕を掴むクレリアの手が緩くなった。


 「はい……そうでした。約束、したんでした」


 クレリアの目の焦点が定まり、声は小さいものの震えはなくなっていく。

 オチバもほっと息を着いた。クレリアを少し引き離すと、正気に戻ったのかクレリアは目を伏せた。


 「すいません、お恥ずかしいところを……」

 「……誰だって、そういう時はあるだろ」


 慰めを口にしたオチバのことを、クレリアが上目遣いで見つめてくる。視線からは、まだ拭いきれていない不安が感じられた。


 「……オチバさん、一緒に居てくれませんか。その、私が眠るまで」


 小さな声で、消え入りそうな声で、クレリアは呟いた。

 それに答えない訳には、オチバにはいかない。


 「わかった」

 「……ありがとう、ございます」


 クレリアの顔が心底安堵したように綻ぶ。十日の約束をして以来、時折見るようになった笑顔だ。それが良い事なのか悪い事なのか、オチバにはわからない。


 クレリアが部屋に戻ろうとする。オチバからは、彼女の小さな背中が見える。


 「すいません、ありがとうございます」

 「おう」

 「それじゃあ、おやすみなさい……」


 ベッドの横に置かれた椅子に座って、瞼を閉じたクレリアを見守る。こうするのは、クレリアが気を失った時以来だった。


 クレリアはオチバが出会った時から、一見儚げに見えて、その実気丈だった。その気丈だった彼女が、こうも弱り果てている。

 原因は、死の恐怖に違いない。オチバの前ではいつも通りに振舞おうとしているが、自分の死が近づいている状況ではそれも続けられるはずがない。


 やはり、クレリアを救うには、どうにかして安寧病を治す他よりないのだ。


 「……村長だ」


 ふと脳裏に閃いた考えを、オチバはそのまま口にした。


 安寧病について、オチバはクレリアから説明された分しか知らない。

 しかし、村一番の物知りならば、解決の糸口が見つかるのではないか。


 オチバは立ち上がって、クレリアを見た。クレリアは寝息を立て、大人しく目を瞑ったままになっている。起きてくる気配はない。


 「……許してくれよ」


 そう呟くと、オチバはするりとクレリアの部屋を抜け出した。

 それから音を立てず、オチバは外に繰り出して村に向かった。


 *


 老人というのは、基本的に寝るのが早い。しかし今日はなかなか寝付けず、一人外に出てぼんやりと月を眺めていた。

 老人にも寝つけない夜というのはあるのだな、とヒドロは心の中で苦笑した。


 「──よう」


 月の輝きに目をやっていると、死角から不意に声がかけられた。


 振り返れば、闇から滲み出てきたような佇まいで、赤茶色の髪の若者が立っている。

 見知った者だ。しかしこの村の者ではない。


 「起きててくれて助かったぜ」


 今日の寝つけない夜が、この若者のために用意されたとしか思えなくなって、ヒドロは嘆息した。




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