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異世界転生贖罪譚  作者: 伊敷 朱色
第一章 殺し屋と天使の血族
11/16

10 十日

 野盗が置いていった剣を、ひとまず斧と一緒くたにして置いておく。


 夜通し、オチバは家の外に出て見張りを続けていた。野盗が戻ってこないか確認するためだ。

 そして、自分の気持ちに整理をつけるためでもある。


 「……なんなんだよ」


 その声に、誰も返す者はいない。

 朝日が昇り新鮮で静かな空気の中、オチバは昨夜のことを、クレリアの話を思い出した。



 「なに、言ってんだよ……あと十日で、死ぬ?」


 クレリアが自分の死までの時間を告げ、挙句の果てには自分を看取ってほしいと願い出た直後、オチバは理解できないというふうに反応を返した。

当たり前だ。クレリアの顔色は良く、声音もはっきりとしている。不意に倒れたことを除けば、どこからどう見ても健康体。それにあと十日しか時間が残されていないなど、到底信じることなどできない。


 しかしクレリアは、自分の死を語るとは思えない穏やかさで言った。


 「安寧病みたいなんです、私」


 言ってから、クレリアは安寧病をオチバが知らないのだと気づいた。


 「……あ。安寧病と言うのはですね、とても穏やかな病気と言われていて。死んでしまうまで一切の痛みも苦しさもなく、ただふと眠るように死をもたらす病気なんです。死に顔も眠っているように安らからしくて、だから安寧病だなんて名前がつけられてるんです」


 長々と、自分が患っている病気を説明するクレリア。彼女の顔はあくまでもいつも通りだ。その心中は、オチバにはとてもじゃないが察することはできない。


 「……なんで、あと十日ってわかるんだよ」

 「安寧病って、痛みも苦しさもないから気付きにくいんです。でもある時、突然眠るように気を失う。私みたいに。その時初めて、自分が安寧病だってわかるんです。そして安寧病によって気を失えば、その人に残された時間はあと十日……そう、言われています」


 安寧病という名前も、クレリアが語った症状も、オチバには聞いたこともなかった。もちろんオチバが知っている病気の数などたかが知れている。だがその症状の内容は、もっと有名になってもおかしくないものだ。

故に安寧病は少なくとも日本やその周辺にはない、ロルド王国特有かその周辺の病気……もしくは、オチバの『世界』にはなかった病気なのだろう。


オチバは自分の顔が引き攣るのを感じながら、尚も認められないというように問いかけた。


「何か、治る方法は……」

「……」

「そ、そうだ! 魔法だ! 治癒術が使えるだろ! それだったら、治せるんだろ!?」


 オチバは自分の頭に浮かんだ考えを、名案とばかりに無理やり笑うようにしてクレリアに言った。試していないわけが無い。少し考えればわかる事実は、もはや頭から強引に消去している。

 しかしそうしたところで現実が変わるわけでもなく、クレリアは静かに首を横に振った。


 「治癒の魔法は、傷なら癒すことができます。ですが、病気は治すことはできません。だからお医者さまがいるんです」

 「なら医者に!」

 「安寧病は……不治の病なんです」


 それを聞いた時、オチバの肩から力が抜けた。


 オチバには、何もできることはない。そしてそれがとんだ思い上がりであることに気づく。今まで殺してきたばかりの自分が、誰か助けられるとでも思っていたのか。

 ──そもそもなぜ、こんなにもクレリアに死んでほしくないと思っているのか。


 ふとそれが思い浮かぶが、その疑問に頭を悩ませるほどの余裕はない。

 どうあっても、クレリアは死ぬ。だと言うのに、クレリアは微笑んだ。


 「ありがとうございます。そんなに、心配してくれて」


 照れくさそうにクレリアは、はにかみながら言った。

 それを見たオチバは、言葉を失った。開いた口が塞がらない。

 ぽかんと自分を見つめる視線に、クレリアが首を傾げる。「どうしました?」という言葉に、オチバは震える声で「なんで」と返す。


 「なんで、そんなに落ち着いてられるんだよ……?」 


 聞かれたクレリアは、少し考えるように視線を上にあげた。それから視線を戻し、やはり穏やかな顔で、呟いた。


 「知っていたから、でしょうか」



 *



 「ぐ……おぇ……」


 木の根本に、バシャバシャと自分の吐瀉物が叩きつけられる。昨日の夜は食べておらず、ほとんどが胃液だ。

 口に広がる不快な酸っぱさを飲み下し、オチバは荒く息をついた。


 向き合ってしまった罪悪感は、オチバを許すことなく胸中でざわついている。当たり前だ。一度向き合ってしまった感情を、もう一度見ないようにすることなどできない。


 そしてそれに加え、唐突に知らされた十日後に訪れるというクレリアの死。

 二つの重みに耐えきれず、オチバの心はグシャグシャだった。


 朝日がオチバのことを照らす。日が世界を照らすようになれば、もう見張りの必要はなくなる。

 戻らなければ。クレリアの家に。



 「おはようございます。……その、すいません。徹夜、してくれてたんですよね」

 「……はよ。慣れてる、気にすんな」


 扉を開けて家に入ると、クレリアがオチバのことを出迎えた。相変わらず、早起きなことだ。


 「昨日の方たち、戻ってこなかったんですよね?」

 「……ああ」

 「じゃあ、やっぱりわかってくれたのかもしれませんね?」


 前向きに、明るくクレリアは言う。

 昨日、あまりにも甘いクレリアの考えにオチバは腹が立ち、そこで言い合いの喧嘩のようになったことは覚えている。

 そしてそれが、オチバを罪悪感へと向き合わせる原因にもなったのだが、それでもオチバの意見は今も変わっていない。悪事を働く人間が、話一つで改心するわけがない。


 しかしオチバは何も言い返す気にはなれず、「そうだな」とだけ返事をした。

 複雑な雰囲気だ。まさかクレリアだって昨夜自分が話したことを忘れたわけではあるまい。

 いつも通りにしようとするクレリアと、どうしてもそうはできないオチバとのすれ違いがあった。


 「……朝ごはんにしましょうか!」


 クレリアが手を叩いて、空気を切り替えようとする。わざわざその気遣いに反抗するようなことはさすがにオチバでもせず、黙って頷いた。

 心が痛む。本当に辛いのはクレリアの方に決まっている。そんな彼女に、なぜ自分は気を遣わせてしまうのか。


 簡単な食事を準備するクレリアを横目に、オチバは蛇口から水を出して顔を洗う。

 いつまでもこうしていては駄目だ。相変わらず罪悪感は当然の代償として、オチバの精神を蝕んでいる。


 それでも、外面だけは。今まで通り、クレリアの望むように。

 水の冷たさで少し明瞭になった思考で、オチバはそう考えていた。


 *


 朝食はいつもと変わらない、パンとスープだった。パンは楕円形であり、スープの色は薄い。

 オチバにとっては簡素で物足りない食事だが、クレリアは満足そうに食べている。オチバもそれに習って食べ始めた。

 味は薄いが、徹夜明けの体に染み渡っていく感じがする。


 「それで……その、考えてくれましたか……?」


 オチバがスープを飲んでほぅと息をついていると、クレリアが、彼女にしては歯切れの悪い、恐る恐ると言った風に聞いてきた。

 何のことかわからないほど、オチバも馬鹿ではない。


 「……何すりゃいいんだ?」


 故にオチバの第一声はそれだった。

 クレリアが死ぬまで、十日を切っている。その僅かな時間にオチバを求めるならば、オチバには何か役目があるはずだ。


 クレリアはオチバの様子を伺いながら、少し恥ずかしげに答えた。


 「それは……その。今まで通り、私と一緒にご飯を食べてもらったり……あと家事を手伝ってもらったりして……。あ、オチバさんがもし良ければ、その、ピクニックなんかも……」

 「いや、ちょっと待てよ」


 クレリアの返答は、オチバの予想とは大きく違っていた。あまりにも違いすぎ、オチバはまだ続きそうなクレリアの言葉を止める。


 「家事なんて、いくらでも全部やってやるよ。そうじゃねえだろ? あと、十日なんだろ? 何かやってほしいこととかあるんだろ? それを……言えよ」


 クレリアは目をぱちくりとさせて、オチバを見た。それからふっと顔を綻ばせて、呟く。


 「オチバさんは、優しいですね」

 「……あ?」

 「普通でいいんです。今まで通りの。私は誰かと暮らす普通の暮らしを、終わってしまうまで味わっていたいんです」


 目を瞑って、夢を語るような穏やかさで、クレリアは語った。

 あまりにも、あまりにもそれは、死に行く者の願いとしては簡素なものだ。


 「何か──何も、特別なことはいらないって言うのかよ……」


 クレリアがそうして欲しいと願うのなら、どんなことでも奔走する覚悟がオチバにはあった。


 きっとそれは、独り善がりの覚悟、あるいはオチバ自身の願いだ。誰かのために奔走することで、精神を侵食する罪悪感を誤魔化そうとしている。ただ、その自分の浅ましさにオチバ自身は気づいていない。


 そしてそれができないと知るや、オチバはがっくりと視線を下げた。


 「私のして欲しいことは、私が眠ってしまうまで、誰かに傍にいてもらうことです」

 「……それ、なら。俺じゃなくてもいい……いや、俺じゃない方がいい。村の奴らを呼んだ方が……」

 「確かに、そうかもしれません」


 視線を下げるオチバに、クレリアはそう言い放った。

 誰でもいい役割をこなす位では、オチバの罪悪感が和らぐことは到底ない。


 しかし、「ただ、なぜでしょう」と。クレリアは自分でもよくわかっていないような口調で続けた。


 「──オチバさんじゃないと、駄目な気がするんです」


 そこには確証はなく、ただ漠然とした勘とも言うべき感覚だけがあった。

 オチバは視線を下げたまま、自嘲気味に笑った。


 「……わかった。あと十日、お前といるよ」

 「……。ありがとうございます。約束、守ってくださいね?」


 オチバは頷いた。

 あと十日、クレリアが死んでしまうまで、自分はここで暮らす。

 そしてそれが終われば──自分も死んでしまおう。


 この気が狂ってしまいそうな罪悪感から逃げるには、そうするしかない。きっと、オチバたちに殺された者たちも、自分の哀れな死に様を見て少しは溜飲も下がるだろう。

 オチバには、それがとても甘美な考えに思えた。


 ──クレリアが死ぬまで、あと十日。


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