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 エドアルドは躊躇していた。

 

 能力自体は、目の前の『パープル』より彼の方が勝ってはいたが、相手を傷つけてしまう恐れがあったからだ。

 

 パープルは笑いながら、フロアの奥へ奥へと逃げていく。

 

 

 廊下に足音が響いて、ダリルとトオニが、対峙するエドアルドとパープルに近づいてきた。エドアルドの背中越しにトオニの姿を認めると、パープルは足を停め振り向いた。

 

 パープルの顔からは笑みが消えていた。



「・・・イエローはどこ?」


 

 トオニの代わりにダリルが答えた。


 

「聞き分けが悪かったもんでね、ちょいとお仕置きが過ぎたのさ。悪いな」


 

 ダリルはやってきた廊下の向こうを顎で指した。

 

 パープルはダリルを睨みつけ、その場に仁王立ちになった。



「・・・殺してやる」


 

 ざわざわと、ひと房の紫のメッシュの入った赤い髪が逆立っていく。

 

 今度は迷うことなく、パープルに銃口を向けたダリルだったが、エドアルドがいきなりその手から銃を叩き落とした。

 

 何をするんだ、とダリルが抗議しかけた途端、床に転がった銃が暴発した。


 

「よかったねぇ、腕が吹き飛ばないで」


 

 悪鬼の形相でパープルがにやりと笑った。

 数々の修羅場を潜ってきたダリルの背中にも、悪寒が走ったほどだった。

 

 パープルは三人を見据えたまま、さりげなくポケットに手を突っ込んだ。


 

「悔しいけど、今のままじゃそこのお兄さんには敵わないみたいだ」


 

 そう言ってポケットから、小さな赤いものをつまみ出した。

 ダリルはそれを見て、思わず声をあげた。


 

「それは・・・!」


 

「これはねぇ、ぼくの秘密兵器なの」


 

 小さな針つきの赤いチューブ。

 ダリルもよく知っている、言うまでもない『パンドラ』だった。

 

 パープルはそれを右手で摘んでひらひらさせている。


 

「確かにそれを使えば、能力は倍増するかもしれませんが、身体の許容量を超えた能力は、確実に命を奪いますよ」


 

 エドアルドが眉を顰めて静かに言った。


 

「やめなさい」


 

 パープルは笑顔のまま、エドアルドの言葉を無視して、パンドラの入ったチューブを首筋に突き刺した。

 

 パンドラが全身に行き渡るのを確認するかのように目を閉じ、その小さな身体が僅かに痙攣した。


 

 

「逃げたほうがよかないか?」


 

 ダリルはエドアルドに小声で言った。

 彼女は怖いもの知らずで、無謀なことも度々するが、引き際はきちんと心得ていた。

 

 エドアルドが無言で頷いたのを合図に、三人はダリルがやってきた非常階段に向かって駆け出した。

 

 

 しかし、ダリルの提案も少し遅すぎたようだった。

 

 パープルがゆっくり目を開いた途端、床が土台のコンクリートごと、抉り取られた形で持ち上がった。

 壁にも亀裂が入り窓も天井も吹き飛んだ。

 鉄骨が露わになり、がらがらと音を立てながら、大きなコンクリートの塊がダリルたちに降り注いできた。

 

 ダリルは頭を抱えて身構えたが、頭を潰すはずの塊はいつまで経っても落ちてこなかった。

 見ると、コンクリート片は宙に浮いたままで、次の瞬間には塊の中で何かが弾けたように粉々に砕け散った。

 

 恐らくエドアルドの仕業だろうが、超能力ってのは便利なもんだ、とダリルが感心していると、今度は硬い床が波打って彼女の足下を攫った。

 

 天井同様に床が抜け、ダリルが瓦礫と一緒に下の階に落ちていくその刹那、危うく瓦礫の一部になりかけた彼女の腕をエドアルドが掴んだ。

 エドアルドがダリルに気を取られたその一瞬を、パープルは見逃さなかった。

 

 

 剥き出しになっていた鉄骨の一部が、凄い音とともに千切れ、その丸太のような鉄骨がエドアルド目掛けて襲いかかった。

 

 やっとの事でダリルを引き上げたエドアルドは、能力を使う暇もなく咄嗟に左腕で鉄骨を遮った。

 信じられないことに、彼の腕は太い鉄骨を受け止め、腕ではなく鉄骨の方が折れ曲がった。


 その光景を見て絶句しているダリルに、エドアルドは笑顔で説明した。 



「造り物なんですよ」



 見れば、流石に今の衝撃は凄いものだったらしく、鉄骨が当たった辺りから火花が迸り、何かの配線らしい細い管が覗いている。


 

「随分と精巧な義手だな」


 

 先程からの非現実的な光景の数々に感覚が麻痺したのか、ダリルは何とも場違いな感想を述べた。


 

「駄目だ、あの子はもう」


 

 パープルに視線を釘付けにし、何かを探っていたトオニが、急に青ざめて言った。

 

 ダリルはパープルに視線を向けた。

 

 パープルは両腕で身体を抱え込むようにして俯いていた。

 がくがくと震える身体の周りには、瓦礫の破片と静電気が渦巻いて、スパークしている。

 少年パープルが顔をあげた。


 

「た、たすけ・・・」


 

 その顔は子供のそれではなく、まるで老人のように変わっていた。深い皺が刻まれ、皮膚も張りを失い、身体も次第に萎びていく。

 

 パープルが物凄い絶叫をあげた。

 

 ダリルは、醜悪なものに変化していく少年から目を逸らすことができずに、茫然と立ち竦んでいた。

 

 エドアルドはトオニに目で合図を送ると、立ち竦むダリルをさっと横抱きにして、崩れて外が丸見えになっている窓から外に飛び出した。

 

 ダリルは外の冷気に晒されて、はっと正気に返った。耳元でひゅうひゅう風が鳴っている。

 

 さっきまで自分がいたのはビルの何階だった? 

 そこから落下すればどうなるか、ダリルの脳裏には歪で真っ赤な挽肉(ミンチ)状態になった己の姿が浮かんでいた。


 しかし二十階から飛び降りたにも拘らず、ダリルたちは地面に叩きつけられることなく、ふわりと地上に着地した。

 


「走って!」


 

 地上に着いた途端、エドアルドが促した。

 三人は急いで、ダリルが車で破壊した正面ゲートまで全速で走った。

 

 直後、大音響とともに地面を揺るがせて、研究所の建物の上半分が綺麗に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 消防車やレスキュー部隊でごった返す中、一台のリムジンが瓦礫を避けて、変わり果てた医療開発研究所にやってきた。

 

 リムジンの中の人物は、座席に深々と身を沈めた。


 

「吹き飛んだのは七階から上か。証拠になるようなものは皆、消し飛んだか」


 

 マフェットはビルがひとつ吹き飛んだからといって、動じるような人物ではなかった。むしろ、不利な証拠が消えたことを喜んでさえいた。


 

「財団の超能力者の死体は見つかったか?」


 

「さあ。この有様ですからね、探し出すのに時間がかかるでしょう」


 

 運転席のエミルが、大して関心がないように答えた。

 


 

 その時突然、リムジンの窓が叩かれた。

 マフェットは、消防隊員が注意にやってきたのかと、笑顔で窓を下げた。

 

 ドアの外に立っていた人物を見ると、マフェットのその笑顔が凍りついた。


 

「やあ、また会いましたね」


 

 ダリルはリムジンに手をかけにこやかに言った。

 あちこち傷だらけで、服も埃っぽく、たった今現場に駆けつけたのではなさそうだった。

 

 笑顔のダリルとは対照的に、マフェットは黙ったままで、いつもの事務的な笑顔を浮かべるのさえ忘れているようだった。

 

 ダリルはなおも笑顔で話し続けた。


 

「私もたまたま現場に居合わせましてね。おたくが超能力者の保護者だったとは知りませんでしたよ。ただ躾くらいはきちんとしておいた方がいいですね。それに」


 

 ダリルは射るような視線でマフェットを見つめた。


 

「十三階では面白いものを見せてもらいました。ちょっと変わった趣味ですよね」


 

 そして運転手に視線を移し、僅かに眉を寄せた。


 

「今日はもう失礼しますが、近いうちにまた話を聴きに伺いますよ」


 

 それだけ言うと、ダリルは自分のおんぼろセダンに戻っていった。

 彼女が向かったセダンの横には、ふたりの男が立っていた。

 

 三人はマフェットのほうをちらっと見ると、車に乗り込んでその場から立ち去っていった。

 

 

 マフェットはその瞳に怒りを湛えて、無言のまま自動車電話に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

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