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 ネオ・デトロイトの中で、最も豪華なことで名を馳せている、セントラル・ビルのメインホールは、着る人によってさまざまな変化を遂げる黒と白、そしてあらゆる色の洪水だった。

 

 本来、地味なはずの男性陣も、派手な女性陣に負けないくらい、工夫を凝らしたタイや、ギラギラ光を反射するカフスなどで、ごてごてと飾り立てていた。

 

 

 ここは業界人に軽蔑と羨望を込めて『マフェット・ビル』と呼ばれていた。

 

 時期市長と噂されるオスカー・J・マフェットには、とかく胡散臭い噂もつきまとっていたが、表面上は資本家で実業家だった。

 マフェットは今日、このセントラル・ビルの買収に成功したことを記念して、盛大なパーティーを開いているところだった。

 

 特別に『選ばれた客』たちの視線は、メインホールの正面に作られた演壇に注がれていた。

 

 演壇には、均整のとれた体つきの中年の紳士が、慈悲深い眼差しで、参列者を壇上から見下ろしていた。

 

 

 

「本日は、私の会社の記念パーティーに、ようこそおいでくださいました。皆さんのお陰で、我が社はここ数年で飛躍的に成長することができました」

 


 マフェットはメインホールの隅々まで見渡すと、芝居っ気たっぷりに両手を広げた。


 

「その甲斐あって、今日正式に、このビルに私の名前をつけることができるようになりました。『OJMビル』と」


 

 ホールのあちこちから拍手が起こった。

 

 マフェットはそれを噛みしめるように、拍手が鎮まるのを待って話を続けた。


 

「今日は多くを語るのはやめましょう、皆さんに楽しんでいただけたら幸いです」

 


 巻き起こる拍手の渦を満足げに見渡したマフェットは、ホールの入り口に視線が釘付けになった。

 そこに立っている女性は、これ以上ないくらいの美貌を持ち、ホールの中のどの女性客よりも際立っていた。

 

 だが、マフェットに関心を抱かせたのは、その美貌だけではなかった。

 彼女は普段着で、それもあまり上等のものとは見受けられず、どう見ても招待客とは思えないその素振りが、マフェットの興味を惹いたのだ。

 

 しかし演壇を降りたマフェットは、即座に招待客らの挨拶や握手に取り囲まれ、その仕事に忙殺されてしまった。

 

 

 

 

 

 ダリルはひとり堂々とパーティー会場に入っていた。

 

 エドアルドたちの向かった医療開発研究所へ寄る前に、直接マフェットに会って『挨拶』しておこうと考えたのだった。

 

『レインコートの男』が支配人マネージャーをしていたパラディス・インフェは、マフェットが直営していたわけではなく、彼が経営する飲食店の子会社の持ち物だった。

 

 しかし事情を聞こうと思っていたバーテンダーが、店で『拳銃自殺』してしまい口がきけなくなったのを受けて、ダリルは手っ取り早く、一番上の責任者であるマフェットに会う事にしたのだった。

 子会社の持ち物とはいえ、大元の経営者に質問を投げかけても、なんら不都合はあるまい、とダリルは勝手に判断したのだ。

 

 ダリルは人混みを掻き分け、マフェットの前へ進み出た。

 


「ミスター・オスカー・マフェット」

 


 ダリルが背後から声をかけると、マフェットは招待客に向けた笑顔のまま振り向いた。

 

 ダリルは身分証(バッジ)を出して見せた。

 


「ネオ・デトロイト中央署のウィラードです。少しお時間をいただきたい」


 

 マフェットは目を丸くしたが、笑顔は崩さすに言った。

 


「これは、どこのご令嬢かと挨拶しようと思っていたのに、刑事さんとは残念でした。もちろん警察のお役に立つなら喜んで。それで、どんなご用ですか?」

 


「ロータウンにある『パラディス・インフェ』という店はご存知で? そこの元支配人のリアム・フッカーという男のことをお尋ねしたい」


 

 ダリルはマフェットをじっと観察していたが、彼は顔色ひとつ変えず、笑顔のまま答えた。

 


「もちろん知ってますよ。フッカーという男には直接面識はありませんが、店の売り上げを掠め取るという報告を受けたので、一週間前に解雇するよう通告して、そのようになっていると思いますが」

 


「では、彼が強盗事件を起こしたことは?」

 


「それは初耳ですね。それはいつのことですか? 下町ロータウンでは下町出身の者に経営を任せるのが良いと思って、その男を抜擢したのですが、なんてことだ」

 


 マフェットは大袈裟な仕草で頭を頭を振った。

 


「子会社の持ち物とはいえ、我が社の社名を汚すようなことをするとは、早めに解雇しておいてよかった」


 

「では、彼の交友関係などはご存じないと」

 


「さて、そこまでは・・・」

 


 そう言って高級な腕時計に目をやると、マフェットは急に慌てた様子になった。

 


「できる限り協力したいところですが、どうやら時間のようだ。次の行事が待っているのでね。今度はオフィスで、アポイントを取ってくれると助かるんだが」


 

 マフェットはそう言いながら片手を差し出した。

 


「二度目は仕事ではなく、プライベートでお会いしたいですね、ウィラード刑事」


 

「・・・」



 笑顔で握手を返しながら、ダリルは心の中で舌を出していた。

 

 ホールを去って行くマフェットの後ろ姿を見送りながら、ダリルは釈然としない気持ちのままその場に立っていたが、やがて踵を返して会場を立ち去った。



 ダリルが会場から出て行くのを見届けてから、タキシードに身を包んだひとりの痩せた男が、マフェットに近づいていった。

 

 その男の着ている、何の変哲も無い黒のタキシードが、その細い針金のような身体を一際細く見せていた。

 彼はさすがに今日は、そのトレードマークのサングラスをかけてはいない。

 

 痩躯の男がマフェットの腕に軽く触れた。

 

 マフェットは腕に触れた男の表情を読み取り、彼を取り囲んでいた人々に許しを乞うてその場から離れた。

 



「何だエミル。どうかしたのか」


 

 先ほどとはがらりと違う声色でマフェットが男に尋ねた。

 


「あのおまわり。さっき話してた女刑事、何て言ったんです?」

 


「彼女がどうかしたのか?」

 


「リアムと運転手を殺したのは、あの女ですよ」

 


 マフェットの顔が一瞬、強張りかけた。

 


「犬からの連絡では、『パラディス・インフェ』でもひと暴れしたらしいですよ」

 


「顔に似合わず、随分と乱暴なお嬢さんだ」

 


 マフェットの口から溜息と共に苦笑が漏れた。


 

「それと」

 


「なんだ、まだ何かあるのか?」


 

 マフェットはうんざりしてエミルに尋ねた。

 


「たった今連絡が入ったんですが、研究所の方にも刑事がふたりきているようです。それも財団の超能力者だそうです」

 


 マフェットは今度こそ顔を強張らせ顔色を変えた。


 

「それも犬からの情報か?」


 

 エミルは黙って頷いた。

 


「やっと計画が軌道に乗りかけたところだ、邪魔させるわけにはいかん。障害の芽は早いうちに取り除かねば。たとえ相手が刑事でも財団の人間でも」


 

「わかってます」

 


 エミルは凶暴な笑みを浮かべた。

 


「あの女刑事の方は、犬を使って手を打ちましょう。超能力者の方は子供たちでなんとかなりませんかね?」

 


 エミルの言葉にマフェットは少し考え込んだ。

 


「よし、医療部に連絡を取っておいてやろう。『P』と『Y』と使え。彼らを失う可能性もあるが、仕方がない。その代わり例の物を持たせるように。必ず財団の者の息の根を止めろ」

 


 エミルはマフェットの指示に頷くと、足早にホールから出て行った。

 

 それを見送りながらマフェットは独りごちた。


 

()()()()()の替わりはいくらでも造れる。だが折角ここまでやり直したのだ。絶対に邪魔はさせん」

 


 資本家の顔に狂気の影が過った。

 

 

 

 

 

 

 

 実業家オスカー・J・マフェットは、ありとあらゆる分野にその触手を伸ばしていた。

 

 経済界はもとより、交通、通信、化学、医療、果ては政界にまで強力なコネクションがあるとまで噂されていた。

 

 特にこの数年は、彼自身過去にさる科学者に師事していた時期があり、その分野に特別な興味を惹かれていたらしく、現場を退いてなお、医療分野に特に力を入れていた。

 やがてその医療分野でのバイオテクノロジーが、めきめきと頭角を現し、彼の富を更に巨額なものにしていった。

 彼個人所有の医療開発研究所は、そのバイオテクノロジーのノウハウを外部に漏らさない為に、民間とは思えないほどの厳重な監視体制が敷かれていた。

 

 

 エドアルドとトオニは、森林地帯を切り開いて建てられた巨大な建物の前に立っていた。

 

 正面ゲートから警備員に案内され、ふたりは一階のフロアで、この研究所の責任者である研究所所長を待っていた。

 

 

「やっぱりダメだ。ここからじゃノイズが邪魔で、はっきり中は透視えないよ」


 

 トオニがエドアルドに向かって肩を竦めてみせた。


 

「やっぱりさ、マフェットクラスの人物の持ち物になると、スパイ防止の対ESPの装置が施してあるみたいだね」


 

「では、ここでは透視能力はあまり役にたたないということですね」


 

 エドアルドはそう言ったが、大して深刻そうではなかった。


 

「どうする?」


 

 上目遣いにトオニが尋ねた。

 


「どうもしませんよ、調査するまでです。もし、財団からの報告が確かなことなら尚更です」


 

 

 やがて白衣に身を包んだ、赤い頬の健康そうな初老の男が現れた。


 

「お待たせしました。私がここの責任者です。何か?」


 

 エドアルドは警察バッジと、それとは違う()()()()()の身分証明証を所長に提示した。


 

「私はエドアルド・マクファデイン、彼はトオニ・フォスターといいます。我々は政府から財団を通じて、特別にここへ派遣されてきました。刑事でもありますので、もちろん捜査権を有しています」


 

 自己紹介を済ませると、エドアルドは単刀直入に、この研究所への来訪の目的を告げた。


 

「この研究所で、違法な生体実験が行われているという報告を受けて、調査に来ました」


 

「ははは。それは何かの間違いでしょう」


 

 エドアルドの言葉に所長は声を上げて笑った。


 

「うちではたしかに新薬開発の最終段階で、臨床試験は行いますが、生体実験なんてそんなことは。よろしいですよ、実際に中をご案内しましょう」


 

 どうぞ、といわれエドアルドとトオニは、所長の後に続いてエレベーターに乗り込んだ。

 

 エレベーターのランプが二十階を示した。

 

 ドアが開いたエレベーターフロアの先に、五、六歳の少年がふたり、笑顔で立っていた。

 少年たちは、ひと房の色違いの髪を除いて、驚くほど良く似ている。


 

「彼らがここの本当の責任者でね。詳しい話は彼らに聞いてくれたまえ」


 

 所長はそういうと、エドアルドたちをその場に残し、自分だけさっさとエレベーターに戻ると、そのままドアを閉じた。

 

 フロアに残されたエドアルドとトオニを見た少年たちは、顔を見合わせくすくす笑いだした。


 

「パープル、この人たちが僕らと遊んでくれる人?」


 

「違うよイエロー、彼らはここの秘密を探りに来たんだ」


 

 本名かニックネームか知らないが、それぞれの色違いの髪の色と同じ単語で呼び合っている。

 

 可愛らしい笑顔の陰に、何か得体の知れない物を隠しているようで、人一倍感受性の強いトオニは、背筋に悪寒が走るのを感じていた。


 

「どっちでもいいよ、どうせ壊れるまでのおもちゃだし」


 

 イエロー、と呼ばれた少年が唇の端をきゅうっと吊り上げた。

 

 びしっと大きな音を立てて、エドアルドと少年たちの立っているフロアの丁度真ん中あたりに亀裂が走った。


 

「マズいよパープル、この人強力なサイコキノだ。弾かれちゃった」


 

 言葉とは裏腹に笑顔でイエローが言った。


 

「ぼくらの腕試しには丁度いいじゃないか」


 

「そっかあ、そうだね」


 

 ふたりの少年はけらけらと笑った。


 

「トオニ、彼らがその調()()()()のようです」


 

 エドアルドが眉を顰め、いつになく緊張した声で言った。

 

 





 

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