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 男たちが殺気立ってダリルに飛びかかっていった。


 ダリルはネコ科の肉食獣のように、しなやかな軽い身のこなしで男たちの攻撃をを躱していき、警察のトレーニングマシンで鍛えた身体から繰り出す拳を、正確に相手の胃袋へ捻じ込むように叩き込んで行く。

 

 彼女の拳を喰らったものは、胃液を撒き散らし腹を抱えて呻いている。


 あっという間に三人を床に這わせたあと、ダリルがなおも目の前の敵に集中しているとき、隙を伺っていた禿頭がいきなり飛び出しナイフを取り出し、彼女に体当たりしようとした。

 

 かかってくる男たちを、涼しい顔で軽く躱していたエドアルドが、ダリルの背後に進み出て、禿頭の前面に立ち塞がった。

 

 禿頭はそのまま構わず、エドアルドに向けナイフを突き出した。

 乙に澄ました色男が腹を刺され、血塗れになりながら転げ回る様を想像し、禿頭は口の端を歪めニタリと笑った。

 

 が、エドアルドは相変わらず涼しい表情を浮かべたままだった。


 禿頭は、柔らかく肉に沈み込むはずのナイフが、いつまでたってもエドアルドに届かないことを訝った。禿頭が視線を下げると、今まさに、手元のナイフに変化が生じているところだった。


 ギラつく刃先がゆっくりと自分の方へ折れ曲がっていく。


 禿頭はびっくりして思わずナイフから手を離した。

 ナイフが音を立てて床に落ち、刃を奇妙に捻れされたまま転がっていった。

 


「背後から凶器を使うのは、フェアではありません」


 

 静かに話す、目の前の得体の知れない優男に対する恐怖を打ち消すかのように、禿頭は獣のような咆哮をあげ飛びかかった。

 

 エドアルドは身構えもせず、相変わらず涼しい顔で突っ立っていた。

 彼は手も足も、指一本さえも動かしてはいなかったが、次の瞬間、禿頭の大きな身体は何かに横殴りにされたかのように、カウンターの奥へ吹っ飛んだ。


 禿頭は何がなんだかわからないまま、ウィスキーやブランデーの瓶と一緒に、大きな音を立ててカウンターの床にのびてしまった。


 

 乱闘の中、沈黙を守っていたバーテンダーが、騒ぎに乗じて裏口から逃げようとしていた。

 店に入ってからずっと、カウンターの隅っこで赤の他人を装っていたトオニが、彼をのんびり呼び止めた。

 


「ねえねえ、僕にも何か飲み物をくれないかな?」


 

 人懐っこい笑顔で問いかけられたバーテンダーは、トオニを睨みつけた。

 


「ガキに出すものなんか置いてねえよ。家に帰ってママのおっぱいでも飲んでな」


 

「ふうん。今からこの店のボスのところへ知らせに行くんだ?」


 

「・・・お前、奴らの仲間だな」

 


 殺気立ったバーテンダーが踵を返してカウンターに戻ってきた。トオニは素知らぬ顔で、カウンターに肘をついたままのんびり言った。


 

「そこにあるのはグラスじゃないでしょ? この店じゃ、お客に拳銃を飲ませるワケ?」


 

 ビクッとしたバーテンダーに、トオニはにっこり笑って話を続けた。

 


「おじさん、超能力者って知ってる? 僕、そうなの。あ、ちょっと」


 

 バーテンダーが、いきなりカウンターの陰から銃を取り出し、トオニの鼻先に突きつけた。引き金に指がかかっている。


 その指に力が入る刹那、トオニがバーテンダーに言った。


 

「ダメだよ? ()()()()()()()


 

 バーテンダーは、ゆっくりと自分自身に向けられる銃口に、驚愕の表情を浮かべたが、そのまま自分の頭を吹き飛ばした。


 

「だから言ったのに」


 

 トオニはそのまま背後に倒れていくバーテンダーに向けて、相変わらずのんびりとした口調で言った。

 

 

 店の表が急に騒がしくなり、サイレンの音が聞こえ始めた。

 ダリルは殴りかけていた男の一人を放り出し、エドアルドとトオニに声をかけた。


 

「やばい、誰かが警察を呼んだらしい」


 

 およそ警察官とは思えないことを言ったあと、ダリルはふたりを急かした。

 


「来い。ここを出るんだ」

 


 警部ボスから手を出すなと念を押されていたからには、ここで仲間に見つかるのはダリルにとって良い状況とはいえなかった。


 少しばかりやりすぎたようで、どのみち警部には知られてしまうだろうが、ダリルはそれまでになんとしても、『サングラス』を探し出すつもりだった。

 

 警察なかまの到着でその場から逃げ出そうとするダリルを、エドアルドとトオニは訝った。

 だが彼女は有無を言わさずふたりの背中を押すようにして、早々と裏口から通りへ逃げ出した。

 


 



 冬の冷たい風と、手掛かりが何も掴めなかったことが、ダリルの頭に冷水を浴びせたようだった。冷静になった彼女は深々と息を吐いた。


 

「今日はもう帰っていいぞ。署まで送る」

 


 運転席に乗り込んだダリルが言うと、同じく助手席に乗ったエドアルドが尋ねた。

 


「明日はどうするのですか? やはりこの件は担当者に任せて、私たちは本来の仕事をした方が良いのではありませんか?」


 

 反論しようとして、ダリルは考え直した。


 エドアルドの聖人のような物言いやトオニのふざけた態度は気に入らないが、彼らの能力は使える。今はどんな些細なことでも手掛かりが欲しかった。


 僅かの間で判断したダリルはエドアルドの言葉に素直に従った。


 

「わかった、そうしよう」


 

 一旦トーマスの件から手を引くなど、もちろんうわべだけの言葉だった。

 

 ふたりの超能力者相手に、上手くごまかせたかどうかは甚だ怪しいものではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、相変わらず混雑している署に着くと、早々に警部の呼び出しがかかっていた。エドアルドとトオニの姿は見当たらない。

 

 新人のくせに遅刻かよ、とぼやきながら警部のオフィスに入ると、彼はダリルをジロリと睨みつけ、開口一番に言った。

 


「昨日『パラディス・インフェ』という店で、大暴れした刑事がいたそうだが?」


 

「へえそう?」


 

 ダリルは悪びれることなくしゃあしゃあと答えた。


 警部が力任せにデスクを叩いた。


 

「お前のことだ!! あれほど念を押したのにまた命令違反かっ。今度という今度は始末書だけでは済まさんぞ!」


 

 それだけ一気に捲し立てると、警部は肩を落として椅子に座りなおして静かに言った。


 

「・・・お前の気持ちもわからんでもがないが、感情だけで突っ走っては解決するものの解決できん。特にダリル、お前の場合は下手に怪我人が増えるだけだ、少しは俺の身にもなってくれ」


 

 恫喝の次に、今度は泣き落としにかかった中間管理職の男を、ダリルは冷めた目で見つめていた。


 ダリルはこれ以上、警部の愚痴を聞かずに済むようにと話題を変えた。


 

一級刑事(グレード1)たちはどうした?」

 


 警部はまだ何か言いたそうだったが、ダリルの問いに答えた。


 

「彼らには一足先に、仕事先に向かってもらった」


 

「昨日話してた財団からの依頼の仕事か?」


 

 ダリルはほんの僅かの好奇心に惹かれて、仏頂面の警部に尋ねた。


 

「そうだ」

 


「じゃあ、私はもうお払い箱だな」

 

 

 ダリルはこれで心置きなく仕事に没頭できると、安堵の表情を浮かべたが、それを見た警部が慌てて彼女を引き止めた。


 

「そうはいかん。彼らはもう警察の人間だ。お前も彼らと合流して、きちんと報告をあげろ、いいな」


 

 報告、つまり彼らを監視しろということらしい。


 

「教育だの指導だの、綺麗事を言ってた癖に、最初から私を監視役にするつもりだったんだな」


 

 吐き捨てるように言ったダリルに、警部は顔色も変えずに言い放った。


 

「当たり前だ。いくら政府直属だからといって、たかが民間企業に勝手な真似はさせん」

 


 結局警部も、財団の超能力者にあまりいい感情を持っていなかったようだ。


 

「で、その財団からの仕事ってのはどんな内容だ?」


 

「内容までは俺は知らん。郊外にある医療開発研究所で、マフェット・ビルのひとつだ。どうやら彼らは最初からその命を受けていたようだ。詳しくは直接聞き出せ」


 

 どうやら運はダリルに味方をしているようだった。

 昨日乗り込んだ『パラディス・インフェ』も、最近特に有名になった実業家オスカー・マフェットの所有物だったのだ。

 ダリルは思わず浮かびそうになる笑みを堪えて、渋い顔をしている警部に言った。



「わかった。せいぜいきっちり報告させてもらうよ」


 

 言うが早いか、ダリルはオフィスを飛び出していった。

 

 

 ダリルが出ていったあと、警部は大きな溜息を吐いた。

 殺人課の上司が何人か、ストレス性の胃潰瘍で病院送りになったのは、ダリルの所為だともっぱらの噂だったが、あながち大げさな噂ではないらしい。


 

 デスクの引き出しから薬を取り出しながら、警部はダリルの前任の殺人課の同僚じょうしに、言いようのない同情と連帯感を感じていた。






 

 

 

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