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3/19

 

 

 翌朝のネオ・デトロイト中央署は、夜勤明けの者や今から勤務に就く者、ひったてられてきて忘れ去られ、そのまま隅っこで眠りこけているアル中や、書類に忙殺される事務職員などでごった返していた。

 

 いつも通りの、いつもと変わらない朝を迎えている署内を掻き分け、ダリルは署の奥へ奥へと進んでいく。署のずっと奥まった薄暗い場所に、彼女の勤務先である特殊暴力犯罪課はあった。

 

 ダリルの身体はくたくただったが、その頭は冷たく冴え渡っていた。

 

 特暴の課内に入ると、みんな一斉にダリルから目を反らせた。彼女が、周囲を怯えさせるほどの凄い目つきになっているのは、決して寝不足のせいだけではなかった。

 

 出勤手続きもおざなりで、勤務予定が書かれているボードも無視して、ダリルは真っ直ぐネイサンのデスクに向かった。そしてネイサンのそばに立つと、あいさつもせずにいきなり本題を切り出した。

 

  

「トーマスを殺した連中について、何かわかったか?」

 


 ネイサンはゆっくりデスクから顔を上げ、うんざりした顔で答えた。


 

「無理言うなよダリル。まだ十時間も経ってないんだぜ」


 

「それだけあれば充分だろ」


 

 ダリルはにべもなくネイサンを上から見下ろした。


 

「どうせお前は、そこでタバコをふかしているしか能がないのさ。みんなよく知ってるよ」

 


 ネイサンは少しむっとしたような顔をしたが、肩を竦めると特に反論もせず、黙ったままデスクの上の書類に視線を戻した。

 

 ダリルは舌打ちをして、踵を返すと自分のデスクに向かった。

 彼女の向かい側のデスクは書類が乱雑に積まれたまま、持ち主に整理されるのを待っている。だがいくら待っても、持ち主が永遠に現れないということを、その書類たちは知らない。


 

 ちくちくする胃と、ずきずきする背中の打撲に思わず顔を顰めたダリルだが、『痛みを感じるのは、トーマスと違って()()()()()からだ』と自虐的な気分でいると、警部が自分のオフィスからのっそり出てきた。

 

 特暴の主任警部は、部屋の中をぐるりと見回してから、よく通る声でがなりたてた。


 

「全員、よく聞け! 告知がある!」


 

 厄介な雰囲気を察したダリルは、よく見え、聞こえ、尚且つすぐに部屋からトンズラできる壁際へ、猫のようにするりと移動した。

 

 警部は大きなスクリーン下の、拡声器を無視して吠えた。

 


「手短にやるぞ、これは署長からの通達だ。連邦政府から市長を通して、署長に命令が下された」


 

 一枚のシートをこれ見よがしに掲げた。


 

「本日九時をもって、ここ特殊暴力犯罪課に、財団の職員二名が配属されることになった。彼らは一級刑事(グレード1)になる」


 

 部屋中でざわめきが起こった。

 特暴に在籍する者殆どがヒラ刑事(ディテクティブ)で、その財団職員との階級差はなかったが、等級は一番下の三級(グレード3)か、その上の二級(グレード2)の刑事ばかりだったからだ。


 警察内部は細かな階級が決められ、もちろんそれによって給料にも差がある。

 刑事(ディテクティブ)といっても身分は制服警官の巡査(ポリス・オフィサー)と変わらなかったが、一級(グレード1)ともなれば、警部補と同等の給料がもらえることになる。犯罪捜査経験の全くない、一般企業の派遣職員が、いきなり自分たちよりも高給取りになるのだから、特暴の刑事たちの反応は当然な事と言える。

 

 警部はざわめきを無視してそのまま続けた。


 

「階級は一級(グレード1)だが、新米刑事だ。彼()と組みたいものは俺のオフィスに顔を出せ。志願者がいなければこっちで選ぶからな。以上だ」


 

 あちこちで起こる不平不満を無視して、警部はさっさと自分のオフィスへ消えた。しばらくは素人の財団職員の好待遇に対し、激しい怒りの討論が交わされていたが、部屋はすぐに現実に戻り、普段と変わらない程度の騒がしい状態に戻った。

 

 

 

 

 

 一時間後、ダリルの机にある年代物の電話の内線ランプが点滅し、警部のオフィスから呼び出しがかかった。

 

 ダリルは嫌な予感をひしひし感じながら、不詳不精呼び出しに応じノックもせずにその扉を開けた。

 厳つい警部のデスクの横に、ふたりの男が立っている。

 だがふたりともおよそ警察には不釣り合いな、特に特暴(ここ)には場違いなこと甚だしい。

 

 ひとりは上等な服を隙なく着こなした、すらりと背の高い綺麗な男だった。

 軽くウェーブのかかったプラチナブロンドに、透き通るガラス瓶のような碧い目をして、口元には柔らかい微笑が浮かんでる。一見すると金髪碧眼の優男だが、纏う空気は聖職者のようで、どう見てもダリルの苦手とする上流階級の人間のようだった。

 

 その男はまだいい。

 その優男の隣に立つ、ふわふわくるくるの綿菓子頭で、不思議な瞳の色をしたもうひとりは、男というにはあまりにも幼く、どう見てもハイスクールに入りたての子供にしか見えなかった。

 

 ダリルは(いぶか)った。

 普通刑事は二人一組(ツーマンセル)で、三人一組(スリーマンセル)など聞いたことがない。だが、こんなところにわざわざ子連れで来るとは到底思えなかった。


 

 天国からの使者のような微笑みを浮かべているふたりのそばで、警部が地獄の門の門番よろしく、有無を言わさない口調で、ダリルを地獄やっかいごとへと案内した。

 


「志願者が誰もいなかったのでね、ダリル。彼らが財団からの転属者だ」


 

 ()()()()()()だった。誰が好き好んで、財団の超能力者と組みたがるというのだろうか。

 運悪く白羽の矢が刺さったらしいダリルは、当たり前だと胸の内で舌打ちをした。


 

 黙ったままのダリルを気にすることなく、警部は勝手に話を進めていく。


 

「彼女があなた方とチームを組んでもらう、うちの刑事です。名前は、」


 

「ちょっと待った『チーム』って何だ。そこのガキも一緒なのか?」


 

 警部の言葉を遮って、ダリルは綿菓子頭に()()()()()

 

 

「ガキじゃないよ。僕はトオニ、トオニ・フォスター、ちゃんと立派に成人してる」


 

 指を指されてむっとしたのか、ダリルの()()()()()()綿菓子頭が抗議しているが、どこをどう見れば立派な成人に見えるのだろうか。

 ダリルは財団派遣の()()()()()と組む気などさらさらなかった。特に目の前にいる()()()()


 

「私の仕事に『子守』は含まれてない。これからトーマスの件で忙しくなる」


 

「ああ、その件だが、お前には外れてもらう。ネイサンたちが担当することになった」


 

 ダリルは耳を疑った。


 

「あんな能無しの、()()()()()に任せるのか? 冗談じゃない」


 

 もはや苛立ちを隠しきれないダリルの抗議を全く取り合わず、警部はさっさとふたりの一級刑事を紹介し始めた。


 

「紹介が途中だったな。彼女はダリル・ウィラード刑事だ。ダリル、こっちはさっき自分で名乗ったが、トオニ・フォスター刑事。その隣がエドアルド・マクファデイン刑事だ。マクファデイン刑事、ダリルは二級(グレード2)だが、現場では彼女の方が先輩だ。わからないことは彼女に聞いてくれ」


 

「よろしくお願いします。エドと呼んでください」


 

 宗教画から抜け出した天界の住人然とした優男が、微笑みながら手を差し出してきたが、ダリルはそれを一瞥しただけできっぱり無視した。

 彼女は、なおも警部に食い下がろうと口を開きかけたが、それを警部が遮った。


 

「今日は彼らに仕事の内容を教えてやれ。彼らとの正式な初仕事は、財団から提示された事案があるから明日改めて言い渡す。」


 

「なんだよそりゃ。私らは財団の使いっ走りか? ふざけるな」


 

「いいか、これは()()だ。お前は彼らの教育指導に当たる。トーマスの件には口も手も挟むな」


 

 警部に有無を言わさぬ最後通告を下されたダリルは、彼のデスクをバン! と叩いて踵を返すと、そのままオフィスを出て行った。

 

 その時警部の耳にくそくらえ(ファック・ユー)、とダリルの微かな捨て台詞が届いたが、彼は片方の眉を上げただけでそれを黙認した。






 

 

 警部のオフィスから出てきたダリルを、同僚たちが同情と好奇心を秘めた目で見つめていた。が、彼女の背後に続いて出てきたふたり組を見て、彼らの同情心は吹き飛び、一気に好奇心一色に塗り替えられた。

 

 静かだが、かなり怒り狂った様子のダリルの後を、黙ってついていくうちのひとりは、飛び抜けた美貌のすらりとした青年で、もうひとりは上品そうな少年だった。

 

 

 朝からずっと自分のデスクで、書類と格闘していたネイサンがその様子を目敏く見つけ揶揄(からか)った。他の同僚たちは、ダリルの怒りに恐れをなしていたので、誰もネイサンの愚行を止めず黙って成り行きを見ていた。


   

「よおダリル、子守り(ベビーシッター)に鞍替えか? 意外とお前には似合ってるぜ」

 


 笑いながら話すネイサンの、その襟首をいきなり鷲掴んだダリルは、そのまま手のひらを握りこむように力を入れた。

 襟元のシャツごと首を絞め上げながら、ダリルは静かに、だが凍るような声でネイサンに告げた。


 

「お前が同じ警官でなけりゃ、そのお間抜けな頭が涼しくなるように、そのツラにでっかい穴を開けてやれるのにな」


 

 ダリルは本気でそう考えていた。

 ネイサンという男は仲間が死んでも、『昇進するときのライバルがひとり減った』くらいにしか考えない人間だった。

 

 きょどきょど視線を彷徨(さまよ)わせ始めたネイサンを、放り出すように開放したダリルは、怒りのオーラを周囲に撒き散らしながら部屋を出て行った。

 ネイサンは締め上げられた首筋をさすりながら、何かぶつぶつ言っていたが、やがてまたデスクの書類との格闘を再開した。

 

 

 部屋を出てからも、相変わらず無言のまま歩いているダリルの背後で、トオニが勝手に喋り始めた。


 

「ねえ、僕たちのことが気に入らないみたいだけど、僕ら、財団の中でもランクが上なんだよ? 充分役に立つと思うけどなあ」


 

「ああ、そうだろうよ」


 

 ダリルは気のない返事をした。



「なんだよう、信用してないの? 僕は精神感応系が得意だし、エドは力の強い念動力者サイコキノ なんだよ」



 必死で自己アピールしているトオニを無視していると、今度はエド、と名乗った()()()()()が、ダリルに声をかけてきた。


 

「これからどこへ向かうのですか? ミズ・ウィラード」


 

 ダリルは(しば)し、エドアルドが誰のことを指して言ったのか、理解できなかった。

 そして彼が『自分のこと』を呼んだのだと理解したダリルは、その場で立ち止まり、くるりと踵を返して眉間に皺を寄せて言い放った。


 

「黙ってついて来い。それが嫌ならとっとと自分の寝ぐらへ帰れ。それから私をそんな風に呼ぶな、気色悪い」


 

「では、なんと呼んだらいいのですか?」


 

 笑顔を崩さず、あくまでも丁寧な口調で対応するエドアルドに、軽い嫌悪感を覚えながらダリルは答えた。


 

「・・・ウィラード刑事と呼べ」


 

「ええっ、警官ってファーストネームで呼び合うんじゃないの? 僕たちチームの仲間でしょ」


 

 ごく自然な動作でトオニの手がダリルの腕に触れた。


 

「ねえ、()()()()()、って誰が呼んでたの?」


 

 興味深々でトオニがダリルの顔を覗き込んだ。

 

 ダリルは心の中を覗かれたことに気付き、かっと頭に血がのぼるのを感じた。

 

 さっきの名前の呼び方のくだりで、ダリルはトーマスのことを思い浮かべていたのだ。ついでにこのふたりが超能力者だということも思い出し、ダリルはいきなりトオニの胸倉をむんずと掴み、顔を近づけて宣言した。

 


「いいか、クソガキ。今度勝手に人の心ん中をコソコソ覗きやがったら、その目ん玉を抉り出して、ケツに突っ込んでやるから覚えとけ」


 

 ダリルは言いたい事だけ告げると、トオニを突き放すように開放した。厄介なことになったと、ダリルのストレスは頂点に達していた。

 

 ダリルはそのままざかざかと歩き出した。


 ()()()()()彼女の()()()脅しも、上品なトオニにはなんの役にもたたなかったようで、彼はダリルの後ろ姿を見送りながら、悪戯(いたずら)っ子のように肩をすくめてみせた。





 

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