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『サングラス』が無表情のまま、動かない刑事に向け何発かとどめを撃った。車の車体に風穴を開けた凶悪な銃弾を受けるたび、横たわるトーマスがびくん、と身動ぎしたように見えた。
金をせしめた小男の『レインコート』は、この場所にもう用は無いとばかりに、『サングラス』を店の奥へ突き飛ばした。
その時、『サングラス』の手からショットガンが落ちたが、男は落ちた武器を拾おうともせず、店の裏口を探している。
それを見たとき突っ込んでいれば、ダリルはふたりを上手く撃ち斃すことができたかもしれなかった。
そうする代わりに、ダリルは通りを横切って、トーマス・ヘンドリュースの骸に近づいていった。
脈拍を確かめる必要も、仰向けにする必要もなかった。
強力な銃火は、ダリルの相棒を得体の知れない物体に変えていたのだ。
トーマスはダリルが特暴に配属されて以来の相棒で、性別を超え、最高のパートナーで友人だった。
ついさっきまで彼は近くにいて、冗談ばかりとばしていたのだ。
捻れ、千切れかけた血塗れの相棒だったものは、もう二度とダリルをからかう事はない。
「くそっ! くそったれ! ちくしょう!!」
ダリルには悪態を吐くしかほかに方法がなかった。
遠くからサイレンの音が近づいている。やっと応援部隊がやってくるのだ。
その音がダリルを一気に現実に引き戻した。彼女の瞳に火が灯る。
悪態を吐く前にまだ、やることはある。
ダリルは店に向かって駆け出した。
その目つきは荒々しく、怒りのあまり足がもつれて転びそうになりながら、散乱した店内を駆けていく。
裏口の扉が少し開いたままで、そこから搬入用通路の突き当たりを、曲がっていくふたり組の姿がちらりと目に入った。
角を曲がったが、すでにふたりの姿はない。
その先の通りは広く、どの店も閉まっていて薄暗いが、街路灯の明かりで、意外と周囲の状況がよく見える。
通りには駐車中の車がないにも拘らず、ダンボールなどの物陰やその他にも隠れる場所が沢山あった。ダリルは周囲を警戒しながら、速度を落として歩みを進めた。
微かな物音に振り向くと、ビルの避難ばしごに小さい『レインコート』が片手でぶら下がって、ダリルに向けショットガンを構えている。
ダリルが咄嗟に、ダンボールの山に飛び込んだのとほぼ同じくして、彼女が身を隠したダンボール箱の上を、ショットガンの銃弾が吹き飛ばした。
「これが済んだら、ショットガンの開発者をひとり残らず呪い殺してやる」
ダリルは毒づきながら、匍匐前進でダンボールの山の奥へ移動していった。
カチッという鋭い金属音がしんとした通りに響き、そのあとすぐにカチッカチッと、何度も撃鉄の落ちる音が響いた。
弾切れだ。
ダンボールの陰から、笑みを浮かべながら立ち上がったダリルは、彼女の持つ美貌のせいで、慈悲深い女神のようではあったが、その目の奥では煉獄の炎が燃え盛っていた。
避難ばしごから飛び降りた『レインコート』は、弾切れのショットガンを通りに放り投げ、通りを駆け出した。
ダリルは全力で後を追って駆け出した。
彼女にとってはまだ楽に近づける距離だった。
前方に歩行者専用のトンネルが見えて、『レインコート』はそこへ消えていった。ほかに出入り口はない。トンネルの中は暗いが、ぼんやりと影は見分けられる。
ダリルは息を殺し、聞き耳をたてながら奥へ進んだ。
突然、横合いから黒いものが突っ込んできた。
ダリルはかろうじて身を翻して躱すと、即座に銃を構え一発、二発、三発と撃ち込んだ。
『レインコート』は仰け反り、かくんかくんと膝を折り、暗いトンネルの地面にどさりと仰向けに倒れた。
ダリルは緊張を解き、深く息を吐き出した。
と、急に人間のものとは思えない唸り声とともに、地面に仰臥していた男がむっくり起き上がってダリルに手を伸ばした。
ダリルはぎょっとして飛び退き、『レインコート』にさらに二発撃ち込んだ。男は再び仰向けに倒れ、今度こそ本当に動かなくなった。
「まさか、こいつ・・・!」
銃弾を喰らっても、まるでゾンビのように起き上がってきた、『レインコート』の反応に心当たりがあったダリルが、死体を確かめようと屈み込んだその時、トンネルの暗闇から『サングラス』が飛びかかってきた。
ダリルがくるりと向き直り、銃を向けようとしたその手首に、『サングラス』の手刀が決まった。びりっと痛みが駆け抜け、銃はダリルの手を離れ、地面を転がって暗闇に消えていった。
銃に駆け寄ろうとしたダリルだったが、不意に浮遊感を感じるとそのまま硬い地面に投げつけられた。
「うっ・・・ぐ!」
背中を地面に強かに打ちつけたダリルは、一瞬息が詰まって喘いだ。そのせいで、さっき街で見た電飾ツリーのように、目の前がちかちか点滅し始めた。
針金のように痩せた『サングラス』の、どこにそんな力があったのか、男はダリルを子供のように持ち上げ通路に放り投げたのだ。
壁にぶつけられなくてよかったな、とダリルは馬鹿なことを考えていたが、次にはそれがきそうだった。
はるか遠くでサイレンが、鳥の羽ばたきのように微かに聞こえている。
ダリルに更なる一撃を加えようと『サングラス』が拳を振り上げたその時、微かだったサイレンの音が喧しく響き始め、点滅し輝くライトがトンネルの入り口を照らした。
『サングラス』はライトの方向を確認し、さっと反対方向に踵を返すと、ダリルには目もくれず、トンネルの反対出口に向かって全速力で逃げていった。
ダリルは消えてく足音を聞きながら、痛む身体でやっと起き上がり壁に凭れかかった。
灯りの方角から制服警官が走ってくるのが見てとれた。
遅すぎる。何もかも、全部遅すぎた。
いいようのない怒りが身体中を駆け巡り、それを吐き出すかのように、ダリルは深い溜息を吐いた。
ダリルは、検死官達がトーマスの亡骸を遺体袋に詰め、死体運搬車に積み込むところを、ぼんやり眺めていた。
鑑識や制服警官で溢れかえるドラッグストアの店内を、招かれざる客のように目的もなく移動しているダリルに、声をかけるものは誰もいなかった。
ダリルを知っているものはトーマスのことも知っていた。
彼らはここで何があったか、トーマスがどうなったか知っているし、今のダリルに話しかけないほうがいいことも、充分承知していた。
「標準的な軍用のショットガンのようだな」
メモを取りながら、鑑識のウィーバーが頷いている。
「じゃあ、あそこのオンボロ車に大穴を空けたのは、一体なんなんだ?」
ダリルは若干いらついていたが、なんとか気持ちを抑えて、おとなしく質問していた。
ダリルの胸中を充分察していたウィーバーは、振り向いてゆっくり答えた。
「これだよ」
そう言って現場で回収したらしい、未発射の弾をダリルに見せた。
「弾が特別性なんだよ。使われたのはショットシェルじゃなくてライフル弾だ。この弾が相手じゃ、トーマスがコンクリート壁に隠れてても、同じことだったろうな」
「じゃあ、」
そこから犯人が辿れるのではないかと、疾ったダリルをウィーバーは冷静に制した。
「特別性と言っても、街の東のほうで三軒ほど扱ってる。君も欲しいかい? 伝手があるから紹介するよ」
つまりよくあるということで、手掛かりにはならないということだった。
ダリルは重い体を引き摺って、トーマスの記憶と共に現場から離れていった。
次回、やっと超能力者登場。