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完全体。
現在の超能力者は、多かれ少なかれ身体のどこかに不具合を抱えている。力の強いものほどそれは顕著で、そのせいで短命なものも多い。
政府が望んだのは、真に超人と呼べる超能力者だったのだ。
「実験は失敗ではなかったのですね」
エドアルドの言葉にマクファデインは頷いた。
「後にも先にも、その一例だけだったがね」
当時の記憶を思い出しながら語る彼は苦い顔をしている。
「政府は従順で扱いやすい超能力者を望んでいたが、造られたとはいえ一個の人格を持つ人間だ、そう簡単に思うがままになるわけもなかった。政府の思惑など所詮は机上の空論に過ぎなかったのだ」
その上、その完全体は幼さゆえ感情の起伏が激しく、力のコントロールも不完全な有様だった。
その能力があまりにも破壊的で不安定だったため、待ち望んでいたはずの周囲の不安と恐怖を刺激することになってしまった。
完全体を御するためにロボトミー手術も検討されたが、その処理を施せば、せっかくの超能力が失われてしまう恐れがあった。
「結局持て余した政府は、コストがかかり過ぎるという『理由付け』をして、プロジェクトの廃止と実験体の廃棄処分を決定したのだ」
「廃棄? 廃棄ってどういう事?!」
トオニが叫んだ。
エドアルドは眉を顰める。
マクファデインは、突き刺さるようなふたりの超能力者の視線を受けながら、自嘲気味に言った。
「当時の超能力者は、今のように守られ重用される存在ではなく、都合の良い道具でしかなかったのだよ」
極秘裏に造られた実験体ならば尚更で、名前もなくモルモット同然の扱いだったということのようだ。
もちろんプロジェクトの中止に反対する者もいた。だが政府の命令では、いち研究機関が逆らえるはずもない。
ところが廃棄処分の直前になって、実験体の超能力の暴走が起きた。
「その暴走によって、研究所もろとも消えてしまったのだ」
「消えた?」
「文字通り建物ごと全てが隕石落下の直撃でも受けたように、跡形もなく焼失してしまったのだよ。後には死体はおろか、骨さえ残ってはいなかった」
「では、その実験体も」
「死んだ、と思うが確認は不可能だった。とにかくその事後処理や保証問題で、当時は大混乱だったのでね」
「お話は大体理解しました。では、現在残っているその当時の記録を拝見させてください」
財団でも特別に許可されたものしか立ち入ることのできない、極秘資料を閲覧できる部屋に、エドアルドとトオニは入っていった。
マクファデインは最後まで資料の開示を渋っていたが、結局エドアルドに圧されるかたちになった。
網膜照合が済むと微かな音とともにドアが開かれた。
あとは財団で与えられている個人の認証番号を入力すれば、操作可能になっている、とひとこと言い残してマクファデインは会議に向かった。
その部屋には、長い間誰も入ることはなかったようだ。しかし書庫特有のカビ臭い匂いは一切ない。
資料の保管庫といっても、コンピュータで管理されている為、ただひんやりとした冷気だけが部屋に満ちていた。
エドアルドはコンソールに向かい、キーボードの上でその細い指を躍らせた。
画面上にファイルの一覧が現れる。
その中の『PB』というファイルを開く。
プロジェクト名『PB』。『パンドラの箱』。
ダリルがこの場にいたら、そのネーミングセンスに対して、さぞかし辛辣な言葉を吐き出すだろう。
エドアルドは思わず苦笑した。
現在巷で出回り始めている、新しい薬物の名前にも使われている『パンドラ』。その呼称と薬物の成分が財団の調査網にひっかかった。
そして巡り巡って、マフェット所有の医療開発研究所が財団の捜査の対象になったのだった。
プロジェクトに参加していた専門家や、投資家、卵子提供者などの一覧がずらりと画面に表示された。
次々ページをめくるようにスライドさせていくと、トオニが声をあげた。
「これ。この名前に覚えがあるよ」
トオニが身を乗り出し画面を指差した。
──W・ホワイトウッド。
特暴のオフィスで超能力を使って『周囲を窺っていた』時、乱雑に飛び交っていた思考の中にあった名前のひとつだ。
ダリルとその相棒トーマスが関わった強盗事件で殺された、ドラッグストアの老店主と同じ名前だった。
エドアルドがなおもキーボードを操作すると、ホワイトウッドの顔写真とその詳細が表示される。
ウォーレン・ホワイトウッド。分子細胞生理学者としてプロジェクトに参加している。しかし研究所消失の数ヶ月前に解雇されている。
解雇の理由は記載されていない。
「生き残り以前の話だね。事故当時は現場にいなかったみたいだね」
画面を人物リストに戻し、しばらく画面を走らせたところで、捜していた人物の名前が見つかった。
──オスカー・J・マフェット。
彼は資金面でプロジェクトの参加者だったようだ。
「この様子じゃ、例のお爺さんが強盗にあったってのも、なんだかきな臭いね。よくあるパターンで、今回の計画に協力させた上で口封じとか?」
「推理小説顔負けの解答ですね。ですが、いかにもありそうな話ではあります」
エドアルドはコンソールに向かい、操作を繰り返しながら、笑顔でトオニに言った。
画面にひとりの少女の写真が現れた。
写真の少女は四、五歳ほどだろうか。
不安げな、あるいは泣き出しそうな、大きな翠の瞳がこちらをじっと見つめている。
「これは?」
トオニが覗き込んだ。
「完全体です」
エドアルドが真顔に戻って静かに言った。
彼女に名前はない。ただ番号の羅列があるだけだった。
様々な思いが脳裏を過ぎったが、エドアルドは即座に気持ちを切り替えた。
「とりあえずウィラード刑事に連絡をとりましょう」
「だね。彼女、短気だから証拠も何もなくても、マフェットところへ殴り込みに行きそうだもんね」
エドアルドは苦笑して携帯電話を取り出すと、ダリル個人の電話番号を押した。しかしコールを続けるだけで出る気配はない。
今度は中央署、特暴のダリルのデスクに直接かけてみる。三回ほどコールして男性が出た。
「誰だ」
電話先から異様な雰囲気が伝わってくる。
「マクファデインです。何かあったのですか」
電話の向こうは警部だった。
彼は電話の相手がエドアルドだと分かると、慌てた様子で状況を伝えてきた。
「ルースが殺された。制服警官の話だと、殺ったのはネイサンらしい。銃声で制服警官が駆けつけるのと入れ違いに、署を飛び出していったようだ。そのネイサンも死んだ」
警部は一旦言葉を切り、深呼吸して言った。
「ダリルは一緒か? ネイサンは彼女のアパートメント前の路上で発見された。おまけにネイサンのやつには『パンドラ』の使用の痕跡がある。ダリルの部屋に行ったがもぬけの殻だ」
「ウィラード刑事はここにはいません。ですが居場所の見当はつきます」
「それはど」
エドアルドは警部の言葉を最後まで聞くことはなく、そのまま電話を切ってしまった。
「急ぎましょう。想像以上に事態は緊急を要するようです」
トオニに予知の能力はなかったが、彼の予想は当たっていそうだった。