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「彼女がイエローとパープルを殺したんだよ」
マフェットはそう嘯いた。
だが元はといえば彼自身が、子供たちが死んでしまうかもしれないことを承知の上で、財団の超能力者対処にあたらせたのだ。パープルに至ってはほとんど自滅に近い状態だった。
そんなことはおくびにも出さず、マフェットは全てをダリルの責任にしようとしている。
「持たざる者がどうやって? この人も超能者なの?」
レッド、と呼ばれた少年は先程からダリルを凝視したままだった。
「この人、やっぱり超能力者じゃないよ? でも、なんだか変だ」
レッドの言葉を訝ってマフェットが問い返した。
「何だって?」
「普通の人間とも違う」
レッドの回答は、マフェットの好奇心を揺さぶるのに充分だった。
彼は実業家の仮面を脱ぎ捨てて、目を細め、舌舐めずりせんばかりに言った。
「これは、面白い。新しい実験に最適な人材が、自ら飛び込んで来てくれたとは」
マフェットは笑顔で、揉み手をしながら一歩踏み出した。
「動くなと言ったはずだ」
ダリルがマフェットに銃口を向けなおした。
ほんの一瞬だったが、さっきからチャンスを伺っていたエミルには充分だった。
彼は開いたままのアタッシュケースをダリルの構えるマシンガン目掛けて投げつけ、自らも彼女に跳びかかっていった。
アタッシュケースはマシンガンに命中し、ダリルの手から離れたマシンガンが床を滑り、ダリルとエミルは縺れ合うように床に倒れ込んだ。
チューブが辺りにばら撒かれ、ガラス管が砕けパンドラが床を赤く染めていく。
ダリルはエミルの脇腹に一撃入れ、力が弱まったところで渾身の力を振り絞って、細い彼の体を投げ飛ばし、体勢を立て直そうと素早く片膝をついた。
ダリルの後頭部に硬いものがあたった。
いつのまにか禿頭の男がマシンガンを拾い上げ、ダリルの頭に突きつけていた。
引き金にかけられた指に力が込められる刹那、マフェットが慌てて制した。
「やめろ、殺すんじゃない」
禿頭は口惜しそうにマフェットの指示に従った。
「あんたから、そんなありがたい言葉が聞けるとはね。悪いが私はネイサンのようにはいかないぞ」
ダリルは膝をついたまま、上目遣いでマフェットに苦笑してみせた。
「折角ですから、あなたには新薬の、臨床試験の被験者になっていただきましょう」
マフェットが禿頭に合図した。
ダリルは後頭部を強かに殴られ、その場に昏倒した。
物事に動じないトオニも、この人物の前ではさすがに緊張を隠せなかった。
目の前の人物はそれだけの威厳を兼ね備えていた。
その態度は決して高飛車なものではなかったが、目に見えない威圧感が全身から迸っていて、思わず萎縮してしまうのだった。
「何故、私をわざわざ呼びだしたのかね? 事件の報告なら報告書で間に合うはずだが? それに私はこれから重要会議が控えているのだよ」
ネオ・デトロイトの郊外の、大きな森林地帯にある『エキストラーズ・コーポレーション』のVIPルームで、その紳士は大きな窓を背に静かに抗議した。
「こちらもとても重要な要件なのです」
トオニと違ってエドアルドは落ち着いていた。
静かな怒りを含んだ相手の声にも全く動じる気配はない。
「極秘資料にアクセスするには、財団の理事もしくは、政府から財団の管理を一任されている、あなたの承認が必要だからです。生憎、理事は現在DCで病気療養中ですので」
エドアルドはいつもと変わらぬ静かな表情で理由を説明した。
連邦政府議員であるマクファデイン氏は、愛情と畏怖の入り混じった目で彼の息子をじっと見つめた。
マクファデインの血筋には超能力者など現れたことはない。随分前に亡くなった妻にしてもそうだった。
新しい妻がエドアルドを気味悪がって遠ざけてしまったが、マクファデインは成長するにつれ、亡くなった妻に似てくるエドアルドを愛しく思っていた。
しかし彼もまた現在の妻同様、超能力者が気味の悪いものという考えを捨てきれずにいたのだった。
「二十年前に中止になったプロジェクトについて、出来る限りのことが知りたいのです」
前妻と同じ綺麗な碧い目でエドアルドは言った。
マクファデインは顔を曇らせた。
「過去の古傷を抉るような真似をして、どうするというのだ」
「過去のことではありません。今また同じことが繰り返されているのです」
「知っているとは思うが、詳しい資料は残っていないのだよ。プロジェクト終了間際のものしか残っていない。あとは切れ切れだ」
マクファデインは歯切れ悪くそう答え、ふうと溜息を吐いた。
「一度お伺いしたいと思っていましたが」
エドアルドは、実父のマクファデインにも、丁寧な態度を崩さなかった。
「大きな事故、ということのようですが、プロジェクトが中止された本当の理由はなんです?」
エドアルドの真剣な視線に捉えられ、マクファデインは我知らず視線を逸らせた。
当時、マクファデインの父、エドアルドの祖父がプロジェクトに参加していた政治家のひとりだった。彼本人も、政治家の秘書として、プロジェクトの詳細を知る立場にあった。
エドアルドははマクファデインが関わっているのを知っていたのだ。
彼は何の能力も行使していなかったが、その真っ直ぐな視線には有無を言わせない力があった。
「・・・プロジェクトが発動してしばらくは、全くといっていいほど成果は得られなかったのだ」
マクファデインは観念して話しを続けた。
まず超能力の遺伝子を組み込んだ受精卵が、人の形を成すまで育たない。
人の形を成すところまで進んでも、どこか歪で欠損部分も多く、培養液の中から出る前に死んでしまう。
培養液から出られるまで育っても、せいぜいスプーンを曲られる程度のものばかりで、とても実用的なものではない。
しかもただ力を発揮するだけで、理性も知性も感じられず意思疎通も図れないただの生き物だった。
その個体も培養液から出て、三週間ほどで全て死亡してしまう有様だった。
「プロジェクトチームが行き詰まりを感じていた時、初めて完全体と呼べるものが生まれたのだ」