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ダリルは、ネイサンの銃を窓から放り投げると、服を着け始めた。
ショルダーホルスターを着け、上着のポケットにありったけの弾倉と弾を詰め込む。
無言のまま身支度を整えた時、電話のベルが鳴った。
ダリルは、ちらりと視線を走らせただけでそれを無視し、鳴り続けるベルをあとに、彼女は部屋から出て行った。
ダリルは意外と冷静な自分自身に驚いていた。
トーマスを亡くしたときに身体を突き動かしたのは怒りだったが、今は反対に、心が刃のように研ぎ澄まされているようだった。
駐車場で車のトランクからマシンガンを取り出し、正常に作動するのを確認する。物騒な特暴の常備品ともいえる銃だった。
相変わらず工具箱が着たままの、防弾プロテクターが目に入ったが、そのまま無視してトランクを閉めた。
助手席にマシンガンを放り投げ、ダリルはぼろぼろのセダンのキーを回した。
ロータウンの『パラディス・インフェ』から、ひとりの大柄な男が出てきた。
店を閉めるにはまだ随分早い時間だったが、男は店に鍵をかけ、手にはボストンバッグをひとつ、大事そうに抱え込んでいた。
男は禿頭に白い包帯を巻き、顔も絆創膏だらけだった。
彼の頭やその他の傷は、このあいだの一件で、エドアルドにカウンターの棚に投げつけられた時にできた傷だった。
彼はリアム・フッカーの死後、パラディス・インフェの『ただの』ボディーガードから、『支配人兼』ボディーガードに昇格していたのだった。
彼は早足で店の前に駐車している車に向かっているところだった。
ドアを開け、車に乗り込もうとしたとき、禿頭は肩に手を置かれ振り向いた。
彼より頭ひとつ分は低いが、長身の女が肩からマシンガンをぶら下げ、銃を片手に立っていた。
長身の女、ことダリルは、このあいだ店に現れた時のような、不敵な笑みは浮かべていなかったが、そのことがかえって禿頭の男の恐怖心を掻き立てた。
慌てて車に乗り込もうとしたが、ダリルが力任せにドアを蹴りつけた。
「ぐげっ」
身体を勢いよくドアに挟まれ、禿頭は車から滑り落ちるようにその場に蹲った。ダリルの細い腕が、禿頭の襟首を引っ掴んで、彼を道路に引き摺り出した。
「ずいぶん急いでるな、デートか?」
ダリルはグロッグの銃口を向け、にこりともせずに問いかけた。
禿頭は黙ったままそっぽを向いたが、その横っ面をダリルがいきなり銃床で殴りつけた。
「質問に答えろ」
ダリルに冷たく見下ろされ、そのあまりの迫力に禿頭は、思わずごくりと唾を呑みこんだ。
「店の売り上げを届けに、オーナーのところへ行くんだ」
禿頭がそう言った途端、ダリルは彼をもう一度殴りつけた。
顔面を朱に染めながら禿頭は覚悟を決め、ダリルが本当に知りたがっていることを話した。
「来月捌く分のパンドラをもらい受けに行くんだ」
「上出来の回答だ。私も同行させてもらおうか」
ダリルが初めて笑顔を見せた。
だが、禿頭は慌ててダリルの申し出を拒否した。
「そんなことしたら殺されちまう!」
「今ここで、私が代わりに殺ってもいいんだが?」
冗談だろ、と笑い飛ばしたかったが、ダリルからはとても冗談とは思えない気配が漂っていた。
どの道なくなる命でも、少しでも長引く方がいいに決まっている、と判断した禿頭は、ダリルの申し出を受け入れることにしたのだった。
マフェットはイライラしていた。
滅多に本心を露わにしない彼だったが、こと時間に関しては、病的といえるほど神経質だった。
OJMタワーの最上階、展望室も兼ねているようなVIPルームには、彼とエミル、そして巨万の富を生むパンドラを捌く、彼の子飼いの運び屋たちが座っていた。
その部屋の隅、運び屋たちから離れたところに、燃えるような赤い髪の少年が、所在無げに座っていた。
「ぼくはこれからどうなるの? オスカー」
少年は足をぷらぷらさせながら、上目遣いにマフェットに問いかけた。
「心配はないよ。研究所は駄目になったが、今度はあれよりもっと設備の整った研究所ができている」
マフェットは笑顔で少年に語りかけた。
「なに、仲間はまたすぐに増える。今度はお前の遺伝子を使うから、お前の子供ということになるかな」
そう言ってマフェットは愉快そうに笑った。
五歳で親になる?
悪趣味なジョークだと、エミルはふたりのやり取りをききつけ、ちらりとマフェットを盗み見た。
彼は時々、自分の雇い主のこの紳士然とした男が、恐ろしくて堪らなくなる。
実業家になる以前は、科学者の卵だったというが、一体どんなことをしていたのか、どちらにせよ尋常なことではないに違いない、とエミルは密かに考えていた。
さわさわと静かな話し声がしている、VIPルームのドアがノックされた。
最後の運び屋が到着したようだと、ドアの側で控えていた見張り役がドアノブに手をかけた。
ドアノブを回そうとした刹那、内開きのドアが勢いよく開いた。
見張り役の男はドアに弾き飛ばされ、無様に大理石の床に転がった。
それとほぼ同時に、顔を腫らし、頭に包帯を巻いた禿頭の男が、部屋の中に転がり込んできた。
VIPルームに居た全員が、一斉に椅子から腰を浮かした。
「全員動くな! 警察だ」
ダリルはマシンガンを構え、部屋の中をぐるりと見渡し目的の人物を見つけると、彼に視線を固定した。
「これはこれは、ウィラード刑事。随分と派手な登場ですね」
マフェットは悠然と、笑顔でダリルを迎え入れた。
「ということは『犬』はしくじったのだね」
「ネイサンのことか? 『犬』ってのはまた、奴にぴったりのあだ名だな。この寒空の下、道路で永眠中だ」
「令状はあるのかね?」
表面上は落ち着き払ってマフェットは言ったが、ダリルは無視して、中央テーブルに上を指した。
「そのテーブルの上、アタッシュケースを開けてもらおうか。さぞかしいいものが詰まってそうだ」
マフェットはエミルに目で合図し、エミルがアタッシュケースに手をかけた。
パチンパチンと音をさせ開かれたその中には、小分けされた赤いチューブと、太いガラス管に詰まったパンドラがぎっしり詰まっていた。
マフェットは逃れようもない現場を、刑事のダリルに押さえられたにしては、あまりにも落ち着きすぎている。
ダリルの神経がちりちりと、危険信号を発していた。
ふと、部屋の隅の少年が視界に入った。
どこかで見た記憶が蘇り、ダリルはマフェットに気づかれないように舌打ちをした。
遺伝子操作で造り出された未登録の、超能力者。
マフェットが落ち着き払っているのは、例の超能力者いるからだった。
マフェットはダリルの表情を読み取ったのか、ちらりと少年に視線を走らせると、ダリルを正面から見据えて言った。
「どうやらご存知のようですね。ああ、そうでした。あなたは『事故のあった』研究所にいらしてましたね。では話が早い。レッド、こっちに来なさい」
そう言うと少年を手招きし、マフェットは自分の隣に立たせると、まるでペットの子猫でも撫でるように、少年・レッドの頭を撫でながら言った。
「素晴らしいでしょう? 彼はイエローやパープルよりも、より完全体に近い。私の長年の夢の結晶ですよ」
マフェットはダリルから視線を逸らさず、屈みこんでレッドに囁いた。
「彼女がイエローとパープルを殺したんだよ」
「・・・本当なの?」
マフェットに囁かれたレッドは、じっとダリルを凝視している。そして子供のまま、中身だけ違うものに変化したように見えた。
ダリルの背筋に悪寒が走った。