第2話 サンドイッチ
「えと、店を救うって、具体的に何をすれば……?」
「恭輔……、そういう大袈裟な表現はお前の悪い癖だぞ。河本君が困っているだろう」
なかば呆れ気味に、床に伏す滝沢さんを見下ろす羽賀先生。
「何かアドバイスをくれるだけでいいんだ! こうしたらもっとお客さんが来てくれる……みたいな!」
頭を上げて、こちらを見つめて懇願してくるおじさん。
うーん、アドバイスか……。
店の外装も内装も素晴らしいものだった。
それに埃や汚れなどを探しても見つからないから、客が来ない割に掃除もマメに行なっているようだ。逆にそれくらいしかすることがないのかもしれないが。
だが、唯一気になる点と言えば。
「店の名前を変えた方がいいと思います」
「え!? 『男の汗』って自信あったんだけどな……」
マジかよ。
え、なんで少し落ち込んでるの?
「逆にどうやったらそんな気持ち悪い店名になるんだよ」
ついついタメ口になってしまったが、滝沢さんは気にする様子もなく。
「汗水流して働く男ってカッコいいでしょ? そんな男たちのようなカッコいいお店にしたかったんだよ」
「うわぁ……」
ふむ。この人はアホなんだろうか。
俺が呆れていると、その様子を見ていた羽賀先生が口を開く。
「確かに店の名前は変えるべきかもな。汗を流して働く男性に憧れたのなら、『男の汗』じゃなくて『汗の男』の方が適切だろう」
「……羽賀先生?」
「なるほど! 流石は博光だな!」
あれ、もしかしてマトモな感性持ってるのって俺だけ……?
それとも俺がおかしいの?
とにかくこのままじゃマズい。確実にこの店は潰れてしまう!
「今どきお洒落な店っていうのは、馬鹿な女が『あ〜可愛いすぎぃ〜〜♡ 』って言ってすぐにSNSで拡散してくれるから、若い女子層狙いの店名がいいかと」
咄嗟に適当なことを言ってしまったが、あながち間違いではないだろう。
「なるほど。……だが少年よ、具体的にはどんなのがいいんだ?」
滝沢さんの俺に対しての質問を聞いて、羽賀先生が口を挟む。
「若い女性をターゲットにするなら、『汗のイケメンの男』とかはどうだ?」
「確かに、イケメンって書けば女はイチコロだな! 流石は博光!」
「……先生、ちょっと静かにしてもらっててもいいですか?」
「お、おう……」
このまま羽賀先生を喋らせ続けてたら、この汗男大好きマンの店名は未来永劫汚い感じのままだろう。
それに"イケメンの男"って、"頭痛が痛い"みたいになってるし。
とは言っても、俺もいいアイディアが浮かんでいるわけではない。
さてどうしたものか。
……もう面倒臭いし、適当な英単語でいい気がしてきた。
ほら、カタカナってだけで何かお洒落感出るじゃん?
「『喫茶 グレイス』とかどうですか?」
"上品"とか"優美"とかって意味だった気がする。
捻りなど皆無である。
それを聞いた2人の反応は。
「悪くないんじゃないか? なぁ、恭輔」
「ああ。……ところで少年、グレイスってどういう意味なんだ?」
「私の見立てだと『汗のイケメン』なのだが、違うかい? 河本君」
……あなたは残念なイケメンですよ。
というか、もう汗から離れてください……。
「違います。優美って意味ですよ。……まあとりあえず、店名はこれで決定ってことでOKですかね」
「優美か……、確かにオシャレな感じはするなぁ。よし、店名はそれでいこう! ありがとう、少年」
頭を下げる滝沢さん。
だが、店名を変えたくらいで客が来るとは到底思えない。
何より大事なのは、提供される料理の味だ。いくら店がお洒落でも、料理が不味かったら元も子もない。
そんな旨を滝沢さんに伝えると、『わかった、すぐに作るから試食してみてくれ!』と意気揚々と調理を始めたのだった。
昼休みに卵焼き一欠片を食べたきり何も食べていなかったから、正直ありがたい。
待たされること15分程。
テーブル席に座って雑談していた俺と羽賀先生の眼前に、サンドイッチが運ばれてきた。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れる。空腹だったこともあるだろうが、とても美味そうに見える。
そう、見た目は悪くないのだ。だが問題は味だ。
「じゃあ、いただきます」
三角形にカットされたサンドイッチを1つ手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
シンプルに卵だけをサンドしたサンドイッチだが、胡椒が効いていて良いアクセントになっている。
……美味い、美味すぎる。いや、美味いというより、この味は………………。
「お、おい少年。どうして泣いてるんだ? そんなに不味いのか?」
俺は気づくと涙を流していた。
このサンドイッチが、何年も前に食べた"あの女の子"のサンドイッチに味が似ていたのだ。
俺に"料理人"という夢をくれた、あの女の子のサンドイッチに。
いや、似ているというよりほぼそのまんまだ。
「……滝沢さん、最高の味です。何も問題ないです」
「本当か! そいつは嬉しいねぇ」
この味を提供できるなら、世間で話題になってもおかしくはない。
俺は懐かしい味のするサンドイッチを黙々と食べ続けた。
そんな俺に、滝沢さんが。
「少年、約束の品だ」
コトリとテーブルに置かれたのは、淡い緑色をした小瓶だった。
「万能薬だ。グレードの高いものだから、大抵の魔物由来の症状は治せるはずだぜ」
顎の無精髭を触りながら、笑顔でそう言ってくれた。
俺は、未だに頰を流れる涙を拭うと、
「ありがとうございます!」
全力で礼を言った。
サンドイッチの懐かしさと、大桑たちを救えるかもしれない薬を受け取ったことで、なんだかとても興奮していた。
そんな俺に対して。
「少年、別にタメ口でいいぞ。少年は俺の無茶な頼みにも真摯に応えてくれたんだ。感謝してるからな」
滝沢さん……。
「わかった。薬ありがとうな!」
「おうよ!」
手を軽く上げてそう言うと、それに滝沢も返してくれたのだった。
「さて、薬も貰えたことだし、私たちはそろそろあっちの世界に戻るよ。恭輔、色々ありがとうな」
「そのことなんだが、博光はもう少しこっちに残ってくれないか? お互い積もる話もあるだろう。それに、手伝ってもらいたいこともある」
「何だ? 私に店の宣伝でもやらせるつもりか?」
「察しがいいな、相変わらず」
羽賀先生は『全く、仕方ないな』という感じで。
「河本君、そういうわけだから、先に1人で戻っておいてくれないかい? 私も、事が済んだらすぐにそっちへと戻る」
「……わかりました」
「それと、念のために連絡先を交換しておこう。何かあったら、すぐに連絡してくれ」
「お、じゃあついでに俺とも交換しとこうぜ」
こうして2人と連絡先を交換した。
その後、屋上から飛び降りたときと同様に、羽賀先生があの魔道具を取り出した。
そして紫色の光の弾丸が、またもや俺を貫いたのだった。
「行っちまったな」
「ああ」
「あの少年を見てると、何だか昔の出来事を思い出すなぁ……」
「何か言ったか? 恭輔」
「いや、何でもない。それより万能薬の代金分の仕事はきっちりしてもらうからな」
「わかってる。店の宣伝でもすりゃいいんだろ?」
「冗談だったんだが……。まあいいか。ありがとな、博光」
その後しばらくして、"喫茶 グレイス"の宣伝のために街へと繰り出す2人であった。