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第1話 異世界

 何が起こったのだろうか。

 どうやら死なずには済んだようだが……。

 気がつくと、俺は見知らぬ街の大通りに立っていたのだった。

 レンガ造りの建物が建ち並んでいるが、やはり俺の記憶にはこんな街並みは存在しない。


「少し驚かせてしまったかな?」


 事態を飲み込めずにいた河本に、暖かさを感じられる声がかけられた。

 黒スーツをピシリと着こなした化学教師、羽賀博光である。


「あの、ここって一体……?」

「……私の故郷の街『パトリア』だ。君からしたら、異世界に来たってことになるかな」

「異世界?」


 異世界って、アニメとかでよくあるあの異世界?

 いや、俺自身アニメ好きというわけではないのだが、妹によく色んなのを観させられてるからなぁ……。変に知識がついてしまっている。

 ……とにかく、今大事なのはここが本当に異世界なのかということだ。

 俺はチラリと羽賀先生の方へ視線をやる。

 この人の真っ直ぐな目を見ると、嘘をついているようには到底思えない。

 それにこの人は命の恩人じゃないか、疑うのは良くないだろう。

 不可解な点は多々あるが、羽賀先生の言うことを信じてみることにした。

 そのとき、俺の内心の疑念を察したのだろう、羽賀先生が。


「聞きたいことは山ほどあるだろうけど、とりあえずは私の知り合いがやっている喫茶店まで移動しよう。ここだとスーツやブレザーで悪目立ちしてしまっているからね」


 言われて気づいたが、周りを歩いている人々は日本では見たことのないような珍しい格好をしている。

 それがまた、異世界感を強めているとも言える。

 確かに、スーツや制服姿では周りから浮いてしまっているな……。

 意識した途端に周囲の人たちから見られているような気がしてきて、少し恥ずかしくなる。


「ここから知り合いの店までは割と近い。私についてきてくれ」


 そう言って歩き出す先生。

 ついていかない意味もないので、言われた通りに歩みを進める。


 5分ほど歩いただろうか。先生が足を止めた。


「ここだ」


 そこには、周囲の建物と比べても一際お洒落な感じの建物が建っており、看板には『喫茶 男の汗』と書かれていた。

 ……店の外観は文句の付け所が無いくらい素晴らしいのに、どうしてこんな名前にしちゃったんだろうか。

 正直、食事をする店についていて良い名前ではない気がする……。


 これまたお洒落な扉を開けて中に入っていく羽賀先生に続いて、俺も店内へと足を踏み入れる。

 扉を開けたことでカランコロンと音が店内に鳴り渡る。それに対し、


「え、お客さん!? い、いらっしゃいませー!」


 ダンディーな声でそう返ってきた。

 その声の主の方に視線をやる。

 赤みがかった茶髪に、顎に生えた無精髭。スラリとした体型の長身である。ざっくりと言うならば、ちょっとカッコいいおじさん。


「相変わらず閑散としてるんだな……」


 苦笑交じりに辛辣なことを呟く羽賀先生。


「って何だよ、博光じゃん。久しぶりだなぁ」

「ああ。……戻ってくるつもりは無かったんだが、色々あってな」


 羽賀先生のここまで砕けた話し方は初めて聞いた気がする。

 どうやらこのおじさんが、羽賀先生の言っていた知り合いのようだ。

 そんなことを考えていると、そのおじさんが俺の方を見ていることに気付いた。


「ところで博光、その少年は?」

「あ、河本涼です」


 一応、軽く頭を下げておく。


「俺は滝沢恭輔(たきざわきょうすけ)。よろしくな」

「私の件に巻き込んでしまったんだ。彼に色々と事情を説明したい、しばらくの間、席を貸してくれないか?」

「そうか……。どうせ客も来やしないし、いつまでも好きに使ってくれ」

「すまん、助かる」


 そんなわけで俺と羽賀先生はカウンター席に着いた。

 先生から説明されたことをざっくりと纏めるとこうだ。

 まず、どうやって異世界に来られたのか。

 結論から言うと、魔道具の力らしい。

 先生が胸ポケットから出して見せてくれたが、拳銃の形をしているものだった。と言ってもリアルな感じではなく、割とメカメカしい見た目だ。

 撃ったものを異世界に飛ばしたりできるらしい。

 魔道具の中でも珍しい物で、これを奪おうとしているヤツらもいるそうだ。

 羽賀先生が俺の元居た"向こうの世界"に来て教師をしていたのも、そんなヤツらから雲隠れするためだったとか。


 そして、あの化け物について。正式名称は『テディウム』で、"こっちの世界''の人里離れたところに生息している魔物だそうだが、どうして"あっちの世界"に現れたのかはわからないらしい。


 とまぁ、こんなところだ。

『一気に頭に詰め込んで理解するのは無理だろうから、今は頭の隅にとどめておく程度で大丈夫だよ』と羽賀先生が言ってくれたので、今回はそのお言葉に甘えることにする。

 いきなり異世界だの魔道具だのって言われて、すぐに納得できる方がおかしいだろう。


「しっかしなぁ、私の知る限りテディウムに粘液をかけられて同じ姿にされてしまうなんて話、やっぱり聞いたことないんだけどな……」

「ん? 何の話だ?」


 先程まで1人で暇そうにコーヒーを啜っていた滝沢さんが、羽賀先生の独り言に食いついた。


「私の職場での話だ。テディウムに粘液をかけられた人たちが、皆テディウムに変貌したんだよ」

「確かにそりゃ聞いたことねえな。テディウムの粘液飛ばしなんて、ただの嫌がらせみたいなもんだしな……」


 顎の無精髭を触りながら、そう答える滝沢さん。

 しかし、何かを思いついたような素振りをみせると、


「なあ、魔物に毒を食らっちまったとき用の薬とか、そのテディウムにされちまったヤツらに効くんじゃないか? もしかしたら元の姿に戻せるかもな」


 なんてことを言い出した。

 対魔物用の薬なんて、流石は異世界といった感じだ。

 でも本当に魔物用の薬が効くのなら、一刻も早く大桑たちを元に戻してやりたい。


「ああ、あの薬屋に売ってる万能薬か。試してみる価値はありそうだが、私にあんな高い薬を買えるほどの所持金はないぞ……」

「いや、その心配には及ばん。この前買ってきたのが残ってるんだ」


 ……え?

 滝沢さんの口から思いもしない言葉が飛び出した。

 この人は今、大桑たちを元に戻せるかもしれない薬を持っているというのだ。


「本当か? 譲ってくれるとありがたいのだが」

「俺からもお願いします! 化け物にされた友達たちを助けたいんです!!」


 気がつくと俺は、羽賀先生と滝沢さんの会話に割り込んでいた。


「お、食いついたな少年。すぐにでも譲ってあげたいが、条件がある」

「条件……ですか?」


 俺は唾をゴクリと飲み込んだ。

 どんなことを要求されるのだろうか。いや、大桑たちの為だ。なんとしてでも薬を譲って貰えるように頑張ろう……!


 しばしの沈黙の後。


「…………俺の店を救ってください! このままだと潰れちゃうんです!!!」


 何を言われるのかと思ったら。

 目の前で滝沢さんが半泣きで土下座しているのであった。

 にしても、俺にどうしろと……。

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