第三話 下界へやって来たのはいいけど、どうやら迷子になってしまったようだ。
光だ、赤、青、黄色――様々な色彩の光が虹の如く眼前に広がっていく。
オマケに純白の光の粒子も、あっちこっちで飛び交っている――ワープゾーン内は幻想的だなぁ。
「グ、グエッ!」
だが、そんな幻想的な光景も、あっと言う間に終焉を迎えるのだった――と同時に、俺は顔面から地面に衝突したようだ。
ふええ、天界から下界へとワープゾーンを介してやって来たのはいいけど、こんな酷いカタチで……う、鼻血だ、鼻血が両方の鼻の穴からダクダクと……。
「おい、大丈夫か? ハハハ、猫みたいに空中で身体を反転させて足から着地しないと怪我をするぜ」
「うう、そう言われても……」
「まあ、でも、顔面から地面に追突したとはいえ、鼻血程度で済んで良かったじゃない。下手すりゃ首の骨を折って死んでいた可能性もあったワケだし」
「うええ、不吉なことを言うなよ!」
猫みたいに空中で身体を反転させて足から着地しろだぁ? ソイツは無理な話だぞ。何せ、俺はワープゾーンの中に飛び込むなんて行為は初めてなんだし、身体を反転させるタイミングってモノがわからん! オマケに俺は猫じゃないからな。
「お、どうでもいいけど、ここは兎天原のどの辺だろう?」
「兎天原? 地上のこと?」
「ああ、地上のことを兎天原って呼んでいる。その理由には諸説あるけど、兎の獣人が開拓した大地だからって話が有力だったかなぁ」
「兎の獣人!? マリウスの使い魔のことか?」
ああ、そういえば、マリウスの使い魔――兄貴とヤスは兎の獣人だよな。二足歩行だし、オマケに喋ることが出来るわけだしな。
「懐かしいぜ、兎天原! その前に、俺達は天界にどんだけの期間、居たんだろう?」
「うーん、恐らくは十年はいたと思うッス、兄貴! それはともかく、ここは兎天原のどこら辺ッスかね?」
「ああ、多分、獣の領域だとは思うんだが……」
「まあ、とりあえず、人間の領域じゃなくて良かったッスね」
「あ、ああ、下手すりゃ戦争に巻き込まれていたかもしれねぇーからな!」
「獣の領域? それに人間の領域……戦争だァ?」
よくはわからないが、下界――兎天原と呼ばれる大地は、獣の領域と人間の領域に区分されているっぽいぞ。
んで、人間の領域は物騒な雰囲気を醸し出しているな。兄貴が下手すりゃ戦争に巻き込まれてしまうかもって言っているワケだし。
「おい、そんなことよりもコイツを見てくれよ」
「す、凄くエロ……いや、カッコイイと思う」
さて、エロい一方でカッコイイと思う――とまあ、そんな格好をマリウスが自慢してくるワケだ。
え、どんな格好なのかって? うーん、簡潔に言うと黄金の装飾が施された豪奢で真紅のビキニアーマーだ。
「ああ、このビキニアーマーは重装甲形態に変化させることもできるぜ。後、当然のことながら脱着も可能だ」
「そ、そうなんだ……って、そんなマリウスはともかく、何か着なさいよ、アルテナ!」
「悪い悪いっつうか、俺はこの黒いTシャツと白いパンツ以外の衣装を持っていないんだ」
「あ、ああ、そうだった。しまったわ、下界へ来る前に何か渡しておけばよかった……」
「面倒くせぇから、このまんまでいいわ。家にいる時は、いつもこんな感じで過ごしていたしな」
「ちょ、破廉恥よ!」
「そう? うーむ、破廉恥かァ……」
へえ、身に纏っている真紅のビキニアーマーを重装甲状態に変化させられるのかぁ! それと同時に脱着も可能……一瞬で素っ裸になれるってこと?
さて、そんなマリウスはともかく、黒いTシャツとローレグ型の白いパンツ以外、俺は何も身に着けていない状態で兎天原へとやって来ている。ハハハ、なんだかんだと、他の衣装を持っていないことだし、まさに一張羅ってヤツだな。
オマケの生前の俺の部屋着みたいなモンだし、あまり気にならないというか……。
つーか、オリンデの言う通り、俺は破廉恥なのか……。
「なあ、私やアルテナことをアレコレ言う前に、お前はどうなんだ、オリンデ?」
「え、私?」
「ご主人様、まだ気がつかないのですか? あ、鏡ならここに」
「ちょ、ボブ! それは天界のヴァルハル宮殿内にある私の私室内に置いてきた愛用の手鏡……ん、どうでもいいけど、ちっちゃくて見づらいわね」
「そりゃそうさ。今のお前は突撃してくる猛牛を殴り飛ばせるくらいのデカブツになっちまっているしな」
「ど、どういうことよ……」
「な、なあ、今のオリンデって、もしかして……ドラゴン?」
「ああ、その通りだ。ハハハ、間抜けだなぁ、こんなところで修行不足なところを露呈しちまうとはツイてないよ、お前」
「ウヒャー! 本当にドラゴンになってしまった!」
むう、俺やマリウスの格好のことを云々、言う前に今の自分の姿を省みるんだな、オリンデ! なんだかんだと、マリウスの話だと修行不足のせいで、そんなデカブツに――天に向かって屹立する雄々しき漆黒の双角が頭に生える全長十メートルを間違いなくあるだろう巨大ドラゴンになっちまったようだしな。
ちなみに、そんなドラゴンと化したオリンデの全身を覆う鱗の色はピンクだ――滑稽だなァ、一般的にドラゴンはモンスターの王様的な存在だが、全身を覆う鱗の色がピンクだと、そんなドラゴンに対する恐怖心が減退してしまいそうだぜ。
「ふえええ、これじゃ集落に入れないわ!」
「下手すりゃ魔物討伐隊がやって来るレベルだな」
「えええーッ! あ、ああ、身体縮小術を使えばいいんだ……オリャー!」
「お、小さくなった! ハハハ、小型のリザードマンだって名乗っても通じるかもな」
「うーん、まあ、これくらい小さくならないとヤバいレベルだし……」
身体縮小術だと!? むう、気づけば柴犬ほどの大きさに縮小している。まあ、これくらい小さくなれることができれば警戒されることもないかな……かな?
「ウキキキ、この調子でリザードマンの村でも探してみます?」
「いや、それはやめておく。アイツらは暴力的だって話だから……」
「な、なあ、それはともかく、何故だ? 何故、オリンデはドラゴンになっちまったんだ。俺にはさっぱりだぜ」
「そりゃ簡単な理由さ。オリンデの奴は獣化の呪いにかかっちまったのさ」
「は、はあ、獣化の呪いねぇ。その前に俺にはナニなんだかさっぱりわからん」
ん、んんん、獣化の呪いだって!? ああ、なるほど、それでオリンデはドラゴンになってしまったか――だ、だからって巨大なドラゴンになっちまうたぁ大袈裟だな、おいおい。
「むう、なんとなくだけど、近くに集落がありそうな予感!」
「兄貴ィ、嘘じゃないッスよね? あ、待ってくれッス」
兄貴、本当だろうな? まあいいや、とりあえず、後を追いかけてみるかな。なんだかんだと、今の俺達は迷子というワケだし。