第12話 俺、ゾンビ退治をすることになりそうだ。
「ナ、ナニが起きたんだ!? さ、さっぱりだ……この熊の獣人になり果ててしまったが、剛拳騎士と謳われたリドラーが殴り飛ばされるとはッ……ガクッ!」
おいおい、俺にはナニがナンだかわからん状況なんですけど!
その前に、熊のような大男――いや、熊の獣人を4、5メートルも吹っ飛ばすほどのパワーが、この小柄な身体に秘められていたのが信じられない! むう、軽自動車にハイパワーなエンジンが詰め込まれている……みたいな?
「アハハハ……なんだかんだと、チートだな。知らぬ間にチートな能力発動ってか?」
「アルテナ、多分、ソイツのおかげで基本能力が何倍にも上乗せされたんじゃないか?」
「え、ソイツ? 魔法大百科――スィーデトーチの?」
「それしかあり得ないわね。ああ、戦乙女という時点で常人の倍の能力はあるはずだけど、あんな大柄な熊の獣人をぶっ飛ばすなんてまずあり得ないしね」
「おい、熊の獣人が立ちあがったぞ」
「タフな奴ッスね――ん、呪文のような言葉が聞こえるッスよ」
ム、ムム、熊の獣人ことリドラーが、まるで何もなかったかのように立ちあがる。タフな奴だぜ!
とそんなリドラーが呪文のような言葉を唱えている――とヤスが言い出す。魔法でやり返すってか? あ、でも、奴自身が魔法は不得意みたいなことを言っていたんだが……。
「このままでは捕まってしまいそうだ。故に、逃走する――その間、使い魔が君達の相手をする!」
「むう、逃がさんぞ。盗賊めーッ!」
「ま、待て、弟者! あの熊公はトンだ食わせモノだ」
「どういうことだ、兄者? う、うお、奴の使い魔はゾンビ…だと…!?」
このままでは捕まってしまう! 分が悪いと察したリドラーが踵を返し、逃走を図る――で、逃げる時間を稼ぐため置き土産とばかりに使い魔を数体、召喚するのだった。
所謂、召喚魔法だな! ちょ、召喚したモノだけど、全身が腐敗し、一部、白骨化した箇所も見受けられる鼻を刺すような猛烈な悪臭を放つ人間型の怪物だ……って、リドラーが召喚した使い魔はゾンビ!?
ん、そういえばリドラーは魔法は苦手だ――そう言っていたはずだ。それなのにゾンビを召喚魔法によって呼び出すなんて嘘吐きもいいところだな。
ん、その前にコイツは、ハーゲンとゲハルスと同じ穴のムジナである死霊使いなのかも!?
「獣の領域に於いて人間の死体を探すだけで一苦労だった。さぁて、我が使い魔達、この場は任せたぞ!」
「そりゃ獣の領域だ。獣化していない人間の――ましてや死体を探す事態が厳しい状況だな」
「そんな呑気なことを言ってる場合かーッ! ゾンビが向かってきたぞ……駆け足で!」
「わお、走るゾンビなんて新鮮だなァ、おい☆」
「ギョ、ギョエーッ! どこが新鮮なんスかァ、兄貴ィィーッ!」
「と、とにかく、走るゾンビをなんとかしなくちゃ、あの熊が逃げちゃうわ!」
リドラーの使い魔ことゾンビが、禍々しい叫び声を張りあげながら走り出す――ゾ、ゾンビって走れるワケ? 全身が腐敗しているし、オマケに身体の一部が白骨化しているズタボロの身体なのに……。
あ、ああ、そうか! リドラーの操屍術で一時的に身体が腐敗する以前の状態に戻っているのかも!?
「ゾンビは聖なる力に弱い。フフフ、偶然にもラーティアナ大教会で買った対不死者用聖水を持っているのだ。コイツをぶっかけてやる!」
「流石は兄者。使い魔に反逆された時のことを考えている!」
「ハハハ、その通りよ。二手、三手先を読むのが、このゲハルス様よ!」
「ど、どうでもいいけどさ。ソレ……偽物なんじゃない?」
「偽者だァ? う、うおー……聖水をぶっかけたゾンビがピンピンしているゥゥゥ~~~ッ!」
「走る――とはいえ、ゾンビは最弱の不死者だ。この程度で滅せるっての!」
「マリウス、一体、撃破だな! しかし、よく燃えるなァ、ゾンビは」
ラーティアナ大教会? ああ、宗教施設ね。んで、そこで買った対不死者用の聖水なんてモノをゲハルスは持ち歩いているようだ。なるほどねェ、自身の使い魔に反逆された時のために買っておいたモノが思わぬところで役に――って、おい! 偽者かよ。悪徳業者のような連中に騙されたじゃないか?
とにかく、ゲハルスが迫り来る走るゾンビに対不死者用聖水を投げつけるのが、まったく効果がなかったワケだ。
むう、なんだかんだと、マリウスのように火炎の魔術で焼き払った方が、火葬とばかりに手っ取り早くゾンビを斃せそうだ。
「ええと、炎の魔法は……あった、これだ! オノホヨロエモ……む、むう、反対から読むと燃えろよ炎って読めるな。この呪文……って、わああ、右手が熱いッ……ウリャーッ!」
魔法を発動させるために必要不可欠なモノである力ある言葉――呪文は、俺が転生する前にいた世界の言葉を反対から読んだモノが多い気がする。ベトッフデウフクバ――爆風で吹っ飛べ、みたいに。
そんなワケだからこの世界と、俺が転生する前にいた世界には、ナニかしらの繋がりがあるんだろうなァ——って、アチチチッ! 右手が急激に熱くなる。まるで高熱を帯びた薬缶などの物体に触れてしまったかのようだ。
ム、ムム、スィーデトーチに記された呪文――炎の魔法を発動させる言葉を詠唱したからだな。とにかく、高熱を帯びた右手を迫りくる走るゾンビに向けてみるのだった。
「アチッ! アチチチッ……って、おいィィ! ビ、ビームだ。右手からビームがドギューンと……」
あ、あるぇ~? 俺は炎を放つ魔法の呪文を詠唱したはずだ。それなのに緑色に輝く光線が、走るゾンビに向ける右手の掌から放出されたんだが――。
「おお、ゾンビの上半身が吹っ飛んだぜ」
「ぐえええ、腐った肉片がボクの身体にッ……く、くく、臭ァーッ!」
「ヤス、災難ね。それはともかく、アルテナが放った光線がゾンビ共の腐った身体を吹っ飛ばしただけじゃないわ」
「ど、どういうこと?」
「ほら、ゾンビ共のご主人様――リドラーって名乗ってた熊さんにも命中したわよ」
「うは、マジだ! でも、威力は大分、落ちたっぽいな。あの熊公は無傷だし……あ、転んだ!」
お、おお、走るゾンビをなんだかんだと一掃したっぽいぞ! んで、ゾンビ共を召喚したモノである熊獣人ことリドラーにも命中したようだ。
しかし威力は大分、落ちたようだ。何せ、命中したのはいいがリドラーは無傷だしね――が、なんだかんだと、奴を転倒させることは出来た様子。
「よし、今だッ!」
「おう、捕まえるぞ、兄者!」
「おじさん達、邪魔ァ! ソイツを捕まえるのは、この私だし~☆」
「う、うお、なんだ、お前!」
「ん、私? 私はメルフィア。戦乙女ってところかなー」
「え、戦乙女だァ!? 俺には目立ちたがり屋のギャルにしか見えないんだが……」
さて、転倒したリドラーに対し、今が捕縛するチャンスだ――とばかりに飛びかかるハーゲンとゲハルス兄弟だったが、ここで思わぬ邪魔者は入る。
そんな邪魔者が、どんな奴かって? それを一言で説明するならギャルだ。紫色の大きなリボンで長い金髪をツインテール状に束ねオマケに派手な装飾品に彩られた軽装の鎧を身に着けている――むう、ギャルが戦乙女を自称したぞ。
えええ~……ってこたぁ、同胞だったりするぅ? うう、嫌だなァ、こんな派手好き、夜遊び大好き、目立ちたがり屋、そしてあっちこっちに彼氏が何人もいそうなビッチが同じ戦乙女だなんて……。