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『どこにも飛べやしないと自覚した時』


『どこにも飛べやしないと自覚してしまった時』


 人間は、羽がないからこそ空にあこがれるとはよく言ったもんで。退屈で眠たくて仕方がない給食後の授業。しかも、古文ときたもんだ。先生の朗読の声すら心地よい小鳥のさえずりに聞こえる。実際はこんな都会に鳥はいない。見えるものは高層ビルばかりだ。だからこそ、もう少しだけ首を動かして上を見る。そこにだけ、綺麗な水色が広がっていて、少し心が救われたような気がした。おいコラそこ、なんて名前さえ呼ばれない注意の言葉が聞こえてきて、仕方がないので渋々先生の方へと顔を戻す。


「なんですか」

「そんなところばかり見ていてどうする。今年で受験だぞ、いい加減行きたいところに行くために民な努力して勉強をしているのにお前ときたら……」


 あぁ、このまま鳥になって空でも飛んでいきたいな。いつも通りの決まり文句が聞こえてくる。実際、受験ノイローゼになって、何人この国では人が死んでいるのだろう。ばかげた話だ。将来将来、と皆口を出すあまり今ここにいる私たちが見えている人なんて、何人いるのだろう。今が苦しければ未来は明るい、なんて誰が信じられるというのだろう。


「……行きたいところ、ありますよ」

「どこだ? それを早く教えてくれないとこっちだって困るんだぞ」

「上です」

「上? よくわからないが上を目指すのは良いことだな。感心したぞ」


 そう、どこまでも、上。誰の文句も聞こえないところへ。こんな細々とした救いが見えてこない世界なんかじゃない、どこか遠く。上へ、上へ。この背中に、羽でもつけて。大空へと飛んでいって、雲のお布団で寝転がる。そして、たまに綿飴みたいに甘くなっている、ふわふわで美味しいそれを食べたりして。頭の中では色んな世界が広がっている。可能性というのは無限大にあると誰かがよく言ったもんだ。けど、私は知っている。私の可能性というのは人と比べて対したことがないし、仮に今ここで私が突然いなくなったとしても、そこまで困りゃしない。世界はただ、回るだけなのだから。


「先生は、どこに行きたいの?」

「俺は、教師だから。今ここで頑張るだけだ。行きたいところなんてないさ。お前達が行きたいところへ行かせるように援護するのが俺の仕事だからな」

「なにそれ、つまんない」

「あぁ、そうだ。大人ってのは、つまんないもんさ」


 可能性という羽を失った大人は、こうして諦めたかのように笑う。それが私にはとてつもなく重たく、いやに感じられた。一種の気持ち悪ささえあった。それじゃ貴方は、なんのために、生きているの? なんて、聞きたくて仕方がなくなった。私達が全員いなくなってしまえば、貴方の生きる意味はない。そう言ってしまっても過言ではない。


「まぁ、今は授業中だしこれ以上の追及は可哀想だな。他の子はもう全員受験に向けて頑張っているんだ、それだけは覚えていてくれ」


 私は、子どもだから。大人になんかなりたくない、子どもだから。ねえ、聞いて、先生。人間は所詮、どこへも行けないの。羽なんて、どこにもないの。いくら頑張っても、どうせみんなと同じ道を飛ぶのを諦めて走り続けるだけになる。でも、私、体力も精神力もないの。あるのは――。



 ずいぶん高いところまできてしまった。未だかつてないくらい、頬に風が叩きつけられているような気分だ。受験ノイローゼとまた片付けられるんだろうか、と思わず笑みを零す。そんなちっぽけな。どこにでもあるような、くだらない小さな言葉で。一つの命を片付けてしまうんだから、一つの原因を探ろうともしないんだから、結局そういうことなんだ。


「どこにも、飛べやしないんだ」


 どこにも飛べやしないと自覚した時。こうして私は、大人になった。彼女は足を一歩だけ、前に歩いて。あぁ、やっぱり、とどこか諦めたように口角を上げた。私が夢見た空は、その一歩を踏み出したとたん急激に遠くなっていくばかりだ。どこまでも、ただ落ちて落ちて、落ちて。でもね、私、大人になんかなりたくなかった。どうして? と聞かれてうまく答えられないけど。それでも私、それだけが願いだった。子どものままでいたかったから。だから。これで、満足なの。



(最後に残る赤色の景色が、憧れた空の色と真反対で、思わず、苦笑してしまった)

(大人になんて、うまく、なれなかった)



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