⑨
小学生の小さなアキは、焼けるアスファルトの上を上機嫌で歩き始めた。
子供は元気だ。私はものの数分で、もうこんなに消耗している。
私は変装もしないで、むしろいつもよりも気合いを入れたピンクで、ここまで来てしまった。今さらだけど、私の格好は閑静な住宅街では目立つ気がする。
アキも私の姿は覚えているだろうから、今彼女が後ろを振り返ったら、見付かってしまうだろう。
一応距離は保って、建物の後ろに身を隠すようにはしてみるけれど、第三者から見たら、明らかに不審だ。
幸い、土曜日の朝だから、皆寝坊しているのか、周りに人は居ない。
どうか誰にも通報されませんように。
緩やかな歩みでアキと私が辿り着いたのは、いつもの公園だった。
拍子抜けする。あんなに楽しそうにしていたくせに、向かう先は公園だったのか。
この子は、休日にまで一人で公園に来て、飽きないのだろうか。
アキは公園が見えた途端、足取りを重くした。
単に目的地に着いたからだと思ったが、何だが、気落ちして見えるのは気のせいだろうか。
誰か、友達と待ち合わせでもしていたのかもしれない。なら、アキの交遊関係を知るチャンスだ。暫く様子を見ようと思う。
アキが急に立ち止まり、キョロキョロと周りを見始めたので、人を待っているのは間違いないような気がしてきた。
でも、私は少し油断をし過ぎてしまって、うっかり距離を縮め過ぎたものだから、アキがこちらを振り向く前に、隠れるのが間に合わなかった。
真ん丸と見開かれていく瞳にピンクが映るのを、止められる人は誰もいなくて、私はこっそり彼女を観察する事が出来なくなってしまう。
思いの外近い距離に、私はどうやって誤魔化そうかと考えていた。
今から逃げたら、後をつけていたと告白するようなものだ。アキはいよいよ私を気味悪く思うだろう。
例え逃げなくても、これから人と会おうとしている時に、名前も知らない大人が側にいては……私がアキの立場だったら、快くは思わない。
だけど、今日は妙な日だった。すぐ近くに私を見たアキは、また唇をもごもごと、にやける手前のように動かして、私から目を逸らさなかった。
ここで、怖がらせてしまったのかも知れない、怖くて声が出ないのかも知れない、と考えるのが普通だと思う。防犯ブザーを鳴らされたらどうしよう、なんて心配するべきなのだけど、どう見ても、アキの顔は、喜んでいたのだ。
私に掛ける言葉を、探しているみたい。
言う事が決まったらしく、緊張しているのが手に取るように分かる真っ赤な顔で、アキは口を開いた。
「おっ……お姉さん、暇なの!?」
小学生にナンパされてしまった。
肩に掛けた鞄の紐を両手で強く握りしめたアキが、私の返事を待っている。
何となく、アキと話す事になる時は、彼女は敬語を使うのでは無いかと予想していた。
思っていた反応と違って、戸惑う。
「いつも先にいるのに、今日は遅かったよね!」
あれ? 私、アキと待ち合わせをしていたかしら。
いいえ、友達にすらなっていないはずなのだけど。
私が何と言ったものかと答えあぐねていると、アキは益々顔を赤くして、少し涙目になってきた。一生分の勇気を使い果たしたと言わんばかり。そんなに顔に熱を集めたら、溶けてしまうのではないかと思うくらい、真っ赤だった。
遅かったと言われても、今日は土曜の朝だ。むしろいつもより早すぎるくらいだ。
人の事は言えないけれど、意外にもアキは、大人に対して生意気な口をきくらしい。
自己紹介もまだなのに、私は、待ち合わせに遅れた上に悪びれない彼氏みたいな台詞で、当たり前のように返事をした。
「私も色々と、忙しいのよ」
これが初めての会話だった。