⑤
雨で視界が悪い中、かなり距離をあけて、三人について行く。アキはずっと、傘を差す父親と手を繋いでいた。彼女は隣にいた男性にも手を伸ばすと、こっちも繋いで、と言うようにせがむ。後をつけられているとも知らずに、呑気なものだ。
ところで、店を出た時から一緒にいる男は誰なのだろう。晴一の友人だろうか。親戚だとしても、顔を見た訳では無いので、区別がつかない。
母親は家で待っているのだろうか。雨希ちゃんを捨てて選ぶくらいの女だというなら、一目見てやりたい。
女優並みに美しかったら、まだ納得は出来るかもしれない。晴一の事は軽蔑するけれど。
やがて彼らは、住宅街へ入り込み、一軒家の前で止まった。
小さめだが、どことなく可愛らしい印象の、綺麗な家だ。いかにも新婚の妻が好みそうな、白い壁と煉瓦の家。
アキを産んだ母親の趣味だろうか。童話の世界のように、周りの風景が森だったとしても、違和感は無いだろう。
雨希ちゃんによく似合いそうな家だ。こんなところまで妬ましい。
彼らは三人揃って、少しメルヘンな家に吸い込まれて行った。アキの楽しそうな笑い声を残して。
ここが、晴一とアキの家に違い無い。私は端末を取り出して、現在地を調べた。住所を見て、やっぱりと納得する。私の家は、ここからほど近かった。
順当に情報を手に入れられた事に安堵する。これなら、アキに近づくのは容易いだろう。
晴一を傷つける事が出来たら、今度は違う生き方が出来るのだろうか。
心の落ち着けかたを、見つけられるだろうか。
私は拳を握りしめて、白い家を一度にらむと、歩いてきた道を戻った。
生憎次の日は仕事だった。生きる意味を見出だせないまま何となく働いていたけど、この日ばかりは死んでいた目に活力を宿して、効率よく仕事を終わらせた。そして、有給を駆使して一週間の休暇を手に入れた。
私になつくように仕向けるための、アキの心の隙間を探る大事な一週間だ。
私は特に頭が良い訳では無いし、興信所に依頼出来るほど金銭的余裕がある訳でも無い。だから地道に張り込む事にする。アキみたいに一見恵まれていそうな子供にも、付け入る隙は必ずあるだろうけど、それを見付けられるかどうかは、私の根気にかかっている。
アキは小学校に通っているだろうから、まずは近隣の通学路を調べて、当たりをつけた。小学生の活動時間に合わせて見張っていれば、アキが家を出る所から、公園に寄り道してから下校する所まで確認出来た。
そこで分かったのは、アキはいつも一人で行動しているという事だ。教室では友達といるのかもしれないが、少なくとも登下校中は誰かと一緒に居る様子は無かった。
それに、帰りに公園で過ごす時間がやけに長い。宿題でもあるのか、教科書を開いて黙々と眺めている。家でやればいいのに。
だけど、私には好都合だ。家に居づらい事情でもあるのかもしれないし、いつも同じ公園に居るのなら、接点を作りやすい。
四日も費やして観察してみたけれど、公園でアキに話しかける友人らしき人物を見た事は無かった。それどころか、アキ以外の人が訪れる様子も無い。砂場すら無い小さな公園の中央に、屋根つきのベンチがあるだけの、寂れた場所だ。例え日曜日でも、子供を連れてくる意味を見付けられない。
晴一の足に、無邪気に巻き付いていたのが嘘のように、アキは静かに過ごしていた。
残り三日でどうこう出来るとも思えなかったけれど、私の勤務時間は早朝から午後四時までだから、仕事帰りにこの公園に寄る事は可能だ。アキは午後七時くらいまで、ずっと一人公園に居るから、私の休暇が終わっても、計画は続行出来る。
さて、アキはどんな人が好きだろう。私の記憶の中の、一番優しい雨希ちゃんで会いに行くつもりだけど、少しは彼女の好みに寄せたいところだ。
確かアキが買ってもらっていた玩具は、最近子供達に人気のアニメのものだった。では、そのあたりの知識を揃えておこう。
甘いものは好きだろうか。まさか昔の私のように食事を抜かれてはいないだろうけど、見た目は痩せぎみだ。一応、アレルゲンに気をつけて、子供が好きそうであまり買ってもらえなさそうなお菓子を用意しておこう。
おしゃれには興味があるだろうか。服は地味なものを着ている。それこそ、昔の私みたい。でもくたびれてはいなくて、サイズも合っているようだから、ちゃんと成長に合わせて着せてもらえているのが分かる。
髪は黒くて短い。ますます昔の私みたい。でもあの子は、私と違って両親に愛されて、立派な家に住んでいて、欲しい玩具も買ってもらえている。
なのに、一人でいるアキは、何故あんなに暗い顔をしているのだろう。
綺麗な服を着せられて、殴られた痣のない綺麗な肌をして、こんなに恵まれているくせに、一体何が不満なのだ。
アキに罪は無いけれど、理不尽に苛立つ自分に正当性を持たせたくて、彼女の中身を知りたくなった。
嫌な子だったらいい。アキが晴一のように、人の大切なもの平気で踏みにじる人間だったら、私だって容赦なく残酷な事をする。
それにはまず、私の事を大好きになってもらわないと。