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目玉の話(習作そのに)

作者: 大森為就

日常の一コマのようなもの。


純文学って何だろう。

 敵が白目と黒目が見分けられる距離まで近づいてから撃て、と大昔の兵隊は教えられていたという。

 そこまで近ければ外すことはないから、と。


 それなら自分は絶好の距離にいるんだろう。

 視界の真ん中の白と黒は境目まではっきり見えていて、黒丸の中心まで狙うことができるほどだった。

 これを外したらどうなるんだろう。

 どうでもいいイメージがこのタイミングで脳みそに染みこんでくる。

 自分が兵隊なら死んでしまうんだろうな。そう思いながら白黒を視線で撫でつける。

 ナイフで突き刺されてしまうんだろうか、それとも撃たれる?いやいや、相手の手のひらからぽーんと爆弾が飛んでくるのかもしれない。

 死ぬのっていたいのか


「なぁっ」


 間抜けな叫び声とともに、右手は勝手に指先を緩め、不意を突かれた左腕は抗議するかのように硬直し、シャイな胴体は脚を巻き込んでバランスを崩し、飛び出した矢は行き先を見失って墜落し、背後から大きな溜息のハーモニーが流れ出す。

 自分が兵隊ではなく弓道部員で、たった今自己新記録を逃がし、弦の直撃した左腕に青あざができたことに気付いたのはその直後のことだった。


 ―――


「大体さぁ、なぁっ!はないだろ」

 井上が道場の裏手の水道に体を預けながら、操り人形のような下手くそな動きで弓を引く動作を真似る。

 この同期にして悪友でもある井上は相当にうまいのだ。下手くそな動きはわざとだ。

「試合の終盤で『任せろ!』なんて叫びながら外したのとどっちがましだと思う?」

 これは実話で、他の団体の選手が叫んでいるのを目撃し、笑いながらもカッコいいなと思ったのを覚えている。

 直後に外したのだが、それもそれでカッコいいかもしれない。と思う。

 彼は多くの人にとって忘れられない選手になっただろう。

 んー、と井上は帯に手を突っ込む。

「あっちは相当面白いからな。それと比較したらお前がかわいそうだし」

「なんだそれ」

 投げやりな相槌をうちながら、薄汚れたブロック塀にはりついて日向ぼっこをしているイモリを眺める。

 目を細めていて目玉は見えない。

 目玉が見えたところで当てるのは至難の業だろうな、と思う。

「んじゃ、俺も飯食ってくるから」

 イモリにすっかり興味を移してしまった同期の姿を見て、井上がいう。

 おー、と適当に返事をしてから、水道の水たまりに頭を突っ込むイモリをながめて、飲み物を頼めばよかったと気がついた。


 ―――


 仕方なくイモリと肩を並べて水道の生ぬるくカルキ臭い水を堪能して道場に戻ると、六つの目玉に見つめられていた。

 巨大な白目と、その中心の握りこぶし大の黒目が妙にアンバランスに見える。

 なんてことはない。道場には常に六つの的が置いてあるというだけの話で、なぜか端っこの的は部員に人気で黒目には無残にも大穴が開き、剥がれかけた紙が涙のように見えていたたまれないような気がしたが、いつものことなのだった。

 一尺二寸、略して尺二、それがこの的の呼び名であり、大きさのはずなのだが、一尺二寸が一体何センチ何ミリなのか知らなかったし、知る必要もなかった。

 大体どのくらいの大きさの的が「尺二」なのかはなんとなくわかっていたし、的の大きさを聞いてくる見学者には、「これは一尺と二寸の大きさがあるんです」と得意げに言い張ればそんなものかと思ってもらえるからだ。

 弓を握りしめて狙っているときには「もっと大きくなれ」と思わず願ってしまうが、一旦離れてぼーっと眺める的は立派に大きく感じる。

 こんなに大きな目玉があってたまるか、と思った。

 そういえば、と脳みその片隅から手を伸ばしてきた記憶を引っ張り上げる。

 的の大きさは人間の胸の当たれば死んでしまう範囲で、中心の黒い部分は心臓の大きさだ―。

 そんな話を聞いたことがある。

 そんな簡単に人間が死ぬかよ、とは思ったもののありえそうな話でもある、と思う。

 目玉が道場に放ってあるのとどちらがいいだろうか。

 人間の胴体が的の代わりに置いてあるのを想像しかけてやめる。顔を上げると相も変わらず六つの目玉が寸分違わずこちらを見つめている。

 そりゃあそうだよな、と安心して我に返ると同時に、道場内に誰の気配もないことに気付く。

 ボーっとしている間に道場の片づけを押し付けられていたのだった。

 目玉のことを考えているとろくなことがない、と思いながら、目玉を片付けに外に飛び出した。



眼球譚、とは特に関係ありません。

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