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ピニックの正体

 声の主は魔方陣の中から現れ、すっと地上に舞い降りた。

 その人物の身なりは革の腰巻きに薄汚い毛皮のマントという粗末なものだったが、そんなものは意味をなさないと思えるほどに、それは異形の持ち主だった。

 人の身の丈の二倍はあろうかという巨大な体躯で、手足は齢千年の古木の幹のように頑健で太く、その鍛え上げられた肉体はまるで道を極めた彫刻家が丹念に彫り描いた石像のような美しさを持っていた。さらにその頭には曲がりくねった山羊の角が生え、その背中には大鷲にも似た黒く大きな翼が開き、その堂々たる異形は絶対的存在感で見るものを圧倒した。

 だが、これら以上にこの存在の異形を示しているものがあった。


「あの目は……」


 リズが呟く。その存在の手、足、胴には、それぞれに周囲を睥睨する大きな目が見開かれていたのだった。そしてその目は――、


「ピニックと同じ……」


 腕の中のピニックと見比べる。ガタガタと怯えるピニック。その目は確かに目の前の存在の持つ目と同じものだった。


『――娘。そこに抱えている我の右手を返してもらおうか』


 それは地面を轟かすような、聴くものを震え上げさせるおどろおどろしい声で言葉を発した。リズの横でルシオが身体を震わせながら呟く。


「ま、まさか……、でも確かに伝承の姿そのままだ……」

「な、なによ、伝承って!?」


 その言葉を聞きとったリズが訊く。ルシオは呻くように答えた。


「“七つ目の魔王”だよ」

「“七つ目の魔王”!?」


 それは言わずと知れた、かつて魔界より魔物の群れを引き連れて襲来し、人類と死闘を繰り広げた魔王の名前である。


「な、なんでそんな奴がこんなところに……!」

「きっとピニック君を取り戻すためだろうな。奴の言う通りピニック君は奴の右手なんだろう。その証拠に、あいつには右手がない」


 言われてリズも、この異形の存在には右の手首から先がないことに気付いた。


「そして目の数を数えてみるんだ。顔にふたつ、両足にひとつずつ、胴体にひとつ、左手にひとつ……」


 ルシオの言葉に従って、その目の数をリズも数えていく。


「合わせて六つ……」

「そしてピニック君を足せば」

「七つ目……」


 愕然とするリズ。観客席にもそのことに気付く人が現れたか、競技場を包んでいた動揺は次第にパニックに変わり、逃げ出す人も出始めていた。


「リズーニアさん」


 そこでルシオは恐怖を振り払うように頭を振ると、リズをかばうようにその前に立った。


「ボクが時間を稼ぐ。キミはその間に逃げるんだ」

「ルシオ先輩……」


 ルシオの身体が白く発光する。すると倒れていたバラタが立ち上がり、ゆっくりとした足取りでルシオの元に近づいてきた。


「後輩を守るのは先輩の務めさ。それに僕にとってキミは……」


 そうはにかみながら後ろを見たルシオの視界に、すでにリズはいなかった。


「ありがとうございます、ルシオ先輩! あなたの勇気は一生忘れません! どんな悲しみも乗り越えて、あたし頑張って生きていきます!」


 早くも五〇ケルは離れたところを走っているリズが、遠くから手を振って感謝の言葉を述べる。


「……」


 ルシオは無言で向き直り、七つ目の魔王と対峙する。


「いくぞぉ、バラタぁぁぁっ!」


 少し涙の混じった叫び声とともに、ルシオとバラタが魔王に突っ込んでいき――、


『邪魔だ』


 魔王が軽く振った左手から発した大風に、一撃で吹き飛ばされた。


「そんなぁぁぁっ――……」


 そんな悲嘆にまみれた声を残してルシオは、バラタとともに巻き上がった土煙の中へと消えた。


「く、口ほどにもないです、ルシオ先輩……!」


 涙も出ないが義理で泣く真似をしながら、リズはピニックを抱えて競技場の出口へと逃げ走る。


『どこへ行く?』


 しかし、頭上を大きな影が横切ったと思った瞬間に、魔王はリズの行く手に立ち塞がっていた。

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