ルシオの逆襲! 拳を突き出し、勝利を掴め!
ルシオの魔力リンクがバラタとつながり、その身体が白く発光する。するとバラタの甲殻がバキバキと音を立てて膨れ上がった。
「脱皮した!?」
古い殻を破り捨てて姿を現したバラタは、失ったハサミも蘇らせて、先ほどよりもさらにひと回り大きくなった巨体で、リズとピニックの前に立ちはだかった。
「いくよ、バラタ!」
ルシオの声に応じてバラタの口が動き、そこから七色の泡が吹き出す。泡は瞬く間に周囲の視界を封じてしまった。
「あわわ……」
泡に囲まれあわあわとするリズ。そんな彼女と対照的に、ピニックはそのひとつ目を油断なく左右に動かし、泡のむこうの相手の動きを探る。そしてその攻撃を察知する。
泡を突き破って走る一条の水撃。
「うひゃい!?」
限界まで膨らませた革袋でも割ったような大きな音とともに、ピニックの構築した魔力の壁が、バラタの放った魔力による高圧の水撃を弾き飛ばした。雨のように飛び散る水飛沫の中、水撃とは逆方向から泡を掻き分けて現れる巨体。俊敏な動きで姿を現したバラタのハサミが、ピニックの背中に叩きつけられる。
「ピニック!?」
泡の壁の外側まで吹き飛ばされるピニック。後を追ったリズは地面に転がったピニックを見つけて拾い上げた。ぐったりとしたピニックはリズの腕の中で苦しげに目を細めている。リズは唇を噛む。
「あたしが、あたしが頼りないからこんな……」
泡の中からバラタが姿を現す。迫る追撃のハサミ。
「だから、だから……」
そこでリズは決然と顔を上げて叫んだ。
「あたしがあなたを守る!」
「リズーニアさん!?」
振り下ろされるハサミに対して、ピニックを守るように身を固めたリズ。その身を犠牲に魔物を守ろうとするリズの行為にルシオは驚き、慌ててバラタの攻撃を止めようとする。しかし、勢いのついた巨大なハサミはもう止まらなかった。
「しまった!」
ルシオの悲鳴。それと同時にリズの身体が白く輝いた。
「え?」
衝撃がこない。不思議に思ったリズが顔を上げると、今までになく強く明るい魔力の光が自分を包んでいることに気付いた。
「あたたかい……」
人の肌のように優しい温度を持ったその光が、バラタのハサミを受け止めていた。その源を探す。胸の中でピニックが目を開き、まっすぐな瞳でリズを見ていた。
「ピニックぅ……」
リズを見つめる瞳が力強くうなずいたように見えた。
「こんなあたしで……いいの? 自分勝手で頼りなくて、あなたにふさわしい召喚士とも思えないあたしで……」
ピニックの指がリズの身体を抱くように掴む。あたたかいものが魔力リンクを通じてリズに流れ込んでくる。込み上げるものにリズの瞳が濡れ、彼女はピニックを抱き返す。
「ありがとう、ピニック……」
そして立ち上がり、目の前に立ちはだかるバラタに向き直る。その強い魔力の輝きに気圧されるように、バラタの巨体がじりじりと後ずさっていく。
「今のあたしたちなら絶対に負けない。いくよ、ピニック!」
以前よりも太く強く感じる魔力リンクに、ピニックの力が引き出されていくのを感じた。リズの言葉に応じるようにピニックは彼女の腕から飛び出し、白い輝きをまとってバラタへとまっすぐに突っ込んでいく。
「バラタ!」
ルシオも魔力リンクを全開にする。バラタのまとう魔力の光が強まり、その甲殻が一層に厚く剛毅なものへと変化する。
「いけぇぇぇー! ピニックぅぅぅー!」
リズが拳を突き出す。ピニックもその手を握り拳に変える。二本のハサミを交差させ、それを受け止めるように身を固めるバラタ。拳と甲殻が激突する。
鳴り渡る轟音。
静まり返る競技場。
そして――悲鳴と歓声。
「バラタ!」
二本のハサミを突き破られ、両眼の間を砕かれたバラタが地面に崩れた。駆け寄るルシオ。それを見ながらリズは茫然と立ち尽くしていた。
「勝った……」
自分の頬をつまんで引っ張る。痛い。痛いということは夢ではない。あのルシオ・カミランに勝ったというのは夢ではない。
「本当に勝ったよ、ピニック!」
リズが両手を広げると、バラタとの激突の反動で空高く飛び上がっていたピニックが落ちてきて、すっぽりとその腕の中へと納まる。
「やった、やったよ、ピニック! 愛してる!」
ピニックを抱き締めて、そのごつごつとした肌に頬ずりをするリズ。ピニックは嬉しそうに目を細めている。
「……負けたよ、リズーニアさん」
喜び合うリズとピニック。そこにルシオが声をかける。
「キミの力は本物だ、リズーニアさん」
ルシオはまいったように首を振り、リズに手を差し出す。
「ルシオ先輩……」
「身を呈して友として魔物を守ろうとしたキミに、召喚士としての矜持を見た。これは互いの敢闘を称える握手だ」
そう微笑むルシオ。リズはうなずいてその握る。するとルシオの顔が何故か少し赤くなったように見えた。
「本当にキミは強かった。学生同士の試合で負けたのは初めてだったし、その……キミみたいに勇敢で、おもしろくて、あけすけで……その、キミみたいな素晴らしい女性と出会うのも、アレの色を訊かれるなんてことも初めてで、あの……」
さらに何故か途中からしどろもどろになるルシオの言葉に、リズが「こいつは何を言っているのだ」といった怪訝な表情を浮かべ出す。そこに割って入るようにピニックが不機嫌そうな目で、リズの手を握っているルシオの手を指でつついた。慌ててルシオはリズの手を離す。そして取り繕うように、ピニックのことを褒め始めた。
「ああ、それにしてもこのピニック君の持つ力はすごかった。まるで伝承に出てくる――」
その言葉の途中で、突然に競技場の上空に渦を巻く暗雲が現れた。辺りは急に薄暗くなり、リズもルシオも何事かと空を見上げる。するとそこに巨大な魔方陣が浮かび上がった。それを見てピニックがふるふると震え出す。
「あれは――? あ、どうしたのピニック」
この怪現象に競技場中が人々のざわめきに包まれる。その中で誰かが呟いた。
「あれって……召喚の魔方陣だよな?」
そしてその声が響き渡った。
『こんなところで何をしている? 我が右手よ――』