星を見た僕から星を見なかった俺へ
実験的作品で別の覆面企画のヒント兼任。
三人称じゃなく、あえての一人称す。
夏休みが終わってから、たった一日、多く学校を休んでみた。
休んだ意味なんて無かった。学校に行く意味がないのと同じように。
休んでまた学校に行って、気付いてないことに気付いた。気付きたくなかったのに。
誰も、僕が休んだことを気付いてない。気付いていても気にしていないのかもしれない。
誰も気にしてくれない小学校にあと五年通って、それでもまだ終わらないことにお腹の下に冷たいものを感じ、熱いものが喉を汲み上がった。
火の通りすぎた鯵、茄子の味噌汁。朝御飯が床の濁った水溜まりになったのを見て、今日は休みなさいと母さんはいつもの調子で体温計を探した。
明日は学校に行く。
それで誰も気付いてくれないんだと思うと、僕の身体は朝になっても布団にしがみついて離れなかった。
母さんがなんといっても離さず、その現象に染み出した涙をシーツはどこまでも吸い込んだ。
「……シンくん、変になっちゃった?」
途方に暮れたような母さんの言葉を掻き消すことはどんなに大声を出しても出来なかった。
一週間が過ぎて、誰も気付いていないことはありえないと思うけど、今度はなぜ来なかったかを説明できないことに気が付いた。ちょうど母さんが山倉先生に説明できないように。
学校に行かない時間が澱になる。
行かないといけないのに、行けないからいかない。
日々自分の中にどんどん“何もない”が増えて折りかさなった澱は僕の檻で。
父さんや母さんが、何かする度に抵抗する僕を批難する僕は、いつも心の一番奥に避難していて。
自分がキライ。鬼来、寄儡、綺羅異。
終われば良いのにと自分で思うけど、終わり方を知らない僕は数少ない終わり方を試すロープも睡眠薬も持っていないし、屋上や交差点に行くには身体が重りで。
魔法のように全て消えれば良いと妄想する自分が甘ったれでまた吐いた。
「魔法が起きないって、なんで決めつけんの」
「誰ですか」
「誰だと思う」
「夢」
「間違いじゃないがドラマティックでもファンタスティックでも無いし、若干ドメスティックだな」
夢だ。目の前に居る見知らぬ僕は、鏡では有り得ないキラキラした目をした大人、なりたい僕だった。
「なんでここに居るの」
「俺が子供の頃の夢を見てるだけだろ」
「そんなわけないじゃん、僕はあなたにはなれない」
「なんでって訊かなくても知ってるけど訊くぞ」
「訊いて欲しくないのも知ってるでしょ」
「ああ。訊いて欲しくなくても聞いて欲しいんだよな。知られたくないけど解って欲しいんだよな」
五ル蝿イ
「都合の良い考えで良いじゃないか。弱いんだから」
「僕は弱くない」
「ああ、お前は周りと同じくらい強いよ。だから周りと同じくらい弱い」
「違う、僕以外はみんな強いんだ。だから生きられるんだ」
「どっちでも良いよ。出掛けるぞ」
「学校?」
「そこは行きたくないんだろ? 行きたいところはどこなんだ?」
「行きたい場所なんて無いよ」
「ならここに居たいんだな?」
「……解らない」
「解らないのは良いことだ。これから解る楽しみが残ってる。なら解る所に行こう」
「どこ?」
「そこの河原」
小さい頃から遊びに行っていた所だ。一級河川らしい。二級との違いは解らないけど。
「雨が降ってるよ」
「降ったら困るのか?」
「濡れたくない」
「着替えれば良いだろ? お前パジャマだしちょうど良い」
「バカみたい」
「バカはダメなのか?」
「バカにされる」
「誰に?」
「バカに」
「自分のこと?」
「あんたのことだよ」
「俺はバカだから河原に行く。お前は俺だから河原に行く、決まりだな」
玄関はダメだ。母さんと山倉先生が居るもの。
「なら窓から出れば良いだろ」
「ここは五階だよ」
「ここは夢の中さ」
バカが窓を開けると、そこは行ったことは有っても見たことのない河原が広がっていた。
雨雲だけでなくお日様も無かった。ただ星と月とせせらぎと暖かい芝生が有った。
「俺、これ、見たかったんだ」
「は?」
「お前が大人になる頃、ここにコンビニ出来ててさ。ここで星が見えたって聞いて悔しかったんだ。学校に行ってたら噂とか聞いてたんだろうけど」
「学校に行かなかったの?」
「ああ。行けなくてそんな自分が嫌だったんだよな」
「やり直しに来たの?」
「いや? 観に来ただけ」
「後悔してないの?」
「飽きた。お前が散々後悔しただろ」
「でも、僕はあんたじゃない」
「なんで?」
「僕はあんたみたいに笑えない!」
「笑わなくて良いだろ。気に入らないなら泣くか怒れよ。脳はそうできてる」
「できないよ!」
「できなくて良いよ別に。この世にしなくちゃいけないことなんてひとつもない」
「嘘だ!」
「やりたいことが有るだけだよ。全部投げ出したって良いんだ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!」
「お前は何がしたいんだ? みんなが嫌いか?」
「みんなが僕を嫌いなんだ!」
「俺はみんな好きだぜ。腹立つことも有るけど、一緒に居たい、それがやりたいことだな」
「あんたはみんなに好かれてるからだろ!」
「俺はお前のことも好きだけどな」
「嘘だ!」
「――お前は俺のことが嫌いか?」
「違う、僕はあんたになりたい」
「なれるよ。夢は叶わなかったし、退屈で大変なことは多いけど」
「自分は好きになれる」
浮かび上がった。目の前の僕と、僕そのもののふたりはフワリと浮遊した。
何かが身体から落ちた。オリだ。オリが落ちた分軽くなった僕は星と月の引力で空を飛んだ。
「飛べた! 飛べた!」
「飛びたかったならそう云えよ」
言葉に詰まった。久し振りに僕は感情ではなく自分の言葉を選んだ。
「――違う、飛びたかったんじゃない、僕は――僕になりたかったんだ」
「意味わからんわ」
「いつかあんたにも解るよ」
ふたりの僕は互いに見合わせ、近くなった月に両足を向けて河を見下ろした。
「さて。俺は河も星も見たし、帰るわ」
「また逢える?」
「いいや。俺は俺に逢わなかった。お前は俺に逢った俺だ。お前は俺にはならない」
「逢ったから逢えなくなったんだね、僕たち」
「悪いな、お前の人生、つまんなくしちまったな」
「あんたの最高の人生より最高の人生にするよ」
寄り道したから逢える人も居て、寄り道したら逢えない人も居て。
“俺”は目を覚ますと、不思議な夢にスッキリしていた。
妙にリアルな夢、見たこともない河原の星を子供の頃の俺と見た。
あのときの俺が居るから今の俺が居て、あの頃の俺が泣いた分だけ俺を好きになれた俺が居る。
広すぎるベッドの枕元の目覚まし時計に大笑いしながら、俺はカップ麺に入れるお湯を沸かし、洗面台に走った。
私小説ではないです。
不登校中の俺を含む複数人がモデルなので。
リハビリ企画すけど、実験作なんで辛口レビューも欲しいす。