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うにってなに? そしてオハイオへ


 LAでは空港のそばに住んでいた。エルセグンドという治安があまり良くない場所だった。アパートメントはゲートがついていて、住民以外は入れないようになっていた。夜はあまり出かけず、アパート内のプールに行ったり、家で映画を見たりしていた。


 ある夜、皆が居間に集まっていた時。

夫は(さきいか)を食べていた。息子も夫も大好きなサキイカ。これ2人共、さけイカだと思っていた。


「さきいか、だよ。さけじゃなくて」。


 夫と息子「ええ~??お酒を飲みながら食べるから(さけいか)だと思ってた」。

こういうのはすごく納得できる。 確かに~! そのほうが良かったのに~と。


 日本語の変化がむずかし~っと言っている。

たとえば本は1冊、お皿は1枚、鉛筆は1本とか、なんで変わるのかと。

変わるのはわかるとして、いっぽん、にほん。とはなぜ発音が変わるのかと。


「猫の数え方は?匹?そうなんだ。 じゃあいちひき、にひき、さんひき?」

「違う違う、いっぴきって発音するんだよ」

「へ~じゃあ、にっぴき?」「ちが~う。にひき」

「じゃあ、さんひき?」ちが~う。そしてなんでと怒ってる。

 

 この前まで時間の1分、2分も 2ぷん?って聞いてた。

変えなくても良いのに。 もう2ぷんにしちゃえばいいのに。

全部ぷん、で。5ぷん。とか。


 それから別の日に息子が石像の話をはじめた。

「Gargoyle(ガーゴイル:教会の屋根などにある怪獣の形の彫像)って、日本語でなんていうの?」

「なんだろうね、石像でいいんじゃない? 名前ないよね?」(後で調べたらヒハシというそうだ。)

「あれは、悪い物を追いはらうのに怖い形なんだよね?そういう悪いものは……」

その時、夫は自信満々に 


「それは、うに!」


「それ…おに……ブ……うにいい~~~ぶわっはっはっは~~!!鬼をうに~」

いつまでも笑う私を悔しそうに見つめる夫。


「地獄にいるうに~あはは!」

「桃太郎はどこに行ったの?ええ?うにを退治にうにヶ島?ぎゃはは」


しばらく笑いといじめは止まらず。悔しそうな夫。でもこれはおもしろすぎる。


それから家族でLAのダウンタウンに行った時のこと。 

ダウンタウンのコリアタウンにかかる時にハングルの看板を見て夫は


「あ!ここカンゴク!!」


……韓国だよ。


監獄じゃないよ、点々つけちゃったよ。


大爆笑な車中

「監獄って~~惜しい~~けど惜しくない~~!!それプリズンぎゃはは!!」

夫は「もう日本語話さない!!」なんて言ってましたけど、5分後に


「さっきの言葉なんだっけ? カンゴフだよね?」


今度は真ん中に点々つけちゃったよ。看護婦じゃないよ。

「それナース!きゃはは」


韓国から監獄、看護婦。 うう~~ん、惜しすぎる。そして面白すぎる。



◆ ◆ ◆


 次の移動地はオハイオになった。今現在もオハイオで暮らしている。


 LAからオハイオは飛行機で数時間。犬猫はケージに入れて貨物室が普通なのだが、ペットが乗客と一緒に乗ることができる飛行機を選んだ。席代は払うのに足元に置く。でもこれならキャリーに入れて足元において一緒にフライトできる。


 オハイオはLAとはまた全く違うアメリカだった。アイダホのように荒野のカウボーイではないが、やはり田舎だった。緑が豊かで素朴な人たちが多く、のどかという言葉がぴったりな場所だ。


 ところが、この場所にきて母の様子がどんどん変わっていった。都会が好きな母、そしてLAでは何かやりがいのあることがしたいと商売を始めていた。

基地の中でワゴン台での販売。 商品は自分のペン画のカードや日本から輸入した小物など。始めるのにあたって夫は銀行で手続きをしたり、カードを作ったり、仕入れをしたり、ありとあらゆるサポートをしてくれていた。


 LAではアパート暮らしだったが、オハイオは不動産が安いので4部屋(私達の部屋、息子の部屋、母の部屋プラスゲストルーム)の家を建てる事になった。その部屋で絵を描いたり、本を読んだり、日本のビデオを見る毎日。こういう静かでのどかな生活は性に合っていなかったのか母はどんどんうつ状態になっていった。


 ある夏、母だけでもと一時帰国をさせることになった。夫はお金を工面してなんとか母が幸せになってほしいと思ったのだ。一ヶ月日本へ帰り、オハイオに帰ってきた後


「やっぱり日本が良い」と帰国してしまった。えええ~~~?

そう、これが親呼び寄せのその後のエピローグだ。

元はといえば、呼び寄せのために市民権を取ったのに!金銭的なことだけでも、家族をスポンサーにして永住権申請をする場合、申請費用として合計1365ドルを移民局に支払う。それからステータスを変えるとやらの訳の分からない代金1000ドル。きー。


 ビジネス用のタックスなどの申請をして、母の絵を売るためのスタンドやフレームなどたくさん仕入れたままだ。

オハイオから日本への一時帰国も無理して代金を捻出したのだが


「やっぱり無理だから日本に帰る」


 ちょっ??ひどい!私はかなりぷりぷり怒っていたら夫は

「ママは日本に帰りたかったんだから、これで良かったんだよ。タイミングは悪かったけど、できるだけのことはしてあげられた。だから良かったと思うよ」


 夫は心底優しい人だ。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。これからも夫の日本語は笑うと思うけど(をい)一生力いっぱいサポートしていきたいと思う。

そして母も日本に帰ることができて今は良かったと心から思う。


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