第99話 救援要請
ペルシーはエルザの部屋で正座している。
エルザはベッドに腰かけて涙目になっている。
クリスタが鬼の形相でペルシーを見下ろしている。
「……という訳なんだ」
「いくら婚約者だからといって、襲っていい理由にはならないのです」
「え~、あの~、その~」
「何がいいたのです? シャキッとしてくださいませ」
「ご、ごもっともで……」
クリスタはペルシーがエルザを襲ったと誤解している。いや、襲ったことは事実なのだが、エルザの挑発的な行動にも非がある。彼女の愛情表現がペルシーのスイッチをオンにしてしまったのだから、男の立場からしたら半分は合意の上と考えていいはずだ。
だがそれをペルシーは口にすることができない――
シュンとしたペルシーを見つめているうちに、クリスタは急に笑い出した。それにつられてペルシーとエルザも笑い出した。どうやら本気で怒っているわけではなさそうだ。
気まずいことになってしまったが、ペルシーはエルザと再会できたのだ。これほど喜ばしいことはないだろう。それはクリスタも同じはずだ。
だが、一人だけ欠けている――
「ところでエルザさん、レイランさんはどこにいらっしゃるのですか?」
「そのことを話したかったのでクリスタさんにも来てもらったのよ」
「レイランに何かあったのか?」
エルザはファビオラが淹れてくれた紅茶を少しだけ口にすると話し始めた。
「レイランが賢者なのは二人共知ってますよね?」
「もちろんだよ」
「もちろんです」
「その時の恩師に頼まれて、魔物暴走の調査のために暗黒地帯へ行ったのよ」
「暗黒地帯? 〈はじまりの森〉のような場所だと聞いているよ?」
「そうね。でも、暗黒地帯は〈はじまりの森〉よりは規模が小さいし、強力な魔物も少ないの。だから今まで魔物暴走が問題になることはあまりなかったわ」
「でも最近は違うんだろ?」
「そうなの。それが分からないから、教皇庁が主導して調査隊が組織されたのよ」
「そのメンバーとしてレイランが招集されたわけか、なるほど」
「魔物暴走の規模はどのくらいなのですか?」
「初めは数十頭だったらしいの。でも今は五〇〇頭を越えているみたいよ」
「俺達がここへ来る途中に目撃したのもその位の規模だったよ」
「それで、調査隊の人数はどのくらいなのですか?」
「十名ほどだと聞いてるわ」
「魔物暴走に遭遇したら逃げられるのかな?」
「今回の調査は〈はじまりの森〉の時とは状況がだいぶ違うから……」
エルザは、魔物調査隊よりも早く防衛軍から一個師団が魔物討伐に向ったことを話した。魔物調査隊は魔物が討伐された地域を――荒らされてしまっているが――調査するので、比較的安全ではないかとエルザは考えている。だからこそレイランを行かせたのだろう。
「実はここに来る途中、魔物暴走だけではなく、一個師団も目撃した。それはエルザの話と一致しているし、レビィーから聞いた話とも一致している。ただ妙だな……」
ペルシーはレベッカと再会したときの騒動をエルザに話した。
オランジュたちは五〇人ほどの武装兵を連れて魔物の調査に行くところだった。
一方、少人数でレイラン達も魔物の調査に出発した。
「つまり、ロマニア法国も一枚岩ではないということか……。まあ、あたり前のことかもしれないけどな」」
「レイランさん達は教皇庁の依頼で調査に向ったのですよね。レビィーさん達は誰の依頼なんでしょうか?」
「それは聞き忘れた。でも、縦割り行政の弊害なんだと思う。大きな意味はないんじゃないかな?」
その日、エルザとの再会を祝して町へ繰り出そうということになった。
一人だけ仕事をしているレイランには悪いと思っているが、レイランなら心配することはないだろうとペルシーは考えた。
最初は町には出ずにクリスタやレイチェルが自分たち食事を作ると言い張ったのだが、旅の疲れもあるから外食にしたわけだ。ところが出かけようとした直前、クリスタに妖精通信が入った。
「ペルシーさん、レイランさんから緊急連絡が入ってます!」
「分かった」
ペルシーはクリスタから妖精通信の接続を回してもらう。
『何かあったのかレイラン』
『魔物討伐部隊がほぼ全滅したわ!』
『一個師団を投入した討伐部隊のことか? まさか』
『そのまさかよ。魔物たちは彼らが予想したよりも多かったみたい。でも、一万人の武装兵を全滅させることなんて考えられないことよ。眼の前に居る敗残兵を見ても信じられない』
魔物が五〇〇頭より多かったとしても一個師団が全滅するなど通常はありえない。
『それでレイランはどうしているんだ? 安全なのか?』
『今は敗残兵を集めて撤退しているところよ。でも、魔物たちが再編成していると調査隊の魔導士が言ってる。ペルシー様、どうしよう……』
レイランは龍人だ。いざとなれば魔物など軽く叩き潰すことができるし、空に逃げることも可能だ。彼女が心配しているのは敗残兵や、調査隊のメンバーのことだ。
もし、今回の魔物暴走がシーラシアの町を襲った魔物軍団と同種の統率された組織だったら……。
レイランでは守りきれない――
『時間的な余裕はどのくらいあるか判るか?』
『私たちは百人くらいのグループで撤退しているところなの。魔物が追ってきたとしても二時間ほどかかると思うわ。でも逃げてきた兵士の話だと他にも五〇〇人くらい居るみたい。その人たちについては状況を把握できないわ』
『バラバラなのか、拙いな……。レイランは魔物たちとの距離は正確に測れるのか?』
『それは大丈夫。マナ探知能力を持った魔導士がいるから』
『よかった……。今はどちらの方向へ逃げているんだ?』
『東よ。ガラフ大草原を横断する方向。魔物を引き連れて大都市へは行けないから』
『レイラン……』
『なに?』
『いや、なんでもない。無理はするなよ。いざという時は自分だけでも逃げてくれ』
『そうね……。そうするわ』
『俺たちはできるだけ早く合流する』
『よかった。待ってるわ』
ペルシーの頭の中に様々なことが浮かんでは消えた。
彼としてはできれば冒険者ギルドへ行って冒険者を辞めてから魔物討伐に向かいたかった。討伐ランキングの問題があるからだ。しかし、ペルシーの名前は知れ渡っているし、今更どう足掻いても仕方がない――
「みんな聞いてくれ! パーティーは延期だ。俺たちはこれからレイランを助けに行く!」