Chapter 5:神薙創の使命
戦いがある物語というものは、序盤からいきなり急展開を起こすものではない。
よく見かけるものなら、最初はごく普通の日常を描きつつ、徐々に異変を起こすか、あるいは突然異物が日常に紛れ込むかのどちらかだ。それらであっても、流石に1、2ページで起こすようなものではないが。
読者に物語の雰囲気を印象付ける為に現在の状況を説明し、そこから何があったかの過去の経緯を説明していくスタイル等もあるが、おおよそ、神薙創の今日の出来事はそれにも当てはまらないだろう。
開始わずか十数行でクローゼットから自分そっくりな人間が飛び出し、そして何事も無かったかのようにその人物が主人公の日常の風景に溶け込み、かと思ったら平行世界(実際には若干異なるものだが)を巻き込んだ壮大な話を聞かされ、挙句の果てには自分が単なる能力者等ではない、世界一つを創りあげる存在だと言われる。
唐突。あまりにも突然。
だがそんな事を聞かされた後だというのに、ベッドで横になっている創の心は、不気味なほどに穏やかだった。
『いいかい?僕がこの世界にやってきたのは、単にこの世界だけを守る為じゃない。そりゃ、ここ以外の世界にも戦う力を持った創造者は大勢いるさ。けれど、ここを守れなきゃ、全ての世界が崩壊すると言っても過言じゃない。つまり彼らの頑張りすら無駄になってしまうんだ。だから…君にも、創造者としての力を使って、この世界を守ってもらわなくちゃならない。頼む』
あの後、創は創にそう頼み込んだ。わざわざ頭まで下げて。
しかしながら、創の中には真剣にそれと向き合おうとする自分と、現実離れして馬鹿げているなどと考えてしまう自分がいた。
別に、彼の言っている事が嘘だとは思わない。ただ、自分が創造者などという大層な存在だというのが、にわかに信じられなかった。特に特別な所など何もない自分が、である。
自分が持っている技能は才能に由来するものではなく、あくまでも自分がやってきた努力の賜物でしかない。その努力して得た技能をもってですら、失敗を犯す事だってあるというのに。
『紛れもない事実さ。持っていないはずがないと、確信して言える。間違いなく、君は創造の力を持っているんだ。ただ、君がそれを自覚できないだけで』
自覚できない、というのはどういう事なのか。まさか、自分以外の創造者達は、自らの
創造能力に気づいているとでもいうのか。なら何故、自分はそれに気づけない?そんな力がある事を、今までの人生の中で何故知らなかったのか。
『本来君はそうする必要はなかったんだけど、非常時だからね…流石にこっちに来てすぐ、というわけにはいかないけど。というか、僕が限界だ。ここに来るまでに力を消費し過ぎてね…悪いけど、しばらくここで休ませてもらえないかな。君が持つ本来の力を引き出すのは、その後だ』
その時の彼の顔には、先程までは見られなかった疲弊の色が見て取れた。かなり我慢していたのだろう。汗が滝のように吹き出し、その頭はふらふらと熱病に浮かされたように揺れ、僅かな振動や風だけで今にも倒れてしまいそうな儚さがあった。
創は慌てて彼に肩を貸すと、彼を二階にある空き部屋(元は父の部屋であった)に案内し、ベッドに寝かせた。
『…すまないね。今すぐにでもしたいところなんだけど…今この瞬間だって、奴らが来るかもしれない…って…いうのに…』
そう言った瞬間、創は糸が切れた操り人形の如く意識を失い、泥のように眠った。
先に風呂に入るよう勧めるべきだったのかもしれないが、こうなってはどうしようもない。創は仕方なく風呂に入った後、自分の部屋に戻り就寝しようとしていた。が、どうしても目が覚めてしまう。
「…なんだかなぁ」
こういった展開は、フィクションの本を読んでいれば腐るほど見る事ができる。よくあるかと言われれば、そうでもない気はするが。…しかし、自分がまるで『主人公』のようであると思うと、それだけでも現実味が無いように思えて仕方がない。
(世界を、守る…)
その言葉は、何億もいる人類のうちの一人としては、余りにもスケールが大きすぎるし、想像もつかない程の重みを感じる。だが、彼自身の心は、まるで今の真っ暗な部屋のように、シンと静まり返っていた。
ふと、自分の読んできた物語を思い出す。今の自分が置かれているような状況と良く似た物語ならいくらでもある。そして、そういった物語の主人公達は、決まって何かしらの『使命』を帯びていた。
(…俺の使命、か。世界を守る?…違うな。なんかガラじゃないっていうか、荷が重すぎるっていうか…)
世界を守る事が使命とは、胸を張って言えない。言えるわけがない。自分はそこまで高尚な人間ではないし、ヒーローなどでも断じてない。むしろ自分はそのヒーローを応援する側の人間だ。つまり一般人だ。世界の創造者などと言われても、その心は根っからの一般人。地球の環境全てだとか、遠くの国で苦しむ子供達に配慮してやれるような器ではない。なら―
「…そっか。そうだな」
とりあえず、身近な存在から守っていけばいいんじゃないか。
実に短絡的でお気楽な発想ではあったが、これぐらいが自分の尺度には合っているのかもしれない。
そして目を瞑り、頭に思い浮かべる。
―…守るべきもの。父親、母親、それから―
そうして考えを巡らせていくうちに、何故かあの美少女同級生が脳裏を掠め、創は思わず赤面してしまった。