Chapter 3:二人の神薙創と、『世界』について。
「しかし驚いたなぁ。まさかここまでそっくりだなんて」
突然かつ衝撃的な遭遇から僅か数分後。クローゼットから飛び出してきた当の『創』は、創の家のリビングを眺め回しながら、驚きと懐かしさが入り混じったような感想を述べる。その顔からは、どこか哀愁にも似たものを感じさせた。
そしてそれを複雑そうに見つめているのも、創だ。だが、特に怪訝そうにしているわけでもなく、強いて言うなら「鏡に映っているものではない、もう一人の神薙創」を見た事による衝撃という意味合いの方が強い。確かに彼の現れ方や発言は、一見すると突拍子もない事この上ないが、それをただ非現実的だと切り捨てるのもおかしな話だ、と。
その二人の違いは高校指定のブレザーと少々汚れが目立つ地味なTシャツとジーパンという服装の違いのみならず、年齢の差からくる容姿の違いもある。
創は改めて、『大人の創』の姿を見る。背丈は創よりも10センチ程大きいが、その体はややほっそりとしており、頭のほうをみればその髪はややボサボサになっている。おまけに薄っすらと無精髭の生えたその顔はやや痩せ細っており、とてもではないが生気を感じさせない。そのような風貌だからか、創には彼が無理をして明るく振る舞っているようにしか見えないのだ。
「…貴方って、未来から来たんですか?」
創は、かねてから思っていた疑問をぶつける事にした。その容姿といい、ここに来てからの口振りといい、そんな風にしか思えなかったのだが―
「うーん、ちょっと違うかな。何となく知識としてはあったんだけど。…実のところ、ポータルを創って別の世界に来たのはこれが初めてでさ。まぁその辺は今から説明するよ」
ああそれと、と。どう接すればいいのかよく分からないといった様子の創に対し、『もう一人の創』は一言付け加える。
「別にかしこまらなくてもいいよ。僕なんだし」
「…じゃあ遠慮なく。…早速だけど、別の世界ってどういう意味なんで…なのさ」
「ははっ、流石にすぐ直そうとしても無理だよね。まぁ、徐々に直してくれればいいさ。ええと、紙か何か、書くものある?」
「あ、ああ。今から取ってき、じゃなかった、取ってくる」
やはり自分に似ている―というより自分そのものらしいとはいえ、大人の姿相手というとどうもやり辛い。
未だに複雑そうな感情を押し殺す事が出来ぬまま、創は二階にある自らの部屋にノートとシャープペンシルと取りに戻った。
「まず君に知ってもらわなくちゃならない事がある。これが大前提だ。そもそも『世界』ってやつは一つじゃない」
そんな事を言いながら、『大人の創』はノートの片側の一面に大きな円を描き、その中心に少し大きめの円を一つ、更にその周りに小さな円を二十個描く。「ここから更にもっと小さいのがたくさんあるんだけどね」と、一言付け加えながら。
彼の言う『世界』とは、自分の知る世界とは全然違う意味合いなんだろうな、と、創はぼんやりとそんな事を考える。
「…これって、でかい円の中にあるのが一つ一つ世界っていう解釈で合ってる?」
「そう。もっとも、この円の一つ一つは『小宇宙』って呼ばれるもので、この中に自分達の住む地球とかの星がある。外側の円は『大宇宙』、無数に存在する小宇宙を内包するものだ」
「この中心のは?」
「大宇宙を形成する核となる世界、シンプルにコア・ワールドって呼ばれるものでね。このコア・ワールドが起源となって、この大宇宙が形成されるんだ」
―いやにスケールがデカいな。確かに説明してくれるとは言ったが、もしかするとこれから自分が巻き込まれるのは、自分でも想像ができない程に壮大な出来事ではないのか。
言い知れぬ不安が湧き上がってくるのと同時に、どこかワクワクにも似た高揚感も溢れてくる。どうしてなのか。
「じゃあ、この大宇宙の外には何があるの?」
「…それについてはよく分からないんだけどね。なんせ、そんなところまで僕の力では行けないし。でも、そうだな…基本的に皆『海』と呼んでる、らしい」
「海?」
「そう、海。あまりにも広いから、海。大宇宙は、そんな広大な海を漂う一つの島か大陸ってところかな。…どしたの、そんなニヤニヤして」
「へっ?」
そう『大人の創』に言われ、初めて自分がニヤニヤと笑っている事に気付く。
「うん、なんだか楽しそうだ」
「…かもしれない、かな」
そして気付く。この『世界』の構造についての説明は、どことなく聞き覚えがある。そう、アメリカンコミックではよくある、無数に存在する世界のそれだ。今感じているものは、あの構造の事を始めて知った時のワクワク感と同じだ。つまり今の状況というのは、別の世界のキャラクター同士が遭遇し、一緒に行動する、所謂クロスオーバーと呼ばれるものではないか?
「…まさか、そんな事が実際に起こるなんてなぁ…」
ボソリ、と思わずそう呟くと、「何か言ったかい?」と『大人の創』に言われ、恥ずかしそうにしながらも慌ててそれを誤魔化す。
「い、いやいや、何でもないよ!別にワクワクしちゃったとかそんなんじゃないよ!うん!」
「…ハハハ、そう楽しい話なら、いいんだけどね…」
…誤魔化すのがあまりに下手だったせいか、『大人の創』にはどうやら筒抜けのようだ。
思わず更に赤面してしまう創だったが、ふと見た『大人の創』の微笑みが、彼には哀愁を漂わせているように見えて仕方なかった。
―思えば、軽率だったのかもしれない。アメリカンコミックでもこうした世界を跨ぐクロスオーバーというのは、大抵壮大でかつ、何かしら大惨事が起きそうになるものだ。
―彼は、これから思い知る事となる。創自身、予想だにもしなかった事を。己が一体何者で、どんな使命を持って生まれたか、を。
―そして、これから起こるだろう出来事がまさか己の命だけでなく、彼らの住む『大宇宙』そのものの命運が掛かっているという事を。