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Chapter 1 : Boy meets himself

『ピーター・パン!ここが貴様の墓場だ!』


 黒い髭を生やし、体のほぼ半分が機械化した中年海賊―キャプテンフックと呼ばれる海賊が、その機械の義手でかぎ爪となっている右腕を前方に突き出す。生身の左目は血走り、機械化されハイテクのモノクルとなった右目も、どこか怒りに近い感情を見せる。


『もう貴様の子分の生意気な餓鬼共(ロストチルドレン)はいない!貴様に味方する小癪なインディアンや人魚マーメイド共もだ!後は貴様を葬れば、このネヴァーワールドは終わる!』


 その周りは死屍累々たる、凄惨な光景。倒れ伏すのはキャプテンフックに似た姿のサイボーグ海賊達だけではなく、彼が言及したロストチルドレンと呼ばれる少年達やインディアン達も然り。船が着水している側の海も、ぷかぷかとマーメイドの屍が浮いている。

 彼らのいる鋼の船は今やいつ沈んでもおかしくないほどにボロボロであり、遠くに見える島も、森からは火が燃え盛り、火山からは灼熱の溶岩が流れ落ちてきている。

 キャプテンフックの船たるハイテク海賊船、アダルティア号の上で繰り広げられる、ローテクながら技術の差を身体能力によって埋めるネヴァーワールドの住人と、超科学技術を持つ海賊達との戦争に、遂に終止符が打たれようとしていた。他ならぬ主人公―ピーター・パンの死によって。


『僕は決して負けないぞ!フック!お前を倒し、このネヴァーワールドに再び平和を取り戻す!』


 そんな悲惨な状況であるのにも関わらず、その勇猛さをフックに見せつけるのは、我らが偉大なる主人公、ピーター・パンだ。緑を基調としたコスチュームに身を纏う彼はネヴァーワールドの守護者ヒーローであり、親知らずの少年達(ロストチルドレン)を纏め上げるリーダーである。妖精とも交友のある彼は、妖精の力を借り自由に空を飛び、そしてとんでもない頭の回転を駆使し海賊達を翻弄し、剣の腕も中々のもの。


 そんなスーパーヒーローと形容すべき彼は今、敗北の瀬戸際にあった。


 業を煮やした海賊達の総攻撃により、ネヴァーワールドを形成する島は崩壊寸前。海賊達に立ち向かった島の皆は、キャプテンフックの配下の海賊達と相討ちになり、妖精もその危機的状況下で散り散りになってしまい、残るはピーターとキャプテンフックの二人だけ。


『ほざけ!ネヴァーワールドは滅びねばならんのだ!永遠に続く幸せ世界など、どこにもないのだ!』

『ここは僕らの楽園だ!お前達なんかにやらせてたまるか!』


 そうしてピーターは、キャプテンフックに向かって剣を突き出しながら飛び掛かり―







「はぁ…」


 そこで、コミックは終わる。唐突に。明確な最後が描かれる事もなく。何かあるとするなら、「次回、衝撃のラスト!」的な事が英語で書かれている煽り文ぐらいだろうか。


 ベッドの上で幾度目かの『ネヴァーワールド#49』の読了を果たし、脱力感からベッドに仰向けに倒れ込む。


 神薙創かんなぎつくるという少年は、海外漫画を好んで良く読んでいる事を除けばただの高校生である。

 特にアメリカンコミックと呼ばれるものを読む為に英語の勉強をした結果、英語の成績だけに関しては学内でも1、2位を争うレベルではあるが、それ以外は国語等の文系科目はともかく、数学や化学といった理系科目はからっきし。

 通う高校では別にいじめを受けているわけでもないが、広い交友関係を持っているわけでもない。精々、地道な布教活動を行い、それで海外漫画に興味を持った僅かな人達と会話するぐらいだ。…その点で言えば、学内でもかなりの才色兼備な美少女に興味を持たせる事に成功し、図書室で仲良くそういったコミックについて教えたり楽しく会話したりしている辺りは、宣伝者的な意味合いで秀でている、のかもしれない。


 だが、長所を挙げるなら、本当にそれだけなのだ。生来の海外漫画好きを強調するわけでもなく、かといって誰とも会話しない陰気な性格というわけでもない。一つや二つの教科で成績がいいからと言って同級生に称賛されるわけでもなく、あまりやんちゃな生徒などがこないような図書室でひっそりと件の才色兼備な女生徒と話合ったりしている為に嫉妬のようなネガティブな感情をぶつけられる事もなく。


 その人生も、幸せな出来事があれば不幸せな出来事もある、それなりに平穏なものだった。

 家族は…それに関しては追々説明するとしよう。


 ともかく、創自身、自らが何か特別な存在であるとは到底思えなかったし、かといって平穏なままの人生で終わるとも考えてもいなかった。幼い頃空想の世界を好き好んでいた影響なのか、現実にも希望というものが存在すると信じるような少年だった。

 高校に進学して二年生になり、現実の厳しさを知り、その性格やモノの見方もやや現実的な方向になりはしたが、それでも心のどこかで『漫画の中での出来事のような、何か特別な出来事が起きる』と信じる自分がいる事に違和感を感じていた。


―そんな事、現実に起きるはずがない。




 だからなのか。ベッドに寝転がっていたらいきなりクローゼットから光が溢れ出し―





「いっつつ…ちゃんと、辿りつけたのかな…?」






―そこから突然、まるで自分を成長させて大人にしたような男が現れた瞬間、幼い頃から信じてきたものが息を吹き返したような。


 彼の運命が動き始めた。そんな確信が、彼の中で湧き上がっていた。

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