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イブの妄想

イブの妄想  おれ、イブのところに泊まりに行くよ

作者: 深瀬静流

「イブの妄想」は、「小説家になろう」のほうで連載していたもので、短編のほうはそのシリーズの続編になります。登場人物の詳しい関係は、本編の第一話を読んでいただけたらわかりやすいかと思います。みんなからイブと呼ばれて愛されている高校二年生の相田伊吹君は、たくさんの友人たちに囲まれて、なぜだかいつもまわりを大変なめにあわせるというお話しです。

 相田伊吹の通う高校は、閑静な住宅に取り囲まれた緑豊かな環境のなかにあって、すぐ近くを多摩川が流れている。多摩川の両岸は整備された遊歩道になっていて、見晴らしのいい土手がどこまでも続いていた。

 ところどころススキの群れが生い茂り、銀ねず色の若い穂が風になびくさまは一幅の絵のようだ。

 その土手をジャージ姿の高校生たちが思い思いに走って行く。今日の体育の授業は教室を出て、多摩川の土手を走り、橋を渡って一回りして学校まで戻ってくるというものだった。

 先頭をきって走っているのは土方だ。水を得た魚のように勢いがいい。

「さすが体育会系だね。走るのがうまいな」

 真田がちんたら走りながら言った。横を走っている夏目の走り方もたらたらしている。

「あいつはせっかちだから、もうすぐおれたちを迎えに来るぞ」

 二人して、はるか先を走っている土方を眺めながら笑っていると、土方がくるりと回れ右して戻ってきた。

「遅いぞ。真田に夏目。しっかり走れ」

「いやだね。ゆっくり行こうがせっせと行こうが一周は一周だからのんびりいくんだよ」

 マイペースの真田に言ってもしょうがないと思って、今度は夏目に顔を向ける。

「体がなまるぞ」

「おれは体は鍛えなくても頭を鍛えているからいいんだよ」

「おまえらは運動しないよなあ。イブとおんなじだ」

 土方はあきらめて足を止めた。

「イブっていえばさ、さいきんチロルがイブの家に入りびたりだっていうじゃないか」

 何気なく言った夏目の言葉に、真田と土方が顔を見合わせた。

「チロルがイブの家に入り浸りだとぉ。どういうことだ、夏目」

 怒ったような声を上げたのは真田だ。

「いや、どうもこうも、きのうの生徒会の委員会のときに福沢がそう言っていたからさ」

「福沢がなんだって?」

 土方が訊き直す。

「だから、チロルがイブの家に入りびたりだって」

「うううむむむ」

 真田と土方がおかしな唸り声を漏らした。

 後ろを振り向くと、運動の嫌いな生徒の集団ができていて、伊吹を中心に楽しそうにふざけている。じゃんけんで勝ったものが伊吹をおぶって10メートル走るという遊びをしているらしい。ひょろりと痩せた少年がうれしそうに伊吹を背負ってはしりだせば、周りの少年たちも一緒に走って伊吹の背中をくすぐったり脇の下をくすぐったりして笑い転げている。なんともほほえましい風景だ。痩せた少年から太った少年に交代した。太っていても十七歳は若盛り。元気いっぱいに伊吹を背負って走り出す。立ち話しをしている真田たちにぐんぐん近づいてきた。

「真田、土方、夏目。休んでないで走れよな」

 すれ違いざま、おぶわれた伊吹がえらそうに声をかけていった。

「おまえこそ、走れ!」

 土方が怒鳴った。

「おれ、こんどの土曜日に、イブのところに泊まりに行くよ」

 真田がぼそりと言った。

「ええ、なんで」

 土方が驚いた。

「真田はチロルが嫌いだからな。偵察に行くんだろ? おれも泊まりに行くよ」

「やめろよ真田も夏目も。寝るところなんかないだろ。おまえらデカイし。それに、イブのところは、姉ちゃんが三人もいるんだぞ。おばさんが泊めてくれるわけないよ」

 土方があせった。

「へいきだよ。イブの部屋に雑魚寝すればいいんだから」

「おれ、自分の枕を持っていくよ。枕が替わると寝れないんだよね」

 夏目まで枕持参で泊まる気満々だ。

「土方は来なくていいよ。おれたち二人で行こうぜ。なあ、夏目」

「おう。二人で行こぜ。なあ真田」

 アハハと二人は笑いあった。のけ者にされた土方は愕然と目を剥いた。





 約束の土曜日がきた。

 家で昼食をすませたあと、商店街のシンボルになっている時計台のところで待ち合わせをした真田と夏目は、手土産の菓子パンとスナック菓子を大量に紙袋に詰め込んで、伊吹の家にむかった。夏目はほんとうに自分の枕を持参している。

 庭付きの戸建ての住宅が並ぶ道を歩いていると、やがて桁違いな大邸宅の塀にぶつかった。

 大谷石のひとつひとつがばかでかくて、どっしりと積み上げてあるものだから屋敷の中は背伸びしても見えない。その塀は、歩いても歩いても途切れない。やっと門があったと思ったら、表札は「福沢」となっていた。

「福沢だってよ」

「金持ちだっていうのは聞いていたけど、これ全部、福沢?」

 真田と夏目は目を剥いた。

「福沢の親父って、なにして金をもうけているんだよ。普通じゃないぜ、この家」

 うさんくさそうに真田が口を曲げた。

「ほんとなら、福沢って、おれたちと住む世界がちがうとか?」

「おもしろくねえな」

「まったくだ」

 二人は福沢家の門の前を素通りして伊吹の家の前についた。

「お、ここだ」

「落ち着くねえ。一般ピーポーは、やっぱりこうじゃなくちゃねえ」

 猫の額ほどの庭があるちんまりした建売二階家を見回す。真田はアルミの門扉を開けて敷地の中に入った。

 ブザーを押すと、ピンポーンと軽やかに屋内で音がする。やがて、ドアの向こうに人の気配がした。

「なにしにきた」

 ドアをあけた伊吹が開口一番そう言った。

「なにしにって、泊まりにきたんだろ。そう言っただろ、体育のマラソンのときに」

 真田が呆れた声をだす。

「おまえらを泊めなきゃいけない義理はない。帰れ」

「なによ、イブ。ずいぶん冷たいじゃないの。おれらがいちゃまずいことでもあるの?」

 夏目が薄ら笑いをうかべながら言う。

「うちは、お姉ちゃんたちがいっぱいいるから、男は泊めないんだ。前にことわっただろ」

「福沢はどうなんだよ。あいつだって男だろ」

「ちがう。あれはぼくの番犬だ」

 真田と夏目が顔をみあわせた。真田が夏目に何とかしろというように目配せする。夏目はドアの奥に大声を張り上げた。

「おばさ~ん。夏目で~す。イブが意地悪して入れてくれないんですよ」

「なんでママをよぶんだよ」

「おばさ~ん。真田で~す。泊まりにきたのに追い返すんですよ。イブのおばさ~ん」

 真田も大声をだした。

「だから、なんでママをよぶんだよ!」

「イブちゃんが、なんですって?」

 宝子がエプロンで手を拭きながら玄関に出てきた。

「おばさん。イブに泊まりに行くっていっておいたのに、追い返すんですよ」

「いっしょに勉強しようっていってたのに」

 真田と夏目が憮然とした表情で宝子に文句をいったら、宝子が目を大きくした。

「まあ。そうだったの。イブちゃんたらなんにも言わないんですもの。だめでしょ、そういうことはちゃんとママに言わなきゃ。さ、二人とも、入ってちょうだい」

 夏目は、にんまり笑って持参した枕をボスッとたたいた。

 真田は菓子パンとスナック菓子でパンパンにふくらんだ紙袋を宝子にさしだす。

「はい。お土産です」

「あら、おやつ持参ね」と、宝子が笑った。

「さあさあ」

「おっじゃましまーす」と、家の中に入っていくのを、玄関で伊吹が口をとがらせて見送った。

 リビングでは、三子がロシアで行われている国際マラソン大会のテレビ中継を見ていたが、真田と夏目を見て「おう」と声をかけた。

「何だ、二人そろって。めずらしいな」

「三子ねえちゃん。こんにちは。泊まりにきました」

 真田が愛想よく言った。

「おれも、おれも」と夏目。

「そうか。今夜はお泊り会なのか。でも、万作がいないから残念だな。あいつは、朝早く台湾に行っちゃったよ」

「いや、福沢はどうでもいいんで」

「そうそう、問題はチロルのほうなんで」

「チロル? チロルがどうかしたのか」

「よくイブのところに来ているってきいたから」と、部屋の中をみわたした真田は、キッチンにいるエプロン姿のチロルと目が合った。

「チロルがいたぞ!」

おもわず叫んだ。

「あ、ほんとにチロルだ。すげえ」

 なにがすごいのかわからないが、夏目は感動したように声を大きくした。

「入りびたっているというのは本当だったんだ。エプロンなんかして台所にたって、どういうつもりだ」

 歯ぎしりせんばかりの真田の形相に、夏目ばかりではなく三子も怪訝な顔をした。

「幸継、なにをそんなに興奮しているんだ。おまえ、チロルが好きなのか」

「冗談じゃない。そんなんじゃないです」

 ふしぎそうな三子に真田が噛み付くように言い返す。それを見てチロルが臨戦態勢に入った。エプロンを脱いで丸め、テーブルにたたき付ける。

「#Lp**@<>>>、&%・・PAPEPO!」

「だから、なに言ってるかわかんねんだよ。とにかく、イブにまつわりつくな。目障りだ」

「PAPEPO@@@PIPIPI、GYAAAA-!」

 怒鳴りあっている真田とチロルを横目で見ながら、三子が夏目を手招きした。

「なんで幸継はチロルをけぎらいするんだ」

「よくわかんないんですけど、天敵?」

「あはは。幸継の天敵がチロルなのか?」

「ちがいますよ。チロルの天敵が真田です。チロルはいつも泣いちゃいますから」

「かわいそうにな。だれも助けてやらないのか」

「イブがかばってますけどね。そうすると、ますます真田の機嫌が悪くなるんですよ」

「へえええ! イブがねえ」

 そんな話しをしていると宝子が戻ってきてチロルと真田の言い合いに目を吊り上げた。

「なにしているの、二人とも。けんかはやめなさい。真田くんはおにいちゃんでしょ、年下の子とけんかしてどうするの。しかも、相手は女の子なのに」

 叱られた真田を見て、三子と夏目がくすくす笑った。宝子のあとから入ってきた伊吹は、部屋中に立ち込め始めたいい匂いに鼻をうごめかせた。

「わああ、いい匂い。そろそろアップルパイが焼けるね」

 チロルがいそいそとエプロンを付け直してオーブンのなかを覗きに行く。

「真田と夏目もこっちに来いよ。チロルちゃんが朝早くから来て、一生懸命アップルパイを作っていたんだ」

 伊吹が二人に声をかけ、うきうきしながらキッチンに入っていって食べる準備をはじめる。

「真田くんも夏目くんも、ソファのほうへいっててちょうだい。いまお紅茶をいれますからね」

 宝子にいわれて、二人はおとなしく三子のそばに腰をおろした。伊吹はティーセットの用意をしだす。チロルがいそいそと伊吹のよこでティースプーンを並べた。チロルが楽しそうに伊吹に話しかける。なにを話しているのかわからないが、伊吹がうなずきながら言葉をかえせば、宝子も自然にその会話の中に入って笑い声があがる。どこも不自然なところはない。それどころか、ごく自然だ。夏目は感心して三子に耳打ちした。

「三子ねえちゃんはチロルの言っていること、わかるんですか。おれたちにはさっぱりわかんないんですけど」

「こっちだってわかんないよ。でも、イブがいれば問題ないよ。イブは通訳みたいなもんだからな」

「へえー。なんか、ああしてキッチンで仲良くみんなで動いているのをみると、チロルもかわいく見えてくるからふしぎだな」

 夏目のつぶやきに真田がいやな顔をした。

 甘酸っぱいりんごのにおいとシナモンの甘い香りがただよう。おいしそうなアップルパイがソファの前のローテーブルに置かれた。こんがり焼けていて湯気がかるく昇っている。見るからにおいしそうなアップルパイに、全員の頬が緩んだ。

「うまそうだな。チロル、上手に焼けたじゃないか」

 三子が身を乗り出して言うと、チロルがうれしそうに笑う。宝子がアップルパイにナイフを入れて切り分けようとした。

「ママ、ぼくのはいっぱいね。いっぱい食べたい」

「だめです。みんな、なかよく同じだけよ」

「ちぇ、つまんないの」

 伊吹が頬を膨らませたとき、玄関のチャイムが激しく鳴った。

「あら、どなたかみえたみたいよ。ちょっと三子ちゃん、出てくれない」

「おう、いいよ」

 三子が立ち上がる前に玄関ドアが開く音がして、血相をかえた土方が、肩で息をしながら室内に飛び込んできた。全員がソファに座っている前で仁王立ちして、顔を真っ赤にして喘いでいる。肩には10キロの米袋を担いでいた。

「真田、夏目。おまえら、よくもほんとうにおれをのけ者にしたな!」

「あら、土方くん。土方くんも泊まりにきたの?」

 宝子に訊かれて、土方は肩の米袋をひょいと宝子に差し出した。

「おばさん。米、もってきました。今夜のおれたちの食い分です」

 真田と夏目がげらげら笑いだした。

「土方、おまえ、おれらの分まで持ってきてくれたのか。おまえっていいやつだよな」

「おれなんか、じぶんの枕しかもってこなかったぞ」

 土方が目を吊り上げて歯ぎしりした。

「歳哉、いいところにきたな。ちょうどアップルパイを切るところだったんだ。まあ、すわれ。チロル、歳哉に冷たいものでももってきてやれ」

「PIPOPA」

 三子に言われて冷蔵庫に飲み物を取りに行くチロルに、土方は礼をいってから三子に向き直った。

「み、三子ねえちゃん、こんにちは。おじゃまします」

 土方の顔がさらに赤くなった。言い方もしどろもどろでぎこちない。大きな体を小さくしてもじもじしている。

「土方くんは、み子ちゃんの隣にすわればいいわ」

 宝子に言われて、かしこまって三子の隣に腰を下ろした。

「部活、頑張っているのか?」

 三子は気さくに土方に声をかける。

「は、はい。が、が、がんばって、います。県大会で、惜しくも優勝を逃しましたが、なんとか、準優勝、できました」

「そうか、じゃあ、次は優勝狙いだな。がんばれよ」

「は、はい。がんばります」

 コチコチになって真っ赤になっている土方に夏目がくすくす笑った。真田も、土方が三子に憧れているのを知っているから、笑いをこらえるのに苦労している。

 宝子が切り分けてくれたアップルパイを、全員でたべはじめた。みんながチロルの作ったパイをほめた。積極的ではないが真田も「うまい」とほめた。伊吹がもっとほしがるので、チロルが自分のぶんをわけてやったら、夏目がひやかして、チロルはうれしそうに頬を染めた。おもいのほか楽しいひと時をすごして、あっという間に夕方になった。

 宝子が夕飯の支度にとりかかるため、エプロンをつけ始める。チロルも手伝うために自分のエプロンをつけた。

「あ、チロルちゃんはいいから、もう、お帰りなさい。おそくなっちゃうわ」

 パッキーンとチロルが固まった。みるみる目に涙がもりあがってくる。

「#!&&@※・・$Σδ?ππ∽」

 両手を振り回し、足を踏みならす。

「なにを言っているのかわからないけど、もう帰らなくちゃ。遅くなるとお家のかたが心配するわ。ね」

 いやいやをするように激しく首を振ってチロルが真田たちを指さす。

「真田君たちはいいのよ。イブちゃんのお友達で、男の子どうしのお泊まり会なんですもの」

「=≪~PI≪@≪#%&!!?」

 さかんに自分を指差してから真田たちを指さす。悔しそうに顔をゆがめ、ぽろぽろこぼれる涙を拭こうともしない。

「だめです。チロルちゃんは女の子だから、男の子の家に泊まるなんていけません。暗くならないうちにお帰りなさい。あした、またいらっしゃい。ね」

「PIPIPIPIPIWAAAAAN!」

「だめったらだめです!」

 宝子の断固とした態度に、チロルはますます泣き出した。

「しかたないなあ」

 伊吹がソファから立ち上がった。つかつかとチロルに近づき、腕をツンツンする。

「チロルちゃん、泣かないで。ぼくがチロルちゃんの家に泊まりに行ってあげるよ」

 チロルがぴたっと泣き止んだ。

「イブちゃん、チロルちゃんのお家にお泊まりに行くの?」と、宝子。

「うん。女の子が男の子の家に泊まっちゃいけないなら、男の子が女の子の家に泊まるしかないでしょ。まったく、チロルちゃんもママも、女って世話が焼けるよ」

 伊吹がそう言っているあいだに、チロルはものすごい速さで携帯電話を取り出してメールを打ち出していた。

 真田と土方と夏目がぽかんとしているうちに、相田家の門の前にロールスロイスが止まった。

 玄関ドアがノックされ、宝子が出てみると、シルクの黒のフォーマルスーツに身を包んだ品のいい老紳士が立っていた。

「私、草原家≪くさはらけ≫の執事の野原と申します。チロルお嬢様をお迎えに参りました」

「まあ、おどろいた」

 口に手をあててびっくりしている宝子の横を、伊吹の手を掴んだチロルが通り抜けて、リスのような素早さで伊吹をロールスロイスの中に押し込んだ。

「うちのお嬢様がお世話になりました。あるじから、伊吹様を丁重にお連れするように申し付かっております。あしたの午後にでも、伊吹様をお送りいたしますので、ご安心ください。では、失礼いたします」

「いえ、あの、ちょっと」

 宝子がもたもたしている隙に、三子が猛然とロールスロイスに駆け寄った。

「イブ、男の子だって女の子の家に泊まっちゃいけないんだぞ。姉ちゃんがついていってやるよ」

 あっというまに三子もロールスロイスの中に納まった。

 宝子と真田と土方と夏目がぽかんとするなか、ロールスロイスは滑らかに走り去っていった。

「おれたち、どうする」

 真田が気が抜けたように肩をおとした。

「イブはいなくなっちゃったしなあ」と、土方。

「帰ろうぜ」

 夏目の言葉にうなずいて靴をはきだした三人に、宝子が叫んだ。

「いけません。イブちゃんはいないし、万作さんは台湾だし、夜になると一子ちゃんと二子ちゃんが帰ってくるけど、女だけなんて無用心です。あなたがたは泊まっていきなさい」

「いや、でも」

「イブがいないんじゃあ。なあ」

「だいいちイブは、うちはお姉ちゃんたちがいっぱいいるから男は泊まりにきちゃだめだっていったんだよなあ。おばさんと姉ちゃんしかいないところに、泊まれないだろ」

「いいんです。あなた方は泊まりなさい。さあ、あがって。お風呂のお掃除のお手伝いをしなさい。おばさんは、お夕飯の支度をしますからね。早く!」

 宝子に追い立てられて、三人はしぶしぶ一度はいた靴を脱いだのだった。




 午前中の早い時間の飛行機に乗って帰ってきた万作は、「イブ、帰ったぞ」といってドアを開けた。

 部屋の中は、スナック菓子や菓子パンの袋が足の踏み場もなく散乱し、伊吹がだいじにしている少年科学読本や完成したプラモデルが散らばり、万作の本棚から引っ張り出した原文の洋書などがページを開いたままであちこちに放り投げられている。

 ベッドを見ると土方がベッドの真ん中で、腹をだして大の字になって眠っていた。ベッドの左下には真田が、右下には夏目が、転がり落ちたままの格好で爆睡している。部屋の散らかりかたよりも、伊吹の姿がみえないことに万作は首をかしげた。

「なんで、真田たちがいて、イブがいないんだ」

 そのころ、チロルの屋敷で一晩すごした伊吹と三子は、チロルの家族にもてなされて夢のような一泊をしたのだが、そちらの騒動はまた別のお話しです。



     おれ、イブのところに泊まりに行くよ  完


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