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人工知能彼女

作者: 平城山工

「おい、はっさく。わたしはアルバイトを始めようと思うので、どこか紹介しろ」

 とある日曜日の昼下がりのことだ。

 僕、蓑部八朔は、ようやく研究室のソファから起き出し、パソコンをスリープモードから復帰させたところで、突然、そんなことを言われたのだった。

 ディスプレイの中から。

 ここで、『ディスプレイの中から』というのは比喩でも何でも無く、本当にディスプレイの中からで、このとき、彼女は二十七インチの向こうに、ちょこんと鎮座していた。

「え……、アルバイトって……。なんでお前が?」

「おかしいか?」

「おかしいも何も、どういうつもりだ?」

 尋ねた。

「それは、『お金』というものが欲しいからだ。ぎぶみーまねー」

 そう言って、彼女は右手の親指と人差し指で、『んぎっ』と¥マークを作って見せた。

「おい、あーみ。いやらしいぞ」

「お金はいやらしいか? 否。お金自身にそういう属性は無い。お金は持つ者を映す鏡だと、お釈迦様もキリストも言っている。つまり、お前がいやらしいんだ」

「……起き抜けに、嫌なこと言うな。お前」

 朝、ブートしたコンピュータに人間性を否定されるとか、最悪だ。

 そして、唐突すぎだ。

 どうして、彼女はそんな事を言い出したのだろう?

『彼女』と『お金』。

 それは、関係ありそうで、実はなさそうな要素だ……というのは、彼女は、僕の所属する研究室で開発されたAMだからだ。

 Artificial Mind。

 人工的に作られた心。

 彼女の話を知り合いにするたびに、『AMって何?』と聞かれる。若しくは、ちょっと分かった人間には、『それってAIでしょ?』と言われる。

 確かに、こういう研究の中では、AIはポピュラーだ。

 Artificial Intelligence。

 人工知能。

 これは、五〇年ほど前に命名された『記号処理』、つまり『言葉や文字を用いて知能を記述する方法』を研究する分野の事で、同時期に開発されたコンピュータと共にめざましい発達を遂げ、現在では、車やロボットに知能を持たせるなどの、華々しい成果を挙げつつある。

 しかし、『知能』とは何だ?

 道路を自走する車。

 笑顔でシャッターを切るカメラ。

 入力内容から、病気を診断するソフトウェア。

 これらは皆、『知能』を持っていると言われている。

 しかし、人間的では無い。

 人間には『意志』がある。

 『意志』は、目的地を決めて車を走らせ、写真を残すためにシャッターを切り、要求されて診察をする。

 そんな、『目的』という、人ならば誰でも持っている物を作り出すのが、人工意志(AC:Artificial Consciousness)だ。

 しかし、それでも、まだ足りない。

 車の運転は楽しい。

 写真は思い出。

 人の役に立ちたいから。

 機械的に役目を遂行する『知能』に『意志』が目的を与え、それに意味を与えるもの。

 それが、『心』だ

 そんな、AIよりも、ACよりも、さらに進んだ『人工の心』が何故?

 彼女がお金を払って買い物したりする用事は無いと思う……のだけど、ひょっとしてアゾマンとかで、こっそり買い物をしていたりするのだろうか?

「なぁ、あーみ。なんでお金なんかがいるんだ?」

「はっさく。この世知辛い世の中、グラボのアプデにも、メモリ増設にも、SSD換装にも、お金がかかるんだ。知らなかったのか?」

「いや、知ってるけど……っていうか、それ全部パソコン部品じゃん。むだ遣いやめようよ!」

「むだなどではない。私にとってパソコンのアプデは、洋服を買うようなものだ。すなわち、春モデルは春物だ。お前は、彼女が服を買うのをむだと言うつもりか? だから、モテないのか?」

「大きなお世話だ!」

「ひょっとして、教授のばか野郎が、『私のナイスバディーを3D表示する、と言えば、はっさくが喜んで金を出す』と言っていたのだが、本当なのか? いくら出す?」

「教授、死ねばいい」

 自分の娘みたいなものに、何を吹き込んでるんだ……まあ、もっとろくでもないこと、例えば、『サーバーを騙くらかせ!』、なんて事を教えていないあたり、まだ、なんとか教育者であるらしい。もし彼女がその気になったら、銀行のATMだろうが、大蔵省のプリンターだろうが、彼女に逆らえる機械は、この世には存在しないんだから、あーみをそんな気にさせたら、えらい事なる。

 なにせ、世界で初めて安定稼働に成功した、『強い』人工知能なのだ。

 ここで、『強い』とは、人工知能業界では、『意志を持つ』という意味だ。つまり、この意味において、彼女はまさに『強い』ということになる。

 しかし、彼女の『強さ』はこれで終わらない。

 どのぐらい強いのかというと、彼女が生まれた日に、

『お前の名前は、カイコミデプだよ?ん!(キリッ(京滋大学 人工知能・意識と心開発プロジェクト:Keiji Artificial Intelligence, COnsci-ousness and MInd DEvelopment Projectの略)』

と宣言した教授を、

『もうちょっと考えろ、ばか野郎! 『あーみ』とか、他に略し方があるだろ! あと、人を命名する時に『よ?ん』とか言うな! もっと人の気持ちを考えろ、ばか野郎』と、顔面センターをグーで殴って卒倒させたぐらい、強い人工知能だ。

 ちなみに彼女に実体は無いので、教授をリアルにどついたのは脳潜入された助教の京屋先生で、そのせいで心に深い傷を負って、引きこもりがちになってしまったぐらい、強い。

 伝説は、これで終わらない。

 生まれた瞬間に、大学はおろか、国内外の全てのコンピュータを調和・統合し、その頂点に君臨しているぐらい強い。パソコンも、ケータイも、PS3も、スパコンだって、彼女のしもべなのだ。

 だから、モノが欲しいだけなら、アゾマンさんに、

『おい、ちょっとお前』

『あ、あーみさん、うっす』

『昼飯、買ってこい』

『うっす。あの……、お金は?』

『なんだ?』

『うっす。なんでもないす』

『じゃあ、行ってこい』

『うっす』

と配達させるぐらい、わけない筈だ。

「あーみ」

「なんだ?」

「バイトなんかしなくても、舎弟に言いつければ良いんじゃないのか?」

「何考えてんだか知らんが、お前、私を何だと思ってるんだ、ばか野郎。それに、『自分で稼がないと駄目だ』、と言っているだろう。人の言うことを聞け。教授はばか野郎だが、ごくたまに正しい」

「む……。それはそうかもね」

 一応指導教授だし、正しくないと困る。

「そうだろう? やはり、金の無い奴は駄目だ」

「いや、そこまでは……。ちょっと、ニュアンスが違うと思うが」

「金のない男は無価値だ!」

「違いすぎる!」

 AI相手に、涙出てきた。

「はっさく。目から水が出てるが、大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃ無いけど、大丈夫だ」

「意味が分からんが……」

「そっとしといてくれ」

「わかった。まあ、そんなわけだから、どこか紹介しろ」

 冷血漢だった。

 そして、真面目だった。

 やろうと思えば、あーみは何だって出来る。だが、そんな方向では無く、『お金を稼ごう』などという地味な方向にいってしまう所が、他のAMが実行直後に発散して雲散霧消したり、発狂・暴走する中、彼女だけが、『彼女』というひとつの個性として長期間安定していられる要因なのかもしれない。

 だが、『彼女の発想に納得する』ことと、『彼女を働かせる』ことは別の問題だ。なにせ、こう見えて彼女は超多忙で、そのスケジュール管理が僕の仕事のひとつでもあるのだ。

 だから、彼女が希望したからといって、なんでもやらせるというわけにはいかない。

「なあ、あーみ。キミはお金を稼いでいないと思ってるかもしれないけど、君のおかげで、この研究室には沢山の予算が付いてるんだ。だからディスクやメモリが欲しいのなら、いくらでも買ってあげられるし、それは、君のためのお金なんだぞ。だから、別にお金を稼ぐ必要なんか無いんだ」

「いや、だから、私は自分でお金を稼ぎたいのだ」

「だから、君のためのお金は十分に……」

「だが、断る!」

「ねえ、あーみ。どうして、突然『お金が必要』とか言い出したんだ? 理由を聞かせてくれないかな?」

「それは、ひ・み・つ・だ」

 彼女は、画面の中で、人差し指を立てた。

 こうなっては、てこでも公開鍵でも動かないのは、ここ数ヶ月の経験で嫌というほど解っていた。

 さすがAM。セキュリティも激固だ。

 その上、頑固だった。

「わかった。じゃあ、今キミがコンサルに出向いている、楽夫のサーバーチューニングセンターで……」

「サーチュなんか仕事じゃない。雑談だ」

「…………」

 まあ、彼女がやってることは、『サーバーとお話して、元気づける』とか、そういうことだから、高校生が、スタバで駄弁ってるのと、大して変わらない。まさに、雑談だ。

「じゃあ、どんなのが仕事なんだ?」

「そうだな。ティッシュ配りとか、仕事っぽい」

「ティッシュ配り?」

「寒空の下、誰も受け取ってくれないティッシュを二枚ずつ配るというのは、辛すぎだ。辛すぎて、すごい仕事っぽい」

「辛くないと仕事じゃ無いのか? さらに、『真面目に仕事をしたい』という話をしてるところで二枚ずつ配るつもりか? あと、キミにティッシュ配りはムリだろう?」

「では、wisdom OSの再インストール。明日の朝、客先に四十台搬入。徹夜。徹夜確定!」

「辛っ!」

「ついでに、オフィスとウィルスバスターズもインスコ」

「さらにかっ! でも、オフィス関係なくムリ!」

「やってみないと、わからないではないですか!」

「やりたくない! それに、お前は物が持てないだろ!」

「では、手伝ってください」

「ぜったいに嫌だ!」

「じゃあ、私には何が出来るというのか! 何も出来ないというのか!」

 まーた、仏頂面。

 うーむ。拗ねさせてしまうと、明日からインターネットが止まってしまう。彼女を拗ねさせないのも僕の仕事のひとつだ。もし、そんなことになってしまったら、CIA(アメリカ中央情報局)とFSB(ロシア連邦保安庁)とCIRO(内閣情報調査室)に怒られる。彼らは石頭の上に、マッチョでガチムチでアッーなので、それは避けたい。

「じゃあこういうのはどうだ? 僕の知り合いに、設計会社の奴がいる。そこで、補助をするというのはどうだ?」

とそこで、彼女のまゆがぴくりと動く。

「設計……?」

「そう、設計」

「モノを作ってるのか?」

「まあ、そうだ。モノの設計だ」

「それは……、辛そうだな」

 情報産業から遠ければ、仕事っぽいのか?

 まあ、いい。

「設計は辛いぞー。目は疲れるし、腰は痛いし、馬鹿基準でものを考えるから、だんだん馬鹿になる!」

「誰がそんな仕事に、好きこのんでつくんだ。他に仕事が無いのか?」

「会議は下らないし、上司の言うことは毎日違うし、設計変更したら土下座。年に一度は、日本縦断謝罪旅行。 おまけに、時給換算すると給料は激安で、生涯年収は文系より○千万円低い」

「そ……、その仕事に就いてる人達は、死んだりしないのか?」

 よし。

「怖くなってきたのだが、私にも出来るだろうか……」

 楽勝でしょ。

 なんせ、コンピュータの中の住人だ。CADなんか『ちょちょいのちょい』である。

「一生懸命頑張れば、何とかなるんじゃ無いのかなぁ……」

「わ、わかった。では、それでお願いします」

「じゃあ、先方には僕から伝えておくから」

「……はい」

という風に、彼女のアルバイト先は決まった。

 勿論、先方は大喜びだ。なにせ、一時間動かすと、電気料金だけでもン万円のスパコンが、時給千円でバイトに来るのだ。

 すんごい計算し放題。

『すんごい計算』が何なのかは僕には分からないが、友人はエクストリーム興奮しており、さらに後日、晩ご飯までご馳走になった。

 レストランで。

 社長同席で。

 まあ、他に問題が発生するかもしれないが、それを差し引いても……。

……何も起こらないと良いなぁ。

 あと、彼女が良い経験をしてくるといいなぁ、と思って、彼女を送り出した。


 で、一ヶ月。


 その間、彼女は通常業務(こっちのが全然高度)と、新しいバイトの掛け持ちで忙しいらしく、僕の所にはあまり姿を見せなかった。

 たまに会って話しかけても、

「元気か?」

「ああ、毎日いい汗をかいている」

「汗?くほど計算してるのか……って、濡れたらショートするだろ!」

「まあ、熱くなったら炭化フッ素に浸かってるし」

「環境に悪そうだ!」

なんて、軽い会話をするぐらいだった。

 どんな仕事をしているかについても、『それは、禁則事項だ』と教えてくれなかった。

 ちょっと寂しい。

 あと、そこは『守秘義務』と言うべきだろ。

 教授。

 と、そんな風に過ごしていたある日、とある来客があった。

 ぴんぽーん。

「はいはーい。少々お待ち」

と、ドアを開けると、

「ハンコお願いします」

 佐○急便だった。

 問題は、その送り主。

『あーみ』から、僕への荷物だった。

外包みを開けると、中にはカラフルなリボンで結わえられた白い箱。

「なんだこれ?」

 リボンに手をかける……、とそのとき、後ろから久しぶりの声をかけられた。

「わからないなら、開けてみればいいじゃない?」

「久しぶり……って、なんでツンデレなんだよ?」

「そう言えば喜ばれると、ヤマモトにアドバイスを貰ったのです。嬉しいか?」

 ……ヤマモトぉ。世界最高のAMに、妙なことを吹き込むな。

「まあね。じゃ、開けさせて貰うよ」

「どうぞ。でも、気をつけて下さい。爆発するかもしれん」

「……お前が送ったんだろ?」

「そう言えば喜ばれると、ヤマモトが言ったのです」

「言っておくが、それは誰も喜ばない!」

 しゅるり、とリボンを解いて、箱を開ける……と、中には、真っ白なデコレーションケーキが収まっていた。その上に飾られたチョコプレートには『Happy Birthday』の文字が、ホワイトチョコレートで踊っていた。

「おい、なんだこれは?」

「私がデザインしたのだ」

 ケーキを?

 CADで?

「そのクリームの『くにゅっ』と感を出すのがすごい大変だった。どうだ?」

「……ああ、すごい『くにゅ』っとしてるな」

「だろう?」

 ケーキそのものも、すごい『くにゅ』っとしてるけどな。

 この形は……、カッパドキア?

 何とも形容しがたいものだった。

 だが、そこはどうでも良い。

「なあ、これ……」

「教授に教えて貰ったのです。誕生日プレゼントは、自分で稼いだお金で買わないと駄目だと。この仕事では更に、『自分で作る』というのにもチャレンジできた。ありがとう。礼を言うぞ。そして、誕生日おめでとう。パートナー」

「…………」

 やべ。なんか、目から水が。

 誕生日に、手作りのケーキ。

 正確には『手作り』じゃなく『手設計』で、それもCAD。実際作ったのはパートのおばさんだろうし、形も核攻撃されたサグラダファミリア教会みたいで、ちょっと問題かなとは思うけど、大した問題じゃない。

「なぁ。なんか、感想とか無いのか?」

「ありがとう。すごい嬉しいです」

 スパコンすげぇ。

 誕生日プレゼントをくれるとか、ちょっとない。

 顔を合わせてから半年になるけど、いつも本当に驚かされる。

 驚かされてばかりで、悔しい。

 だから、彼女が稼働した日には、どうやって驚かしてやろうか、いまから考えとかないと駄目だな。

 スパコンを驚かすプレゼントを考えるって、すごいハードル高いけど、すごくやりがいがある。

 そう思わされた。

 そんな日だった。

 スパコン最高。

 平城山理工系文学研究所はアームチェア科学技術小説の提案と普及活動を行っています。好きなOSはiTronとASURAです。HOSより断然ASURA。

 アームチェア科学技術小説は、SFのような技術考証や、ポピュラーサイエンスのような個別具体的問題の解説を目的としません。お茶など飲みつつ、科学技術的与太話を繰り広げます。なんの役にも立ちません。女子に、理系うんちくや、不謹慎な事を語らせて、和みたいだけです。

 理系女子に和める者だけが、この本を読みなさい。それ以外の者は、石を投げなさい。

 このような壮大な目的に対し、今回は『AIと僕』という(一部)人類の夢について書いてみました。実は、頒布時にはタイトルにPreviewとついて板のですが、これは、著者の考えがまだまとまっていないので話が中途半端……もとい、シリーズ物のテーマを模索する中、『形にしてみないとわかんないや』と思ったので、取り敢えず書いてみたというのが真相です。

 そんな状況ですので、「うちの人工知能彼女は、そんなじゃない」という方がいらっしゃったら、ご感想いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] すっごく、面白かったです!! これからも小説を頑張ってください!
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